プロでは初、全クラブが参加した外傷/障害調査をまとめ、公表したBリーグ。継続的にデータ収集する仕組みを構築
この外傷/障害調査の監修を行ったのは「B.LEAGUE SCS推進チーム」。Bクラブのメディカルスタッフ、そして整形外科や脳神経外科などの外部専門家を加えて編成された組織だ。最新の2023-24シーズンのレポートでは外国籍選手の負傷発生度合いと出場時間の関係、シーズン序盤の負傷頻度の多さなど、興味深いデータが多数開示されている。
B1、 B2の全クラブが参加する形で調査・発行された本レポートは、クラブ横断でトレーナーやコーチが協働して外傷・障害情報を集めた、という意味で、日本国内のプロスポーツリーグにおいて前例のないものだ。Bリーグは今後このデータを各分野の専門家と共に分析。予防に向けた対策を立て、知見を各クラブにフィードバックしていく。
では育成年代の指導者たちはこのレポートをどう読み解き、日常の指導へといかに反映させることができるだろうか。
目的は、クラブの垣根を越えて選手の安全を守り、稼働の最大化とパフォーマンス向上を目指すこと
「B.LEAGUE 2022-23SEASON Injury Report」は、2022-23シーズン中にB1、B2全38クラブで発生した外傷・障害についての調査結果をレポート化したもの。各クラブの担当者がアスリートのコンディションデータプラットフォーム「ONE TAP SPORTS」を通じて報告した外傷・障害データを収集・集計して作成されている。
今回のレポート内では
・2022-23シーズンにおけるB1、B2合計の外傷・障害件数は513件で過去最多。
・部位別では足関節の外傷・障害が最も多く、中でも足関節捻挫が最も多い。
・外国籍(アジア特別枠選手を除く)の登録選手における外傷・障害発生割合は71.4%。日本人選手は54.4%であり、発生割合は外国籍選手の方が高い
といったデータが明らかになった。
レポートを監修したのは「B.LEAGUE SCS推進チーム」。まずはこのチームの成り立ちから説明したい。
名称の「SCS」とは「Safety=命を守る」「Condition=選手稼働の最大化」「Strength=パフォーマンスの向上」という3つの理念の頭文字から取ったもの。Bリーグでは2020-21シーズンからのコロナ禍において、その対策チームを設置し、専門家を交え医学的な知見を基に事業継続のための各種意思決定を行ってきた経緯がある。SCS推進チームはその領域を感染症以外にも広げ、前述の3つの理念のために整形外科や脳神経外科などの外部の専門家を加えて編成されたチームだ。
SCS推進チームの取り組みを進めることで、Bリーグはクラブの垣根を越えて選手の安全を守り、選手稼働の最大化とパフォーマンス向上を目指す。目的は、蓄積したデータを分析し、対策を取ることで未然に防げる怪我を明らかにし、選手の安全を守ることでパフォーマンスを最大化し、クラブやリーグの価値を高めることである。
立ち上げをリードした、Bリーグバスケットボールオペレーショングループ・数野真吾氏はこう語る。
数野 氏(以下 敬称略)「以前から、リーグ全体のフィジカルパフォーマンスのレベルを底上げしたいという発想がありました。ただしパフォーマンス強度が上がるにつれて、どうしても欠場選手は増えていく。Bリーグのトップリーグとしての価値を最大化させるには、そこに何らかの手を打つ必要がある。つまり、負傷を減らす取り組みは必須と言えます。
以前から各クラブのメディカルスタッフが集まるトレーナー部会は定期的に開催していましたが、取り組みをさらに前に進めるにはドクターなど専門家の知識が欠かせません。そこで、それぞれの知見を持った多くの方々の協力のもと、体制化に至りました」
今回のレポートについて、SCS推進チームの中心人物の一人で、当時川崎ブレイブサンダースのフィジカルパフォーマンスマネージャーを務めた吉岡淳平氏はこのように語る。
吉岡 氏(以下 敬称略)「最も多い外傷・障害の部位がまず足首で、次に膝、種類別では大腿部の肉離れ、といったデータはデータ収集前から予想していた通りでした。ただしそれらの発生時期や、日本人・外国籍・帰化選手という属性ごとのデータはこれまでになく、非常に興味深いものでした。特に気になったのは外国籍選手(※アジア特別枠選手を除く)の負傷の多さと受傷タイミング、重症度でした」
2023年12月に発表された2023-24シーズンの「開幕前および10月分外傷・障害発生状況」のレポートと、2024年3月に発表された「2024年1月末分外傷・障害発生状況」のレポートで明らかになったことのひとつが、シーズン序盤での外国籍選手の負傷頻度。特にレギュラーシーズン開幕直後の10月、外国籍選手の発生割合は日本人選手の2倍。外国籍選手の負傷が、開幕直後の10月に集中して起こっていることが分かった。
数野「外国籍選手のシーズン序盤の負傷をどう減らすか。軸となる外国籍選手が一人、二人いないだけでも、チームのパフォーマンスは大きく下がります。それは勝敗に直接的に関わるのみならず、興行面でも非常に大きな影響となります。外国籍選手が健康に稼働してくれているかどうかは、リーグにとっても非常に重要なこと。彼らの新チームへの合流時期やトレーニング強度の設定について、リーグも決して無関心ではいられません」
Bリーグはすでに各クラブのGM(ゼネラルマネージャー)と、外国籍選手の新チームへの早期合流と適切なトレーニング負荷の設定についてのコミュニケーションを取り始めている。早ければ2024-25シーズンから、何らかの効果の表れを期待できるだろう。
もちろんレポートの内容はそれにとどまらない。例えば2022-23シーズンの脳振盪の発生件数は31件で、2021-22シーズンの約2.2倍。2022-23シーズンの試合数は2021-22シーズンの1.18倍であり、2021-22シーズンのコロナ禍の影響による試合数減の影響を考慮しても、明らかに増加している。そして試合時の受傷割合は特に4Qの比率が高い。試合終盤での競技強度の高まりや疲労による姿勢制御能力、予測的姿勢制御能力の低下が影響している可能性もある。
また外傷・障害の発生割合を年齢カテゴリーごとに集計すると、22歳以下が62.9%と最も高いことも明らかになっている。数野氏はその点を問題視し「最も大事なのは、この取り組みにおいて得られたデータを、ユースそして若年層への指導に生かしていくこと」と断言する。
ではこれらを踏まえ、育成年代の指導者は今回のレポートをどのように読み解き、そこから得た知見をどのようにチーム作りに還元していくべきなのか。
大事なのは「26歳頃までに何ができるか」
まず両氏が提言するのは、育成環境の充実だ。吉岡氏は「ユース年代に負った故障を抱えたままトップチームに入ってくる選手が多い」ことに対し問題提起する。
吉岡「トップチームの選手の多くが、何らかの負傷を抱えた状態で加入してきます。たとえ負傷歴があってもそれを持ち越さず、しっかりした治療とリハビリを経た状態で入って来てほしい。そのために、育成年代でできることはたくさんある。ユース世代での負傷がその後のキャリアにいかに悪影響を及ぼすか。それを現場の指導者が感じ取れるレポートであってほしい。
第一歩は、選手個人が早い段階からコンディショニングの意識を高めることだと思います。例えば高校・大学のうちから食事・睡眠・フィジカルトレーニングの重要性を理解してしっかりと実践できていれば、その後のプロキャリアはまったく違うものになるはずです」
多くのバスケットボール選手のピークは26~28歳。選手として完成しつつあるこの時期にコンディショニングの重要性を痛感したとしても、急に意識や毎日の習慣を大きく変えることは難しい。大事なのは、ピーク手前の26歳までに何ができるかだと語る。
吉岡「ユース年代から20代前半のうちに、どれだけ自己犠牲を払って自分の心と身体と向き合えるか。食事・睡眠・フィジカルトレーニング。アスリートにとって当たり前のことを、いかに高い精度で長年継続できるかがカギ。そのための啓蒙を、なるべく早いうちからやっていけたらと思います。
実際、川崎にはお手本となるような素晴らしい選手がいました。例えば長谷川技、篠山竜青、そして現在は群馬クレインサンダーズに所属する辻直人。彼らは食事、睡眠について自ら勉強して意識を高め、家庭を含めてアスリートとしてトップレベルで長くプレーできる環境を自分で作っていました」
そしてニック・ファジーカス。2012年に来日し、12シーズンにわたり日本でプレーし続け、惜しまれながら引退した。最後のシーズンは怪我の影響もあり12試合欠場となったが、前シーズンの2022-23シーズンまでの11年のレギュラーシーズンで、欠場はわずか12試合のみ。ファジーカスがここまで長期間にわたって活躍できたのは、コンディションへの高い意識があったからだという。
吉岡「彼は選手として成功した今も、毎日必ず20時半から21時には寝ているそうです。生活パターンを変えず、お酒を飲んだりもしない。アスリートとして見習うべき点が非常に多い選手です。彼らのような選手に子どもたちが憧れる。そんな環境になってほしい。
また、そういった意識の高い選手が増えていけば、アスレティックトレーナーの仕事の内容も大きく変わっていくでしょう。現状、アスレティックトレーナーは選手の要求に応えるポジションになっていると思います。でも、本来それではダメ。アスレティックトレーナーの本来の役割は選手の負傷のケアにとどまらず、パフォーマンス向上に寄与すること。その意味で選手に必要とされる存在にならなくてはいけない。それがアスレティックトレーナーの仕事の幅を広げますし、チーム内そして社会全体での立場も、より重要なものになっていくはずです」
受け取る側のリテラシーがどうであろうと伝わる、説得力あるデータを出していく
ただし現状のBクラブにおいて、ユース、アカデミーの組織整備はまだ完成途上にある。
数野「各クラブの今後、そして日本バスケの未来を考えた上で、もっとユースに投資してもらいたい。残念ながら、今はまだユース専属のアスレティックトレーナーをフルタイムで雇用し、十分なペイができる環境は多くはありません。知識と経験のあるアスレティックトレーナーにユースを見てほしいと思いますし、そこはクラブの先行投資となります。
先ほど申し上げた外国籍選手のこともそうですが、ユースの負傷軽減やひいてはトップチームのフィジカルパフォーマンスの向上について最も大切な存在は、GMだと思います。ただし今の各クラブのGMの中に、ユース年代のフィジカルトレーニングや食事管理などに着手している人はまだまだ少ない。ある程度時間がかかるのは仕方ないと思いますし、今の我々の取り組みがいかに重要なものであるかを伝え続けていくしかありません。
少なくとも言えるのは、リーグが『この取り組みをやってください』と強制するような一方通行のやり方では、ユース向けの取り組みは絶対にうまくいかない。リーグとクラブと各チームの三位一体が欠かせません」
一方、日本のバスケットボールの発展を考える上で欠かせない存在が高校の部活動。トップリーグのデータを、最前線のトレーナーと医療専門家がタッグを組んで解析して得た知見からは、高体連のチームも大きな学びを得られることは間違いない。
吉岡「多くの高校のチームは大会などのスポット契約のトレーナーこそいても、1年を通じてチームに帯同して選手のコンディションを把握できているアスレティックトレーナーはほとんどいない。アスレティックトレーナーを年間契約で雇用できる環境づくりの難しさに気付いていても、それを解決する動きにはなっていないんです。今回のレポートはその気付きへの一助となると思います」
数野「バスケットボールのトップリーグが最高レベルの専門家と組んで導き出したデータの説得力の高さには自信を持っています。高体連のチームに関して、私たちが何かを提案する立場ではありませんが、今後、食事や栄養、フィジカルトレーニングの重要性がますます高まっていくことは、高体連の各チームも十分理解されているはず。ぜひ私たちのデータをうまく活用してほしいと思います」
ただし今のレポートの内容、そしてSCS推進チームの体制はまだまだ完璧なものではない。それは両氏とも十分理解している。
吉岡「正直に言って、どのような取り組みをした結果、負傷者が増えているのか、現在の負傷と既往歴はどのように関係しているのか、といったことの詳細までは把握できていません。現状ではまだまだ読み解けない事象もたくさんあります。でも今のデータを見て、多少なりともできることはある」
数野「実際、プレー時間が長くなれば、それだけ負傷のリスクは上がる。例えば小規模なチームで、主力選手が5人程度しかおらずその選手が毎試合30分以上出場しているような状況では、それだけ負傷のリスクは高い。フロアに立てる人数を増やし、全体のレベルを底上げすることがリスク分散になる。明確なデータを提示した上でそのことだけでも理解してもらえたら、選手の出場時間をコントロールすることが必須であることを分かってもらえるはず。
こちらとしては、難解なデータを示すだけでやった気になるようなことはありません。受け取る側のリテラシーがどうであろうと伝えなければならないことは伝わる、そんな説得力のあるデータを出していきますし、今後も日本のバスケットボール全体が発展していくために力を尽くしていくことは変わりません」
Bリーグがきっかけとなり、一人でも多くの人が健康的な生活を送れるように
SCS推進チームは今後、データ取得領域の拡張を行っていく予定だ。例えば現在、吉岡氏が興味を持っているのが、各チームの移動距離とコンディショニングの関係性だ。
吉岡「2023-24シーズンに初優勝した広島ドラゴンフライズは地方のクラブですが、どのようなアプローチで選手のコンディションを整え、リーグを制したのか。また広島と優勝を争った琉球ゴールデンキングスは、日本一移動距離が長いチーム。日本で一番家に帰れないチームがとてもヘルシーにプレーできていた理由は何か。今後さまざまなデータを積み重ね、そういったことを解明できたらと思います」
一方で数野氏は、データの一般層向けウェルネス領域への活用可能性を示唆する。
数野「もちろんBリーグをどう良くしていくか、というのが私たちの目標ではありますが、今のデータは今後、一般層のウェルネスに向けて活用できるものがたくさんある。例えば今後取り組んでいくメンタル領域は、その最たるもの。ビジネスマンが仕事のパフォーマンスをいかに上げていくか、といったことにも通じる知見が必ず得られると思います。
そして今後、我々のデータを活用して各クラブが活動の幅を広げ、地域社会のウェルビーイングに貢献していく可能性も生まれる。『社会貢献』はBリーグのミッションのひとつです。一人でも多くの人が健康的な生活を送る。Bリーグがそのきっかけになれたら、これほどうれしいことはありません」
今回のレポートで示されたデータは、バスケットボールという競技のトップリーグが最高レベルの専門家とチームを組んで導き出したもの。今後もSCS推進チームが主体となってデータを蓄積し続け、そこから得られた知見をレポートとして発信していく。それにより今後、さらに多様な発見が生まれていくだろう。BリーグそしてSCS推進チームの今後の活動に、大いに期待したい。
取材・文/前田成彦 撮影/小野瀬健二