GPSデータで何が分かるのか?—「本番で能力を発揮できるスポーツ選手」を育てるデータの力—

昨今、GPSデバイスで選手たちの動きをトラッキングし、取得したデータをコンディショニングや戦略分析に役立てるスポーツチームが増えている。今回は慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の神武直彦教授、ユーフォリア社のスポーツサイエンティスト・佐々木優一氏のお二方、およびSOLTILO Knows株式会社代表取締役の本田洋史氏、カタパルト社小林泰憲氏に、GPSデバイスなどセンシングテクノロジーの今後の可能性についてお話を伺った。(文中敬称略)

インタビュイー

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神武 直彦
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授

慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、宇宙開発事業団入社。H-IIAロケットの研究開発と打上げに従事。欧州宇宙機関(ESA)研究員を経て、宇宙航空研究開発機構主任開発員。国際宇宙ステーションや人工衛星に搭載するソフトウエアの独立検証・有効性確認の統括および宇宙機搭載ソフトウエアに関するアメリカ航空宇宙局(NASA)、ESAとの国際連携に従事。2009年度より慶應義塾大学准教授。2018年度より同教授。日本スポーツ振興センターハイパフォーマンス戦略部アドバイザー、政府の宇宙、スポーツ戦略に関する各種委員を歴任。Asia Institute of Technology, Adjunct Professor, 博士(政策・メディア)

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佐々木 優一
株式会社ユーフォリア スポーツサイエンティスト

1985年生まれ、奈良県出身。Florida Southern Collegeを経てミズーリ州立大学大学院でスポーツ医療とスポーツ外科リハビリテーションを学び、2016年よりオリンピック・パラリンピックマレーシア代表の専属スポーツセラピストに。2018年にジャパンラグビートップリーグ・トヨタ自動車ヴェルブリッツのRehab S&Cコーチ、2018〜2019年にはBリーグ・バンビシャス奈良のアスレティックトレーナー兼ストレングス&コンディショニングコーチを務め、2019年より現職。BOC-ATC、NSCA認定CSCS(Certified Strength and Conditioning Specialist)などの資格を持つ

フィールドでの選手の「動き」をデータ化する

スポーツニュースなどで、プロ選手が上半身に胸当てのようなウエアを身につけて練習している光景を見たことはないだろうか。

このウエアの背中側のポケットには、いわゆるGPSデバイス(※)が固定されている。

GPSとは、アメリカが運用する人工衛星を用いた衛星測位システムのこと。軍事技術を起源とし、1990年代から社会インフラ化が進んでいる。代表的な応用例として自動車のカーナビやスマホのナビゲーションがある。ほかには航空機の自動管制システムなどにも使われている。

近年増えてきたセンシング技術活用、GPSデータのスポーツへの応用について、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科の神武直彦教授は語る。

神武:「人工衛星を使用した測位システムの総称を『GNSS(Global Navigation Satellite System)』といいます。GPS(Global Positioning System)とはその中で、アメリカが運用する衛星測位システムをいいます。世界には同様に日本の「みちびき」、ロシアの「GLONASS(グロナス)」、ヨーロッパの「Galileo(ガリレオ)」などがあり、さまざまな国が120基以上の人工衛星を打ち上げています。

GPSデータのスポーツへの応用が特に進んだのは2000年代のこと。現在はフィールドスポーツを中心に40~50競技で採用されています。

代表的な競技はサッカーやラグビー。ほかにもアメリカンフットボールやハンドボール、ホッケー、ラクロス、野球などにも活用が進んでいます。選手の身体に装着したウエアラブルデバイスで、一人ひとりのスピードや走行距離やスピードなどをデータ化。怪我の予防などのコンディショニングや練習強度のコントロールなどに役立てることが、今や当たり前になりつつあります」

(※衛星測位システムについては本来「GNSS」と表記すべきだが、本記事では一般呼称として「GPS」を使用する)

神武 直彦氏(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授)
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 神武直彦教授

例えば2019年のW杯でベスト8入りを果たしたラグビー日本代表チームでは、GPSデバイスから取れるデータを活用しチームを強化したことが知られている。

また、2021年の箱根駅伝出場チームでも、新型コロナウイルス感染拡大による自粛期間、選手がGPS付きのスマートウォッチを付けて自主トレーニングで走った距離を記録。データを共有し合ってチーム内の競争意識を高めたことが報道されている。

このように昨今、プロや学生スポーツのトップクラスのチームを中心に、GPSデータの活用が広がりつつある。

人工衛星から取得した「時刻」「緯度」「経度」「高さ」の数字をもとにパフォーマンスデータが算出される

スポーツにおけるGPSデバイス開発でマーケットをリードするのが、2006年にオーストラリアで創業されたカタパルト(CATAPULT)社だ。全世界で3,000以上のユーザーが利用するトップメーカーとして知られている。

そしてほかにも、ラグビーのアイルランド代表やサッカー・プレミアリーグのリバプールFC、NBAのワシントン・ウィザーズなどが採用するSTATSports、ラグビー日本代表の躍進を支えたVX Sportなど、さまざまなメーカーがある。

本記事では、育成年代向けに開発されたGPSデバイスKnowsについて取り上げる。

ではGPSデバイスで、具体的にどのようなデータを得られるのか。神武教授は語る。

神武:「正確な時刻と緯度、経度、高さ。人工衛星から取得するデータはこの4つが基本です。それぞれの変化量を計算すれば、一人ひとりの選手がいつ、どこからどこまで、どれぐらいの速度で移動しているかが分かります。それに加え、デバイスが心拍数などを計測。いつのどんな動きが身体にどの程度の負荷をかけているのか、というデータを総合的に得ることができます」

GPSが取得する基本データをどう分析し、どのような形で示すか。その調理法は、メーカーごとに異なる。

例えばカタパルト社の場合、加速度計やジャイロスコープなどを内蔵したGPSデバイスから取れる情報は、加速や減速、身体の傾き、方向転換など。上位機種で500を超える指標があるという。

例えば、そのごく一部として、

・距離や時間、速度に関する指標
・心拍数や身体への負荷に関する指標
・加速、減速、ジャンプなど3軸方向の加減速に関する指標
・メタボリックパワー、RHIEや身体の回転運動に関する指標
・ランニング時の身体の軸の傾きに関する指標
・スクラムやゲームに戻るまでの時間に関する指標
・ゴールキーパーが起き上がるまでの時間やダイブ強度に関する指標

などがあり、収集できるデータは多岐にわたる。

その中でスポーツの現場で多く活用され、主な指標になっているのが運動量(ボリューム)と運動強度(インテンシティ)。運動量は走行距離やハイスピード、加減速の回数、スプリントの回数・距離、衝撃の回数、消費エネルギー量などから算出。運動強度は毎分距離や毎分回数といった時間で割った数値や、最高速度、最大心拍数、心拍がレッドゾーン内にあった時間などから算出できる。

いつ、どれぐらいの強度の運動をしたかを選手ごとにチェックし、そのデータを蓄積。それにより、どんなタイミングにどの程度の負荷をかけた場合、どこの箇所に負傷が起こったか、などをノウハウとして蓄積することができる。

経験や感覚を裏付けする客観データで説得力のある指導に

GPSデータを活用することで「本番で能力を発揮できるスポーツ選手」を育てることは、果たして可能なのか。そして実際にデータを取ることで、選手たちのパフォーマンスやチーム運営には、どのような変化がもたらされるのか。

現在、ユーフォリア社でスポーツサイエンティストを務める佐々木優一氏は、ラグビーのトヨタ自動車ヴェルブリッツのRehab S&Cコーチとして、GPSデータを活用し選手たちのリハビリテーションとストレングス向上をサポートしていたことがある。佐々木氏は自らの経験からこう語る。

佐々木:「チームでは毎回の練習における総走行距離を決めており、私の役割は選手たちの走行距離や負荷を数値でチェックすること。パソコンをグラウンドに持ち込み、『あの選手は今、どんな状態ですか?』『走れてないね』『ちょっと身体が重そうだね』というように、インカムを使ってコーチ陣とコミュニケーションを取りながら、上限を超えそうになったらトレーニングを抑えるよう進言していました。

また、負傷した選手のリハビリも担当しました。競技復帰までのプロセスのひとつに『Return to Run』という『どれだけ走れるようになったか』を見る指標があり、それに沿って競技復帰へのリハビリを進めるのです。ポジションごとに目標数値が細かく設定されているので、リハビリで取得したデータをもとに選手とディスカッションを重ねながら、復帰プランを練っていました」

佐々木 優一氏(株式会社ユーフォリア スポーツサイエンティスト)
株式会社ユーフォリア スポーツサイエンティスト、佐々木 優一氏

佐々木氏は、GPSデバイスから取得できる膨大な量のデータから何を見て、選手のコンディションを判断していたのだろうか。

佐々木:「コンディション管理の指標として多く見られているデータは走行距離やスプリント回数、加速減速の頻度、心拍数などでした。もちろんこれらは、目で見てもある程度は把握できますが、GPSデバイスから得たデータを見れば『この選手は長い距離をよく走っている』といった主観的判断を『この選手は地点Aから地点Bまでを、時速◯㎞で走っている』というような、客観的なデータに落とし込むことができるのです。

これは非常に大きなことだと思います。今まで指導者たちが経験や感覚で見てきたことが数値化され、競技特性への理解と、練習内容の見直しが進みました。さらにデータに基づいて選手の疲労度合いをマネジメントできるようになり、傷害の可能性は大幅に減ったと思います」

「育成年代にこそGPSデバイスが必要」と開発されたKnows

ではGPSデバイスを、育成年代の運動能力向上に役立てることは可能なのか。

日本発のフィールドスポーツ向けGPSデバイスとして注目を集める「Knows(ノウズ)」は、サッカーの本田圭佑選手が開発に携わっていることで知られ、育成年代・高校生層を中心に普及が進んでいる。Knowsを取り扱うSOLTILO Knows株式会社の代表取締役・本田洋史氏に聞いた。

本田:「本田選手が最初に海外移籍したオランダのVVVフェンロは、決して規模の大きなチームではないにもかかわらず、GPSデバイスによるデータ計測が行われていました。その後、本田選手はロシアのCSKAモスクワ、イタリアのACミランとステップアップしていきましたが、いずれのチームもGPSデバイスによるデータ分析が当たり前だったそうです。

ただしどのクラブでも、データ分析が行われていたのはトップチームだけ。育成年代への普及は進んでいなかったのです。そんな状況を見た本田選手が『むしろユース年代にこそデータに基づいたトレーニングが必要ではないか。自分で数値を見て、考えられる選手に育ってほしい』と考え、育成年代をメインターゲットにKnowsを開発しました」

Knows
写真提供:SOLTILO Knows株式会社

Knowsは現在、Jリーグのユースや市立船橋、流経大柏といった高校サッカーの強豪校や、大学のサッカー部、女子チームなど、約120チームが活用している。中でも最も多いのが高校のサッカー部で約80校。今年の全国高等学校サッカー選手権に出場した中では、計14チームが導入していたという。

本田:「高校にはアナリストがいないことがほとんどなので、Knowsはジャイロスコープを省くなど、機能をできる限り簡略化。走行距離や最大速度、スプリントの回数、距離、時間といった基本データを中心にピックアップしています。さらに、選手自らデータを見て、自分のコンディションを簡単に把握できるようアプリ化するなど、ユーザーインターフェースを極力シンプルにしています」

多くの海外メーカーのデバイスは基本的にアナリスト向けで、英語の専門用語も多く理解が難しい。その点Knowsが目指しているのは、高校生が見てすぐ分かるUI(ユーザーインターフェース)。試合や選手の走行距離や心拍数などは、リアルタイムで1秒ごとにタブレットを使って確認できる。

Knows
写真提供:SOLTILO Knows株式会社

そしてコストについても、部活動の限られた予算を考慮。必要最低限の機能にフォーカスすることで、ギリギリまで価格を下げた。

本田:「多くの場合、GPSデバイスの導入は周辺機器も含め、百万円単位の費用(デバイスにより価格は変動)が必要でした。Knowsは購入する場合、デバイスと周辺機器、専用ウエアを合わせて1セット約7万円。レンタルする場合、2年で1セット月額2,980円、3年で2,300円と安価に設定しています」

Knowsのほかにカタパルトでも廉価版が出るなど、GPSデバイスの導入コストは下がってきている。予算や用途に合ったものを探してみてほしい。

パフォーマンスを可視化し、より具体的なフィードバックを

実際の活用例を紹介しよう。福島県にある学法石川高校サッカー部は、2019年にKnowsを導入。選手一人ひとりが走行距離やスプリントなどの数値を見て、自らの課題を明確に意識するようになり、チームは翌年初めて全国大会への切符をつかんだ。

また福岡県にある飯塚高校サッカー部は、練習や試合の走行距離やスプリントの回数のみならず、高強度のスプリントの割合や心拍数の変化までを細かくチェックするなど、Knowsを積極活用している。同校について本田氏は語る。

本田:「中辻喜敬監督が課題としていたのが、選手とのコミュニケーションでした。明確な理由なしに指示をしても、選手に届かない。そこでGPSデバイスを導入し、パフォーマンスを数値で見せながら、選手に伝えるようにしたとのこと。

実は監督からすれば、具体的な数値を見なくてもパフォーマンスはたいてい想像通りなのだそうです。でも具体的なデータを示すことで選手たちの意識が変わり、監督との意思疎通が円滑になったといいます。つまり、GPSデバイスがコミュニケーションツールになっているわけです」

客観的なデータをもとに選手へフィードバックが可能になるGPSデバイスだが、活用には注意が必要だ。本田氏は、導入を検討している指導者に向け「走行距離やスプリントの数といったデータを、ネガティブな形で活用しないでほしい」と語る。

本田:「例えば、走行距離が多い選手と少ない選手を比べて、少ない選手を『お前は何をさぼっているんだ』と叱る、アラ探しのような活用方法は、GPSデバイスの本来の使い方ではないと思います。

高校サッカーでも強豪チームであるほど、サッカーがうまいのは大前提。レギュラーになれるかの決め手は『走れるかどうか』といったシンプルなことになってくることが多い。GPSデバイスでデータを取ることが『試合に出たければもっと走れ』という空気を作ってしまうのは危険です。高校生でもまだ成長中の選手は多く、身長も体重もばらつきが大きいため、過度の負荷が怪我につながる可能性もあるのです」

大事なのは、データを継続的に取ること。すると徐々に、選手一人ひとりの疲労の蓄積具合や、身体的特性、適性がある練習メニューなどが見えてくる。その結果「この選手はこの練習をこれ以上させるとオーバーワークになる」「逆にこの選手はもっとトレーニングできる」ということを、個別で判断できるようになる。

本田:「ぜひ指導者の方々には、GPSデバイスから得たデータを選手同士の比較ではなく、一人ひとりの成長を判断する指標として使ってほしいのです。そして特に中学・高校のチームの場合、試合ごとのスプリント回数の比較など、シンプルな分析から始めていくことをおすすめします。

そして最初から多くのデータを扱おうとせず、スモールスタートし、慣れるにつれて徐々に分析項目を増やす。その上で、データをトレーニングにどう落とし込むかを監督、コーチで考え、コンディションをマネジメントする。これが理想だと思います」

他人とではなく、過去の自分とデータを比較し「自分の成長度合い」を知る

現在、最新テクノロジーのスポーツへの活用を積極的に進めているのが、前出の神武直彦教授が所属する慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科だ。

同研究科はジュニア世代の運動能力向上というテーマに積極的に取り組み、慶應義塾大学蹴球部(ラグビー部)のグラウンドを拠点とした小学生スポーツ教室「慶應キッズパフォーマンスアカデミー(慶應KPA)」や、横浜市港北区、横浜市立日吉台小学校と連携した「スマートスポーツプロジェクト」を主催。GPSデバイスやドローンを活用したスポーツプログラムを提供し、最先端のテクノロジーを子どもたちの運動能力向上につなげることを目指している。

慶應キッズパフォーマンスアカデミー
背中にGPSデバイスを着け、運動量や運動強度などを測定。成長を確認する(写真提供:慶應キッズパフォーマンスアカデミー)

神武教授もまた、GPSデバイスの導入によって具体的なデータを数字で示せることのメリットを語る。

「例えば小学生だと、同学年でも早生まれの子どもはほかの子に比べて運動能力が低い傾向があります。例えば同じ小学1年生でも、4月生まれと翌年の3月生まれではほぼ1年違うわけです。その影響で、ほかの子よりかけっこが遅い、ボールをうまく扱えない、というように、スポーツに苦手意識を持ってしまうケースが、少なからずあります。GPSデバイスは、そういった問題を解決できる可能性を持っているのです。

子どもたちがどう進化しているのか。なぜ進化できたのか。分析結果を可視化し、具体的なデータの伸びを示す。それにより、子どもたちは自分自身の成長度合いや達成度合いを他人との比較ではなく、過去の自分との比較で知ることができる。その結果、行動変容が生まれ、スポーツは得意ではないと思っていた子どもが思いのほか伸びる。そんなケースがこれまでもありました。

また指導者も、これまでは主観やほかの子どもと比較した相対評価で一人ひとりの運動能力を見てきました。でもこういったテクノロジーの導入により、データを見ることでこれまで分からなかった意外な成長を発見できるケースがあるそうです。子どもたちのスポーツへの取り組み方が少しずつ変わっていくことが、子どもたちのコミュニケーション能力やリーダーシップの向上につながっていく面があると考えています」

データ分析人材の育成とデータのオープン化が急務

また慶應大学ラグビー部は同研究科とタッグを組み、GPSデバイスやドローンなどの最新機器をコンディショニングや戦術策定に積極活用。同部は昨年、明治大、帝京大といった強豪校に勝利し、大学選手権ベスト8入りを果たした。

かつては猛練習で知られた慶應大学ラグビー部が、最先端のテクノロジーを駆使して勝利を狙うチームへと変貌を遂げたのは、SDM研究科の尽力も大きい。

神武:「GPSデバイスやドローンなどを、コンディショニングや戦術策定に積極活用しています。例えば、GPSデバイスから取得したデータと撮影した映像を組み合わせ、選手たちに『ここで君がもう少し早くディフェンスの準備をできていれば、トライを防げたはず』というように、試合や練習のさまざまな局面での具体的課題を示しています。

例えばGPSのデータを数字で見せるだけでは、それが具体的にいつのどのプレーだったかは思い出しにくい。そこで映像を一緒に見せると納得してもらえます。その反面、例えばある局面において極端にスピードが落ちている、といった場合は、映像よりも数字で見るほうが頭に入りやすい。そのように、GPSのデータと映像を状況によって組み合わせて示しています」

今やトップレベルのスポーツチームでは、GPSのデータと映像の組み合わせは当たり前になりつつあるという。映像解析においては、カタパルト社も映像分析ソフト「Catapult Vision」をリリースし、加速度などGPSで取得したほぼ全てのデータを、自動で映像に同期できる。特にここ数年、GPSデバイスのデータ精度が高まったことで、さまざまなほかのテクノロジーとの組み合わせの可能性が大きく広がっている。

神武:「慶應大学ラグビー部の強化において私たちが現在考えているのが、人工知能(AI)による機械学習の導入です。現状、GPSのデータや映像をチェックし、重要な局面や改善すべきポイントをピックアップするのはアナリストの仕事。試合の何倍もの時間を使って細かい分析を行っているので、機械学習などのテクノロジーを使って改善したいと考えています。

練習や試合において、ピックアップすべきポイントをパターン化し、それをAIに学習させるのです。練習や試合のよかったポイントや課題をGPSのデータと映像からAIがピックアップしてくれれば、さらに効率的なチーム運営ができるでしょう。そうなるとアナリストには、データを料理する腕前が問われるようになります」

最後に神武教授は今後の大きな課題として、データ分析とコーチングそれぞれのスキルを合わせ持った人材を育てること、そしてデータの標準化とオープンソース化の重要性について言及した。

「GPSなどテクノロジーのコモディティ化に伴い、今やスポーツチームは、競技をする人だけの集まりではなくなっています。今後はデータを扱える人材がどんどん増えていくでしょう。

例えば慶應の野球部やラグビー部には、プレーをせずデータ分析を専門に行うアナリストが何人もいます。その中には、競技経験がまったくない部員もいる。今後はそういった人たちがさらに増える。そして将来、彼らがさまざまな企業や公的機関に就職し、日本のIT産業を支えていく。そんな可能性が広がっていると思います。

今、さまざまな場所で『デジタルトランスフォーメーション(DX)』という言葉が使われるようになりました。学生時代にスポーツでDXのノウハウを身につけて、ビジネスで活躍する。そんな人材が出てくるはず。DXを体験し、学ぶ場としても、スポーツは最適ではないでしょうか。

そして日本のスポーツの発展を考えると、各選手が取得したGPSなどのデータをオープンソース化し、各メーカーが横並びで同じデータを示せるよう標準化する必要があります。例えばプロスポーツでは移籍がつきものですが、チームによって使っているGPSデバイスが異なるため、新しいチームに移籍すると以前のデータとの比較ができない、といったことが起きています。取得データの開放と標準化は、今後の大きなテーマになるでしょう」

テクノロジーの発展を、スポーツのさらなる普及に結びつけていく。そこにはさまざまな課題があるのは確かだ。ただ最新のツールを導入すればチームがよくなるかというと、話はそう単純ではない。スポーツチームの運営の基本にあるのは、あくまでヒューマンマネジメントだ。

ただし今、GPSデータという新たな武器でパフォーマンスとコンディションを可視化し、よりよいチーム運営ができる可能性が広がっているのは間違いない。今後、ほかのさまざまなテクノロジーと組み合わせることで、さらに発展していくスポーツのデバイス・センシング開発。その未来を、引き続き注視していきたい。

 

取材・文/前田成彦  取材協力/SOLTILO Knows社 本田洋史氏、カタパルト社 小林泰憲 氏