勝利至上主義が視野を狭める、スポーツのハラスメント問題

近年、アスリートによるパワーハラスメントやセクシャルハラスメントの告発が注目されている。スポーツの指導現場でパワハラが発生しやすい背景や、セクハラを受けたときの対処などについて、スポーツ法務の第一線でさまざまな事件を担当する堀口雅則弁護士に話を聞いた。

インタビュイー

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堀口 雅則
東京21法律事務所 弁護士

1979年生まれ、神奈川県出身。海城高等学校を卒業後、筑波大学社会学類に進学。在学中は体育会合気道部に所属するかたわら、学生会の議長としても活躍。卒業後は首都大学東京法科大学院に進学。司法試験合格後は東京21法律事務所に入所し、スポーツ弁護士の草分けである長嶋憲一弁護士の下で経験を積む。今年で10年目を迎える。現在、日本バスケットボール選手会、日本ラグビーフットボール選手会の顧問弁護士として主にスポーツ法務の分野で活躍中。最近はコロナ禍のため、自宅で筋トレに励む。

今問われる、パワハラと指導の境界線

「行き過ぎた指導」の先にパワハラがある

前回はスポーツ事故から発展する係争について紹介したが、「ハラスメント」が原因となるケースも多い。最近スポーツ界では、アスリートがSNSで自らの体験を発信することが増え、中にはハラスメントへの告発もあり社会の注目を集めている。今回もスポーツ法務に詳しい堀口雅則弁護士に、ハラスメントの中でも多いパワーハラスメント(パワハラ)とセクシャルハラスメント(セクハラ)に関する事案について話を聞いた。防止するためにできることを探ってみたい。

堀口氏によると、パワハラの事案では指導が行き過ぎて暴力に至るケースが多く見られるという。具体的な例を挙げれば、指導中に頬を平手打ちする、持っていた竹刀で叩く、相手を強く壁に押し付けるなどだ。またわざと体格や段位の違う者と組ませて、弱い方を痛めつけるというケースもある。球技では特定の選手だけに必要のない球拾いをさせるということもパワハラにあたりうる。

また、部活動に参加させないこともパワハラになる。メンバーから外すのは監督の裁量の範囲内とされることが多いが、部活をやめさせたり、練習に参加させないことは、スポーツをする権利を侵害しているとされることが多いためだ。弱音を吐くから周りに悪影響だというような理由で練習から外すのもパワハラになりうる。

堀口雅則氏 東京21法律事務所 弁護士

「指導者は、選手にはスポーツをする権利があるという視点を忘れてはなりません。とはいえグレーゾーンの事案は少なく、指導者が『選手に手をあげない』『怒鳴らない』ことを徹底することで防げるパワハラが圧倒的に多い印象です。

昔だったらあえて苦しさや悔しさを味わわせ、強さにつなげるという練習が当たり前だった時代もありましたが、それも今は通じません。指導者が選手に手を出せば、暴行罪が成立しうるのです。指導として合理的な方法なのか、指導の範囲を超えていないかが、パワハラかそうでないかの境界になります」

東京五輪の空手代表に選ばれたある女子選手から、剣道の竹刀を使った稽古がパワハラにあたるという告発があったのは記憶に新しい。背が高く手足の長い外国人選手と戦うケースを想定して、指導者は竹刀を使って指導をしていたところ、女子選手の目に当たり怪我をした。告発によって指導者は、安全配慮を欠いた不適切な行為だったとして代表強化スタッフを解任(大学空手部の指導は継続)された。

「指導内容そのものは不適切な行為だったとされながらも、『パワハラ』とは認定されませんでした。どういった指導が選手にとってパワハラになるのか、明確な基準が求められています。この告発はスポーツの現場でその基準を考えるきっかけになったと捉えています」

パワハラの認定基準は「それが生徒にとって本当に必要か」

スポーツ庁が体罰・ハラスメントの根絶に向けて定めている「運動部活動での指導のガイドライン」(平成25年5月)では、指導と称した殴る・蹴るなどの体罰はもちろんのこと、人間性や人格を否定するような発言や行為を「厳しい指導」として正当化することは許されない、として禁止されている。

体罰・パワハラはダメ、という社会通念は浸透しつつあり、相談窓口が整備され保護者の意識も変化してきた。それでもなお無くなっていないということは、ひどいニュースが後を絶たないことからも想像できる。誰の目から見ても分かりやすい体罰よりも、むしろ気付かれにくい方法・見えない場所でのハラスメント行為に置き換わってきているのではないだろうかという印象さえある。

雇用関係がある職場に目を向けると、厚生労働省は事業主がハラスメント防止のために対策することを義務化しており、法整備も年々強化されている。しかしスポーツにおいては、一律に体罰・パワハラと指導とを線引きする難しさがあるとされるのか、事案を個別に検討されることが多いようだ。「単に、懲戒行為をした教員等や、懲戒行為を受けた児童生徒、保護者の主観のみにより判断するのではなく、諸条件を客観的に考慮して判断すべきである」(「運動部活動での指導のガイドライン」より)。

指導者は、その指導方法・内容が合理的かどうか、その生徒にとって本当に必要なことだったのかどうか、という視点を持って客観的に指導内容を振り返る必要があるだろう。以下に、同ガイドラインから不適切な指導例として挙げられている「体罰等の許されない指導と考えられるものの例」を抜粋・引用しておく。

①殴る、蹴る等。
②社会通念、医・科学に基づいた健康管理、安全確保の点から認め難い又は限度を超えたような肉体的、精神的負荷を課す。
(例)
・長時間にわたっての無意味な正座・直立等特定の姿勢の保持や反復行為をさせる。
・熱中症の発症が予見され得る状況下で水を飲ませずに長時間ランニングをさせる。
・相手の生徒が受け身をできないように投げたり、まいったと意思表示しているにも関わらず攻撃を続ける。
・防具で守られていない身体の特定の部位を打突することを繰り返す。
③パワーハラスメントと判断される言葉や態度による脅し、威圧・威嚇的発言や行為、嫌がらせ等を行う。
④セクシャルハラスメントと判断される発言や行為を行う。
⑤身体や容姿に係ること、人格否定的(人格等を侮辱したり否定したりするような)な発言を行う。
⑥特定の生徒に対して独善的に執拗かつ過度に肉体的、精神的負荷を与える。

(「運動部活動での指導のガイドライン」より)

パワハラ被害に遭った選手が、泣き寝入りするケースは減っている

堀口氏によれば、以前はパワハラやセクハラが起きても、選手は辞めるか我慢するしかないケースが多かったという。選手の居住地域で特定の競技を行うためには、その指導者しか選べないという事情は少なくない。それには地域性が大きく影響している。ところが近年、問題のある指導者の責任を問い、指導から外れてもらうケースもみられるようになってきた。

堀口雅則氏 東京21法律事務所 弁護士

「学校部活の場合、管理職の方針で、問題が発覚した後はすぐにしかるべき処置を講ずることも増えてきました。学校の意識が変わってきているのを感じています。指導者がこれでいいと思っていることでも、公の目にさらされることで変えなくてはいけないと気付く場面が増えてきました」

狭い人間関係・近い距離感がセクハラの土壌になりやすい

勝つことへのプレッシャーが判断を鈍らせる

では次に、セクシャルハラスメント(セクハラ)について具体例を交えながら紹介する。堀口氏によると「同じスポーツのハラスメントでも、パワハラとセクハラには大きな違いがあります。パワハラには技術の向上につながるという指導者の誤解、『選手のためを思って』という意識が行き過ぎたケースも少なくない。ところがセクハラには『選手のため』という意図はなく、プライバシーの侵害や接触が選手の技術の向上に役に立つことは一切ありません」

セクハラは選手の年齢層によってその性質が大きく異なるという。

①年少者を対象としたもの

まだ判断能力が低い小中学生の無知につけこんだセクハラ。思春期あたりの子どもは、自分の気持ちを誤解し、指導者に特別な感情を抱くことがあるが、それを利用し特別な関係に至るケース。

②年長者を対象としたもの

本人に判断能力があっても、狭い世界の中で絶対的な権力を持つ指導者に逆らえない関係性につけこんだセクハラ。「チームをまとめるためには、心を通わせる必要がある」などと言って、指導者が男女の関係を強要するようなケース。中でも大学生に対するセクハラは多い。

「ある競技を小学生から高校生まで長い期間極め、勝つことのプレッシャーにさらされ続け狭い人間関係に慣れ切ってしまうと、指導者の言うことは絶対なのだと思い込んでしまいます。セクハラの被害者は大半が女性ですが、男性も被害者になりえます。男児への性的な興味を動機として、部活の指導者になりセクハラにおよんだケースもありました」

年少者をセクハラから守れるのは、保護者

指導者からのセクハラには、どう対処するのがよいのか。

被害者が年少者の場合、本人が声をあげるのは難しい。堀口氏によれば、「加害者は子どもの無知につけこんでいるため、子どもはセクハラをおかしいと思わず、そういうものだと誤解していることもある」という。その場合、ふとしたきっかけで子どもが保護者に話したことから、セクハラが発覚する。

堀口雅則氏 東京21法律事務所 弁護士

「お子さんがセクハラを受けていることを知った保護者は、まず学校に相談することが多いです。流れとしては、例えば、校長や教頭に相談し、加害者から聞き取りがなされた上で、厳正な処分がなされます。被害者が女児なら女性の教師や養護教員をつけ、被害児童から話を聞きます。もし本人がうまく話せない場合は、母親に聞き取りをします。事実が確定するまでは、問題の指導者を指導から外す処置をとります」

多くの保護者が求めるのは、慰謝料よりも問題の指導者に指導から離れてもらうことだと堀口氏は付け加える。加害者が教師の場合、処分は部活の指導から外す、担任から外す、別の学校に転勤させる、教育委員会付きにして教鞭をとらせないなど、事件の重さによってさまざまだ。学校内でうまく解決されない場合に、保護者は弁護士に相談することが多いという。

大切な子どもがセクハラの被害に遭わないためにはどうしたらよいのか。それには日頃のコミュニケーションが重要となる。

「性教育と関係しますが、お子さんには普段から意思に反して身体を触られることはよくないことだと伝えておくことが大切です。セクハラの事件では、後になって『そういえばある時から子どもの様子がおかしくなった』と語る保護者の方が多いんです。口数が少ない、食欲がない、自室にこもりがちになったなど、普段からお子さんの変化に敏感になっておくといいと思います」

年長者の場合、セクハラの通報先を把握しておく

被害者が高校生以上の場合は、被害者はそれがセクハラだと認識していることがほとんどで、被害者が保護者に相談し、保護者から弁護士に依頼がくるケースが多いという。年少者と異なり、本人に話を聞くが、被害者が女性の場合はスポーツ法に詳しい女性の弁護士に担当してもらうとよいのではと堀口氏。

堀口雅則氏 東京21法律事務所 弁護士

「年長者の場合も多くは法廷で慰謝料を争うのではなく、指導から外れてもらうことを求められます。被害者が大学生であれば、外部の弁護士に相談する以外に、ほとんどの大学に設置されているセクハラ・パワハラ相談窓口を利用することもできます。窓口の向こうでは弁護士を入れた調査委員会がつくられ、裁判所のような役割を果たし、裁定が行われます」

セクハラを受けたときは、勇気を出して相談することがなによりも大切だと堀口氏は力説する。「チームの和を乱してはいけない」「自分にはここしかない」と“閉じた”思考に陥ることは、セクハラを傍観、容認する環境につながってしまう。また誰にも相談できないと思い込み、大きな精神的ダメージを負うこともある。閉じた世界で悩むのではなく、セクハラがあったらしかるべき外部の通報機関に報告すると心掛けることが、問題解決への道筋をつくる。

「大学でもセクハラ防止の整備はされています。入学時のガイダンスでセクハラ・パワハラ相談窓口の説明がされているはずです。いざというときのために、自分の大学の相談窓口がどこにあるか、普段から把握しておくとよいでしょう」

パワハラもセクハラも、それが生まれる背景には「閉鎖的な環境」があるようだ。勝ちたい、勝たせたいという強い思いは、ともすれば指導者と選手の視野を狭くしてしまう。指導において「選手のためになるのか」という問いの精度を上げるには、常に客観的な視点が必要だろう。勝利への力強い道のりは、指導者と選手だけという閉じた世界ではなく、両者を取り囲むさまざまな人たちが支えていることを忘れてはいけない。

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取材・文/はたけあゆみ  撮影/保田敬介