「脳細胞には痛覚がない」。脳震盪を侮ってはいけない

スポーツドクターとして、これまで数多くの選手をサポートしてきた二重作拓也医師。スポーツの現場で発生する脳震盪を含む頭部外傷が軽視されがちな現状について警鐘を鳴らし、選手の命を守るために指導者と保護者に求められる行動を説く。

インタビュイー

インタビュイー
二重作 拓也
挌闘技ドクター/スポーツドクター、リハビリテーション科医師、格闘技医学会代表、スポーツ安全指導推進機構代表

1973年生まれ、福岡県北九州市出身。福岡県立東筑高校、高知医科大学医学部卒業。8歳より松濤館空手を始め、高校で実戦空手養秀会2段位を取得、USAオープントーナメント高校生代表となる。研修医時代に極真空手城南大会優勝、福島県大会優勝、全日本ウェイト制大会出場。リングドクター、チームドクターの経験とスポーツ医学の臨床経験から「格闘技医学」を提唱。専門誌『Fight&Life』では10年にわたり連載を担当、「強さの根拠」を共有する「ファイトロジーツアー」は世界各国で開催されている。『Dr.Fの挌闘技医学 第2版』『Dr.F 格闘技の運動学』(DVDシリーズ)『Fightology(英語版/スペイン語版)』『プリンスの言葉』『Words Of Prince(英語版)』など著作多数。格闘技医学会/スポーツ安全指導推進機構公式サイト Twitterアカウント:@takuyafutaesaku

選手生命を奪う、脳震盪を含む頭部外傷の恐ろしさ

脳震盪はあらゆるスポーツで起きている

最近、スポーツの現場で頭部外傷の危険性が注目されるようになってきました。頭部外傷のひとつである脳震盪(のうしんとう)は、頭部に衝撃を受けた際、一時的に痛みを感じたり朦朧としたり、意識を失ったりする状態をいいます。

スポーツで発生する脳震盪というと、ボクシングや空手など頭部に打撃を加えポイントを取る格闘技を連想すると思いますが、実はそれだけではありません。どんな競技でも脳震盪は起きています。例えば身近な競技でもある野球では、デッドボールがあります。ヘルメットをつけていても、頭にボールが当たる衝撃は相当なものです。本気で身体をぶつけあうアメリカンフットボールも、脳震盪が起こりやすい競技と言えるでしょう。

2014年にはフィギュアスケートの羽生結弦選手が公式練習中に他の選手と激突、頭部を強打して、しばらく動けなくなるという事故がありました。その後にフリー演技に出場したわけですが、ファンの間では称賛の声があった一方で、医療の専門家やアスリートたちは危険性を指摘していました。結果として大事に至らずよかったものの、スポーツにおける頭部外傷や脳震盪について、関心が高まる契機となった出来事でした。
コンタクトスポーツ以外でも脳震盪は起こりうるのです。

「よくあること」と軽視される脳震盪

コンタクトスポーツや格闘技においては、脳震盪は「よくあること」だと考えられています。スポーツの現場で頭を打っても、すぐに意識が戻り本人が「大丈夫」と表明すれば、あるいは監督や指導者が「できる」と言えば、練習や試合が継続されてしまうケースもあります。例えば直接打撃制の空手の試合においては、顔面に上段膝蹴りをくらって倒れても、すぐ立ち上がれば一本負けにはなりません。そうした状況では選手は「大丈夫、まだ戦える」と思うのは当然ですし、周囲も「まだ逆転できる」「取り返せ」となりがちです。

逆に脳震盪がほとんど見られない競技では、指導者や保護者はどうすればいいのか対処の方法を知らないというケースが多いのです。子どもが参加する野球チームの試合や練習中に頭にボールが当たって本人が倒れたとして、すぐに意識を取り戻せば、周囲はひとまず安心するわけですが、周囲の安心=スポーツの継続とはなりません。バレーボールなども格闘技などに比べて脳震盪は少ないですが、たまたま着地に失敗して頭を打つケース、バスケットボールやサッカーでもボールに意識が集中するあまり、選手同士がぶつかるケースがあります。

脳震盪が起きた際のガイドラインは、各競技団体にあったとしても、競技やチームによって脳震盪の危険性のとらえ方自体に、濃淡があるのが現状です。

脳震盪と決めつけず、あらゆる可能性を想定する

スポーツの現場で「頭を打って倒れた」イコール「脳震盪」とはいえません。脳震盪は医療機関でさまざまな検査を行い、脳内に出血や骨折などの画像上の異常がないことが分かった後の診断名に過ぎないのです。頭を打って硬膜下血腫(こうまくかけっしゅ)が起きていても、脳挫傷(のうざしょう)が起きていても、外から見える現象としては「頭を打って倒れた」というふうに見えてしまうからです。

頭部に衝撃を受けた後は、頭蓋内で出血しているかどうかは医療機関で検査してみないと分かりません。すぐに意識が回復したから、本人が大丈夫だと言っているから、様子に変わりがないからといって「脳震盪」とは判断できないのです。指導者の方には、選手が頭を打ったときに「脳震盪」と決めつけるのではなく、出血その他を含む「頭部外傷」全般として広く捉えた上で、確定診断を得るまでは、あらゆる可能性を想定していただきたいと思います。

脳の特性を知ると、頭部外傷の恐ろしさが分かる

頭部外傷における注意点としてぜひとも知っておいてほしいことがいくつかあります。一つめは「脳細胞には痛覚がない」という事実です。これが膝や足首の靭帯を損傷したのでしたら、あるいは骨折して骨膜が破壊されたのでしたら、「めちゃくちゃ痛い」はずです。ところが脳細胞自体には痛覚がないので、痛みの大きさと脳のダメージの重症度に比例関係はまったく無く、重症であっても頭痛がほとんどないケースも少なくないのです。つまり、本人に自覚症状が無く、いたって平気でも、脳の中は深刻な状態が起きている、あるいは起きつつある可能性があるというわけです。

二つめに知っておいていただきたいのは、頭蓋内で出血があった場合、「症状の出現までにタイムラグがある」ことです。例えば硬膜外出血と呼ばれる病態では、脳の外側を覆う硬い膜である「硬膜の外」に出血源がありますので、出血した直後は無症状のことが多いのです。ですから受傷者本人も元気ですし、症状もほとんどありません。

ですが、時間の経過とともに出血量が増え、硬膜がベリベリ、ベリベリと剝がされながら血腫が増大していきます。その結果、脳の実質が圧迫されて症状が出現する、ということがあるのです。これを専門的には「ルシッド・インターバル」と呼ぶのですが、「頭を打ったら少なくとも24時間から48時間は一人にしてはいけない」と言われるのは、このインターバルがあるからです。臨床の現場では、頭を打ってから意識消失まで2週間、という症例もあり、「頭を打って、一瞬意識を失ったけど、すぐに意識が戻った」という状態であっても、しばらく経ってから容体が悪化するケースがある。このタイムラグの存在を指導者・保護者・実践者は知っておいてほしいのです。

三つめは、衝撃による脳機能低下の問題です。衝撃は脳機能に異常を引き起こし、正しい判断を阻害します。本人が「自分は問題ない」と認識していても、その判断が間違っていることがあるのです。脳をコンピューターにたとえるならば、1+1=2のところを1+1=3と計算してしまうような状態ですから、「ダメージを受けた脳の出す正解は正解ではない」のです。現場に居合わせた指導者は、「脳に衝撃を受けた後の言葉は疑わしい」「『大丈夫』は、大丈夫ではない」と肝に銘じることが、選手を救います。

致死率は50%以上と言われる「セカンドインパクトシンドローム」

頭蓋内出血、脳ヘルニアなどの緊急手術の適応がある病態に比べると、脳震盪の方が重症度が低いようなイメージを持たれることがありますが、脳震盪に付随する「セカンドインパクトシンドローム」は非常に危険な病態です。

セカンドインパクトシンドロームは、科学的解明の点においてまだ議論があるところですが、「脳震盪を起こして短期間のうちに2度目の衝撃を受けると、取り返しのつかないダメージを引き起こす」というものです。

セカンドインパクトシンドロームは重症化しやすく致死率は50%以上、助かったとしても後遺症が残りやすいと言われています。ある武道競技で頭部への打撃でダウンした選手が意識を回復して立ち上がり、セコンドの「行けー!」の声に押されて選手は再び戦いに向かいました。その結果……、頭部に再度打撃を食らい、そのまま帰らぬ人となったという悲惨なケースが報告されています。

セカンドインパクトシンドロームの詳しい機序は未解明な部分が多いのですが、一説によれば1度目の衝撃で脳内の電解質に狂いが生じ、2度目の衝撃で腫脹(しゅちょう)した脳細胞が破裂する、という報告もあります。脳震盪が起きたら、セカンドインパクトシンドロームに陥らないように、運動を完全に中止する。これを基本としてまいりましょう。

頭部外傷が起きたとき、選手を守る対応とは

その日のうちに病院に付き添う指導者が増えている

では選手が頭を打って一瞬でも意識を失ったら、その場にいる指導者は何をするべきでしょうか。その場合、まず指導者は試合や練習をストップさせ、救助に全力を傾けるべきでしょう。もし選手がすぐに立ち上がったとしても、安静を指示し、すぐに医療機関を受診させるというのが大原則になります。

「病院は明日でいいよね」と軽く考えるのは問題です。頭蓋内で出血が起きていたら、夜中に急変することも十分に考えられます。また指導者が病院に行くように促しても、選手の自己判断で行かないこともあります。指導者が付き添う、あるいは保護者や家族が付き添って、確実に受診するようにしてください。最近は、ニュースなどで脳震盪をはじめとする頭部外傷の危険性の認知が広まってきており、病院に付き添って選手を受診に連れてくる指導者が増えているのは良い流れだと思います。

保護者はお子さんの変化に注意

保護者の皆さんにも、ジュニア選手であるお子さんの健康状態を最優先で考えてほしいと思います。これは本当に大切なことなので何度でも繰り返しますが、脳で起きていることは外からは分かりません。頭蓋内の出血は外からは見えませんし、こんな症状があれば出血している、という判断は不可能だからです。

競技中にもしお子さんが頭部を強打したら、保護者は「お子さんが交通事故に遭ったのと同じくらいのダメージ」と考えてよいでしょう。家族が歩行中に自動車にはねられて頭を打ったら、救急車を呼びますよね。頭を直接打っていなくても、また怪我が大したことなくても、安静を保ちながら念のため病院を受診させるのではないでしょうか。

スポーツの現場ではどうしても、スポーツの力学とでもいいましょうか、勝つ、我慢、忍耐、挑戦、復活、あきらめない、といった空気に個人も、全体も染まりがちです。ですが、そんな空気に保護者は熱狂しすぎることなく、「冷静な」目でお子さんを保護する義務があるのです。危険な状況になった瞬間、すぐに動けるように心づもりをしておいていただきたいと思います。根拠のない「大丈夫」が、大切なお子さんに深刻な結果を引き起こすことになったら悔やんでも悔やみきれません。頭を打った後は必ず専門の医療機関を受診し、CTやMRIなどの客観的画像検査をもとに、専門家の診断を受けるようにしましょう。

さらに頭を打った日の夜は、夜中に急変することがあるため、一人にせず家族の目が届く場所で就寝させて様子をみましょう。脳の異常が「いつもよりよくしゃべる」逆に「黙り込む」「感情的になる」など、いつもとは少し違う言動となって表れることもあります。これらを意識の変容(へんよう)と言いますが、いつもと違う、を察することができるのは、いつもを知っているご家族だけです。お子さんの言動にも注意し、何かおかしいと思ったら躊躇なく病院を受診するようにしてください。

競技復帰には、専門家による客観的な判断の裏付けを

頭部外傷の後、選手をいつ復帰させるかは、指導者として悩むところでしょう。前述のように各競技団体が復帰へのガイドラインを整備していますが、スポーツドクターとして強調したいのは、「復帰ありき」ではなく「脳の状態ありき」で冷静に判断する姿勢が大切だということです。

多くの選手は早く練習に復帰したいと願い、指導者もそれを叶えてあげたいと思うでしょう。競技で結果を残したいという熱意、選手として活躍できる期間が有限であるという現実の前に、「とにかく少しでも早い復帰」が優先されがちです。しかしその焦りが、選手生命を奪い、選手の引退後の人生まで暗くするようなリスクを抱えた不適切な復帰であってはいけません。

何か再び事故が起きれば、誰が復帰を許可したのか?誰が大会出場を許可したのか?それは正当な段階を踏んだものだったのか?と、問われることになるでしょう。選手が安全に復帰し、選手生命を輝かせることができるのは、専門家による客観的な判断の裏付けがあってこそ。この部分を関わる全ての方々の共通認識としてほしいと思います。

脳を守ることは、命を守ること

脳は一度でも致命的な損傷を受けると、なかなか元に戻らない脆弱なものです。不幸にも脳梗塞や脳出血を発症された患者さんが、上肢や下肢の麻痺が残って車いす生活、あるいは杖や歩行器による歩行となることからも分かるように、脳のダメージは一生に大きく影響してしまいます。

殴り合いをする格闘技やボールが飛んでくる球技、人と人がぶつかる可能性のあるスポーツは、そもそも危険を含んだものである、と言えます。だからこそ可能な限り不要なダメージを防ぐ予防意識と体制が必要なのと同時に、万が一怪我をしたときに現場はどうするのか、即座に適切に対応できる準備を整えておくことが指導者に求められています。

米国のアメリカンフットボールの選手および家族たちが、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)に対し、頭部外傷が深刻な後遺症を引き起こしたとして、補償を求める訴訟を起こしたことがあります。2016年にはNFL側は競技中に負った頭部外傷との関連を認め、和解と同時に脳のダメージについて厳格な体制をとっていくニュースが報じられました。英サッカー協会が11歳以下の練習中のヘディングを禁止したり、日本サッカー協会(JFA)でも子どものヘディング習得のためのガイドラインが設定されるなど、さまざまな競技において近年頭部外傷への危険性が注目され、選手を守る動きが盛んになっています。

残念ながらまだこうした頭部外傷に関する医学的情報は、スポーツの現場の隅々まで広く共有されていないように感じています。脳を守ることは、命を守ることにつながります。多くの現場で脳震盪をはじめとする頭部外傷への理解が進み、選手として輝く若者が増えることを願っています。

 

取材・文/はたけあゆみ