育成年代にも広がるトレーニングメソッド「VBT」とは?

昨今、ウエイトトレーニングが大きく変わりつつある。テクノロジーの発展に伴い、トレーニングで発揮されるパワーやスピードの変化など、目に見えない要素を数値化できるデバイスが登場。それに伴い、新たに「速度」を基準とした「VBT(Velocity Based Training)」というメソッドが広まっているのだ。VBTとは、どんな効果が得られるトレーニングなのか。そしてどんな競技に取り入れられているのか。必要な機器にはどのようなものがあるのか。専門家の話を交え、VBTの基本を解説する(文中敬称略)。

インタビュイー

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長谷川 裕
龍谷大学経営学部経営学科 教授、エスアンドシー株式会社 代表取締役

1956年生まれ、京都府出身。1979年筑波大学体育専門学群卒業。1981年広島大学大学院教育研究科博士課程前期修了。1988年より龍谷大学サッカー部部長・監督。1997~1998年、ペンシルバニア州立大学客員研究員兼男子サッカーチームコンディショニングコーチ。2004~2008年、名古屋グランパスエイトコンディショニングアドバイザー。2008~2011年。本田技研工業ラグビー部Honda Heatスポーツサイエンティスト。 2016~2019年、日本トレーニング指導者協会理事長。2020年~同協会名誉会長。数々の職務を歴任。

「つぶれるまで挙げる」トレーニングはもう古い

パフォーマンスを向上させ、怪我をしにくい身体を作るために、ウエイトトレーニングは有効な手段である。ただし、限られた時間の中で最大限に効率よく目標を達成するには、成果をより正確に確認し、最適な方法でトレーニングを実践する必要がある。

 「実は無駄なトレーニングが多すぎる」

龍谷大学の長谷川裕教授はそう語る。長谷川教授はスポーツサイエンスにおけるパフォーマンス分析の研究では、常に先頭を走ってきた。これまで数多くのスポーツチームで、ストレングス&コンディショニングにも携わる中、90年代から、アスリートのパフォーマンス向上のために、ウエイトトレーニングにおける挙上速度の重要性に着目すべきだと訴え続けてきた。

長谷川VBTとは、Velocity Based Trainingの略。Velocity(ヴェロシティー)とは『速度』という意味で、Velocity Based Trainingとは『速度に基づいたトレーニング』ということです。今や挙上速度を測ることは、ウエイトトレーニングの前提となりつつあります。

この言葉は、2011年にオーストラリアの研究グループによって、ウエイトトレーニングの挙上速度の特性について公表されたデータの中で使われたのが最初だと言われています。

ただし考え方としては、それ以前から存在していました。1980年代、東欧の社会主義国がオリンピックで数多くの金メダルを取っていた頃に、バーベルの挙上速度を測っている映像をいくつか確認できます。また90年代には、ドイツのティドスという陸上競技の指導者でレジスタンストレーニングの研究者が、挙上速度を測りながらウエイトトレーニングを行う方法を提唱しています。実際にアメリカやオーストラリアでは、90年代の終わり頃からウエイトトレーニングの挙上速度を基準とする試みが始まっていました。

挙上速度を測定するデバイスの基礎を作ったのはスロバキアのドゥシャン・ハマーという人。彼が作ったフィットロダインという機器を私が1997年に日本に持ち帰り、さまざまな実験をしてその結果を国際学会で発表しました。そのことがオーストラリアのラグビー界に伝わり、当時のトヨタ自動車のラグビー部のオーストラリア人ストレングスコーチがフィットロダインを使い、今で言うVBTを行っています」

かつて多くのトレーニング指導者は「ひたすらレップ数(=回数。Repetitionを略したRepのこと)とセット数(決めた一定のレップ数を1セットとし、それを行う数)をこなし、つぶれるまでひたすら選手を追い込んでいた。

長谷川 裕 氏 龍谷大学経営学部経営学科 教授、エスアンドシー株式会社 代表取締役
取材に応えてくださった長谷川裕教授

長谷川「何を隠そう、私もです。長い間『挙がらなくなってからがトレーニング』と言い続けていました。でも今、この考え方は完全に時代遅れです。重たいおもりを何回も挙げ、疲れて満足していた時代は遠い昔。実はウエイトトレーニングにおいて、フラフラになるまで追い込むことに意味はありません。余計な疲労をためてオーバートレーニングに陥り、負傷するだけです。そのことは、すでにさまざまな研究で立証されています」

これまでのトレーニング法の課題とは

VBTの詳しいことを解説する前に、既存のトレーニングメソッドの問題点、そして「なぜ『速度』を測定することがよりよいパフォーマンスの発揮につながるのか」について説明していく。

これまでのウエイトトレーニングにおいて、負荷設定の考え方は「1RM×◯%×◯回」というもの。選手が1回持ち上げられる最大の重さ(1RM)を測定し、その重さを基準としておもりの重量とレップ数、セット数を決めていた。

ところが今、これまで長年用いられていた負荷設定には問題があることが分かっている。

 長谷川「そもそも1RMとは日々変わるものです。選手にはコンディションのいい日も悪い日もあります。測定日が1週間の中間の日であれば疲れがたまっているかもしれない。試合期なのかトレーニング期なのかによっても数値は変わる。

つまり、その日の1RMが正確に分からない中、ある測定日に測った本来変動するはずの1RMを基準としていることが、最も大きな問題。バーにどれだけのおもりを付けるのか。何㎏のダンベルを持つのか。その根拠がはっきりしていないのです」

本来、アスリートが獲得したいのは、単に重いものを持ち挙げる能力ではなく実際に発揮される「力」と「パワー」。パワーとは「力の大きさ×運動速度(より正確に言えば加速度)」。つまり時間あたりの仕事量(仕事率)のこと。同じ重量のバーベルやダンベルを挙げる場合でも、速度が違えば必要な筋力は異なる。

つまり、ウエイトトレーニングで発揮するパワーを向上させるには、目で見るだけ、感覚だけでは分からない、速度の変化を把握する必要があるということ。これまでの考え方では、トレーニング動作が身体に与える刺激を正確に捉えるには不十分なのだ。

長谷川「これまでのトレーニングには①重量②レップ数③セット数④レスト時間しか、基準となるデータはありませんでした。ほかには『今日はちょっと重たく感じるなあ』『今日は調子がいいなあ』という感覚だけ。

しかし現在は、テクノロジーの進展によって、バーやダンベルを挙上するスピードを測定できるデバイスが生まれました。これによって、ウエイトトレーニングで発揮できるパワーがどれぐらいなのかを、指導者やアスリートが認識できるようになったのです」

現在は「挙げている重量が1RMの〇%に当たるのか」というパーセンテージと、全力で挙上した時の速度(m/s、メートル毎秒)には相関関係があることが明らかになっている。

簡単に言えば、重さに対する挙上速度を測れば、それが1RMの何%に該当するのかが、換算表で分かるようになっているということ。挙上速度を測定すれば1RMは自動的に算出できる。毎日変動する1RMをわざわざ測定する必要はない。

VBTのメリットとその具体的な取り入れ方

 長谷川教授によると、VBTには以下の点で大きなメリットがあるようだ。

  • トレーニングの的確な強度と量を、個人の特性や日々のコンディションに合わせて調整できる。
  • オーバートレーニングを避け、効率よくトレーニングできる。

では、VBTは具体的にどのように行うのか。具体的な解説をしていこう。

従来のウエイトトレーニングにおける負荷のうち、明確に把握できる数値は①ウエイトの質量(kg)②レップ数③セット数④休息時間だが、VBTではこれらに加え、計測機器をバーやウエイトに取り付けることで、1レップごとの以下のデータを計測できる。 

  • 挙上速度(m/s)
  • 発揮したパワー(W)のピーク値と平均値
  • 実際に発揮した力(N)
  • 仕事量(J)

計測機器には、GymAware(ジムアウェア)やEnode(エノード)、VITRUVE(ヴィートゥルーヴ)といった専用のデバイスがあり、スマートフォンやタブレットで連携しモニターすることが可能。1レップごとの平均速度がリアルタイムで表示されるので、トレイニーはその速度が低下しないよう、常に全力で挙上することがポイントだ。

VBT—トレーニングの効果は「速度」が決める
セッションで何kgの負荷を用いるかは、上の換算表に基づいて選択できる(出典:『VBT トレーニングの効果は「速度」が決める』(長谷川裕著))

換算表に記載されている数値は、種目と重量ごとの挙上速度。単位はm/s(メートル毎秒=秒速。つまり1秒間に何m移動しているか)。そして左に記載された100~20までの数値は、1RMに対する重量のパーセンテージだ。

例えばジュニア選手がスクワットを行う場合、1RMの100%に当たる重量を挙げる速度は0.45m/s(=1秒間に0.45mすなわち45cm移動する速さ)ということ。

まず、トレーニングを行うにあたり、最初に行うことはトレーニングの目的を明確にすること。筋肥大を目指すのか、スピード筋力の向上を目指すのか、最大筋力を上げたいのか、筋力スピードを上げたいのか、スピードを上げたいのか。目的に合わせ、ターゲット速度を決定した上でウォームアップを行い、現状の挙上速度をまず測定する。

例えばジュニア選手が、1.0m/sをターゲットとしてスクワットを行うとしよう。

まずは任意の重さでウォームアップし、挙上速度が1.33m/sだったとする。その数値を換算表と照らし合わせれば、挙上した重量は「1RMの20%」ということ。そして、ターゲットとする速度が1.0m/sならば、換算表により、その日のセッションで扱うべき負荷は「1RMの50%」ということ。

つまり、コーチは負荷設定で悩む必要はない。 

長谷川裕教授

長谷川「例えばある高校野球チームでは、1.0m/sを基準に定めています。1.0m/sが出る重さをウォーミングアップで探し、事前に決めたパーセンテージ分、速度が低下したところでストップ。これを2分のレストを間に挟み、3セット行うように指導しています」

発揮したパワー(W)については、ピーク値と平均値をモニターできる。瞬間的スピードを向上させるにはピーク速度を指標にすればいいし、全体にわたって大きな速度を発揮する動作が目的ならば、平均速度に着目すべきだろう。ウォーミングアップをきちんと行えば、最大スピードが出るのは1~2レップ目。そこから徐々に速度が低下し、5~20%低下した段階でストップする。

長谷川「トレーニングを行う際、一定の閾値を決めておき、そこに達したらセット終了します。これを「ヴェロシティーロス・カットオフ」といい、不要な身体的・心理的負担を強いることなく、より少ない仕事量で同等もしくはそれ以上の効果を得ることができます。

挙上速度が5%低下でやめるか、10%低下でやめるか、15%低下までやるのか、20%低下までやるのかは、トレーニングの目的や時期によって変わります。

目安として、トレーニングのボリュームを増やして筋肥大を狙うのであれば、速度が20%ぐらいの低下まで行うといいでしょう。例えば1.0m/sで設定したら、0.8m/sに設定すると、デバイスからアラートが鳴り、そのセットは終了です。また、できる限り疲労を残したくない試合期であれば、5%の低下でストップします。そこのパーセンテージのさじ加減は、コーチの考え方次第です。ただし20%以降は、ほとんど効果がない。30~40%低下してまで行う意味がないことは、数々の研究からはっきりと分かっています。

また、ほぼすべてのデバイスで、動作のデータ取得とともに動画撮影が可能。撮った映像はすぐさまスマートフォンでチェックでき、エクササイズ動作の改善点を確認することができます。クラウド上に選手登録をしておけば、自分の名前をタッチしてウォーミングアップの速度を測り、あとはトレーニングをするだけ。データはクラウド上に残るので、指導者はそれをチェックすればいいわけです」

VBTに用いる測定デバイスを紹介

VBTに用いる代表的なデバイスを長谷川教授に紹介してもらった。

VBT機器
左が「GymAware(ジムアウェア)」、右上が「Enode(エノード)」(旧Vmaxpro)、右下が「VITRUVE(ヴィートゥルーヴ)」。センサー内蔵ながら軽量で小型のVBTデバイスだ(写真提供:エスアンドシー株式会社)

長谷川「代表的なものは、オーストラリア国立スポーツ科学研究所(AIS)の研究を背景に開発されたGymAwareです。LPT(リニアポジショントランスジューサー)という仕組みで、ケーブルの先端を器具や身体に装着。スプール(巻き取り装置)の回転速度から、ケーブルの引き出される直線速度を検出します。

他には加速度計とジャイロスコープを内蔵したIMU(慣性計測装置)を用いたドイツのEnode(エノード)、スペインのVITRUVE(ヴィートゥルーヴ)などもあります。EnodeとVITRUVEは8万円台で導入でき、比較的安価です。GymAwareは35万円から40万円と高価ですが、その分、より多くのデータを取得できます」

また光学センサーを用いたFLEXのほか、スペイン、フィンランド、ノルウェー、アイルランドなどヨーロッパを中心にさまざまなものが出てきているようだ。

そして現在、VBTは野球、ラグビー、アメリカンフットボールのほか、スケートや陸上競技、バレーボールなどでも導入が進んでいる。

長谷川「最近ではサッカーでも導入が進んでおり、J1のあるチームでも導入したと聞いています。VBTはほぼすべての競技で効果を発揮しています。それは学生スポーツや育成年代のチームでも同様です。

中学校での実績はまだ耳にしていませんが、高校や大学でも導入が進んでいます。一般的にいわゆるウエイトトレーニングは高校入学後など、第二次性徴を経て骨の成長が終わったタイミングから始めるのが適切といわれますが、それはVBTでも変わりません。むしろ身体により適切な負荷をかけられるという意味では、若年層の怪我を防ぐためにもVBTの方が問題が少ないと思います。

VBTトレーニング風景
VITRUVEを使いVBTを行う高校生野球選手(写真提供:G5SPORTS)

学生スポーツで最も導入が進んでいる競技は野球ですね。大学野球が一番多いですが高校野球でも進んでいます。甲子園に出場したチームもいくつもありますよ」

主流になりつつあるVBT。取り入れる際にはこんな注意点を理解しておこう

特に学生スポーツにおいて、VBTの導入は大きなメリットがあるだろう。換算表を見れば負荷設定ができ、指導者にとっても難しいルールは必要ない。学生アスリートが少ない時間を効率よくトレーニングに活用するには、VBTは有効だろう。

そんなVBTについての注意点を、長谷川教授はこう語る。

長谷川裕教授

長谷川「大事なのは、何のために挙上速度を測り、それによってどのような能力の向上を目指すのか、という明確な見通しを持つこと。測った速度をどう生かすのか、という視点が欠かせません。

その上で、できるだけ高速で爆発的に行うこと。大前提はすべてのレップを最大速度で挙げること。ゆっくり挙げることに意味はありません。確かに高重量を挙げる時は速度も落ちてきますが、それは結果的に遅くなっているということ。常に最大の速度で挙げることを意識してほしいです。

VBTのデメリットは基本的にありませんが、強いて言えば、わざと速度を落として疲労しているふりができてしまうこと。これでは効果はありません。まあ、日本の学生でそんなことをする選手はほぼいないと思いますけどね(笑)」

そして、ウエイトトレーニングの正しい動作姿勢をしっかりと習得してから行うこと。動作をコントロールできずに速度だけを追求すると、負傷する可能性がある。

長谷川「最初から高重量にチャレンジせず、例えばスクワットやベンチプレスならシャフトだけで始めてフォームを固め、徐々に負荷を増していくことをお勧めします。

一つ心配しているのが、指導いかんによってオーバートレーニングを引き起こすことです。もしかすると、ヴェロシティーロス・カットオフに抵抗を感じる指導者がいるかもしれません。スポーツ界には根性主義がいまだに残っています。日本人は真面目ですから、つぶれるまでやらないとダメというメンタリティが、場合によっては普及の妨げになる可能性はあります。指導者には、柔軟に知識を取り入れる頭の柔らかさが必要かもしれません」

最後にVBTの今後について、長谷川教授はこのように語ってくれた。

長谷川「VBTは人工知能との親和性が非常に高いと思います。デバイスメーカーのクラウドにはものすごい量のビッグデータが蓄積されているわけです。それをAIが解析していくことにより、一人ひとりの選手に合ったレップ数とセット数を判断して、メニューを提示してくれるようになる。トレーニングルームに行けば今日のメニューが自動的に作られていて、あとは微調整だけ。そんな時代が間違いなく来ると思います」

選手はトレーニングルームに入ったら、タブレットに記された自分の名前をタップ。AIが組んだパフォーマンスアップに最適なトレーニングメニューを遂行するだけ。トレーニング時間は大幅に短縮され、浮いた時間をそれ以外のスキル習得やミーティング、勉学などに振り当てることができる。そんな時代は、すぐそこまで来ている。今や当たり前のメソッドになりつつあるVBTの今後に、大いに期待したい。

 

取材・文/前田成彦