労作性熱中症のリスクは、「環境」が体温の調整可能範囲を超えた場合、「運動量」がキャパシティを超えた場合に上昇
労作性熱中症には、どのような症状が見られますか?
細川さん:症状の軽度なものから次の4段階に分けられます。
(1)熱失神 → 急に血圧が下がってふらつく(運動を止めた直後、長時間起立など
(2)運動誘発性筋けいれん → 足がつってしまうような状態
(3)熱疲労 → 運動が継続できない状態(倦怠感、口の渇き、めまい、頭痛、苛立ち)
(4)労作性熱射病 → 40℃を超える高体温、意識障害が起こることも
中高生の部活動で起こりやすいのは(1)〜(3)。症状の改善がみられない場合、(3)は、医療機関への受診が推奨され、(4)になると積極的な全身冷却と救急搬送が必要なレベルになります。最悪の場合、死に至ることも。実は、スポーツ活動中の死因は、1位が心停止、2位が頭頸部外傷、3位が労作性熱射病なんです。
労作性熱中症になりやすい状況とは?
細川さん:労作性熱中症を引き起こす状況は大まかに分けて2つあります。「環境」が体温の調整可能な範囲を超える場合と、「運動量」が選手のキャパシティを超える場合です。
「環境」の場合は、暑さ指数(WBGT)を計測することで、今、安全に実施できる活動量の判断をすることができます。最近ではどの学校にも暑さ指数計が置かれていると思いますが、できれば部活単位で活動場所ごとに計測するのが理想です。これは屋内競技においても重要です。屋内だからといって空調がなかったり、空気の流れが悪いと侮れません。
「運動量」が選手のキャパシティを超えたために体力や体温調節機能が追いつかない状態の労作性熱中症は、活動内容に問題がある場合と(外的要因)、本人の体調がすぐれなかった場合(内的要因)があります。後者の場合は、本人が体調不良を言い出せず、第三者からは気づきにくいということもありますね。
それらの予兆を見つけるポイントはありますか?
細川さん:目で見てわかる、労作性熱中症に特化した兆候はあまりなく、ただ疲れているようにしか見えないことも多いです。判断できる目安としては「過度の疲労により与えたタスクができていない」「たくさん汗をかいている」などでしょうか。普段からコミュニケーションをしっかり取ることで、いつもの状態からの異変に気付きやすくなると思います。
また、高校生でいうと、1年生は身体が未発達であり上級生より体力的に劣る(キャパシティが小さい)傾向。また、キャプテンや部長など、責任を負う役割の人やモチベーションが高すぎる人は自分にプレッシャーをかけて休もうとしない(キャパシティを見誤る)ことがあるので、特に注意して見てあげてもいいかもしれませんね。
起こりやすい状況として、チームスポーツなど、規律のある中で運動している場合。規律を乱すことを避け、個人が自由に休憩や水分補給できないことがあるのではないでしょうか。また、日本の学校の学期制度と季節の関係性上、ちょうど1学期のテスト期間が、暑くなる時期と重なることが多いのですが、その影響で、選手たちはしばらく運動をしていない状況から、いきなり強度の高いトレーニングを暑い環境で行います。このような暑熱馴化ができていない時や、睡眠不足の時も要注意です。
《「労作性熱中症の主なリスク要因」の一例》
- 不十分な暑熱馴化
- 睡眠不足
- 脱水
- 高強度運動
- 長時間(>1時間)の激しい運動
- 二部練習、過密日程
- 不十分な休息時間
- 罰走、罰トレーニング
- 通気性の悪い防具の着用
(細川由梨氏「熱中症の病態に基づく評価と対応」より一部抜粋、『臨床スポーツ医学』2020年6月号)
労作性熱中症を防ぐため、指導者や選手がそれぞれ準備すべきことは?
細川さん:指導者ができることは、まず外的要因のリスクを取り除くこと。選手のキャパシティを把握し、見合った強度の練習メニューにすることです。それから、選手が不調を感じたときすぐに休めるような環境を整えておくことも重要。労作性熱中症は試合中ではなく、練習中に起こることがほとんどなので、自由に休める環境を作っていれば回避できます。罰走のような、選手を追い込むような指導は避けるべきです。
個々の選手に内在する内的要因に関しては、自身の体調管理を習慣づけることでしょうか。運動前後の体重の変動(※1)、睡眠、食事などで自己管理し、不調があれば申告する。コロナ禍で、指導者も選手も自己管理の意識が高まったのは良いことなので、ぜひ熱中症対策としても続けてほしいですね。熱中症の対策は、「休憩」「水分補給」といった一般的に知られている当たり前のことが基本。誰もがわかっているが、それゆえ軽視してしまうこともあります。地味だけれど大切な対策ですので、指導者がしっかり選手に伝えることを意識してください。
※1 体重の2%を超える脱水は熱中症のリスクを高めるとされている。
初夏の部活動で取り入れるべき熱中症対策のポイントは「暑熱馴化」
年々暑さが過酷になる中、練習メニューは適切かどうか、見直すポイントは?
細川さん:参考にアメリカの高校部活の事例を紹介しましょう。アメリカンフットボール部は労作性熱中症のリスクが最も高い8月1週目からチーム活動を開始するため、一部の州では、初めの2週間を暑熱馴化期間と定めて高強度運動を制限しています。二部練習の禁止や、練習時間の制限、ヘルメットやパッドをつけないなどが定められています。このガイドラインが義務化されている州では、そうでない州に比べ熱中症の罹患率が0.45倍になったという報告があります。
このような暑熱馴化期間を日本の部活動に設けるのも良いと思います。梅雨明けの気温上昇時期や、テスト期間明けに部活動を再開する時は、トレーニング強度は上げず、段階的に運動や暑さストレスに晒すことですことで徐々に体力をつけ、暑熱耐性をつけるなど。
夏の大会に向けて、「この時期はむしろ練習を強化しなければならない」という部活動もあると思いますが、長時間練習や二部練習は疲労の蓄積を招き、一時的に選手のキャパシティの減少につながるので、競技特性や練習環境も踏まえて練習メニューやスケジューリング、備品などの環境整備を工夫してみてほしいです。
《熱中症対策のチェック項目例》
- 活動時間:冷所での十分な休憩時間(目安:3時間以上)が設けられていない二部練習の禁止
- 暑さ指数:暑さ指数計を活動場所に設置し練習内容を調整。暑さ指数(WBGT)28℃以上は厳重警戒、31℃を超えると運動は原則禁止
※参考:暑さ指数「運動に関する指針」(環境省「熱中症予防情報サイト」より) - 水分補給:水分状態を自覚できるように練習前後に体重を量る。補水量が把握しやすいマイボトル化(ドリンクボトルを共有しない)を推奨
- 備品の整備:全身の体温を下げられるもの。ビニールプールのようなものが用意できればよいが、無理な場合でも大きめのタライやバケツなどの容器に、肘から下、膝から下を浸けて冷やせるよう氷水を入れて準備するなど
- 教育:選手への周知(適宜補水、体調不良報告などの習慣化)
「休憩」「水分補給」に加え、応急対応には「身体冷却」が重要
もし労作性熱中症になったら……知っておくべき応急対応方法を教えてください。
細川さん:症状に合わせた応急対応がありますが、基本的には休ませて水分補給させることです。加えて、重度の熱中症である労作性熱射病や熱疲労では、救急車の要請とともに、迅速に身体を広範囲に冷却することが必要ですが、大量の水や氷が用意できないなど設備の都合もあり、対応がされなかったり、遅れがちです。大きなスポーツ大会などではアイスバス(氷風呂)が用意されていますが、それがかなわない学校の部活動では、「水道水を流しかけ続ける」「バケツに張った氷水にタオルやスポンジを浸し全身を冷やす」などが活用できます。
《労作性熱中症 重症度別 対応例》
- 熱失神:水分補給、仰臥位(仰向け)で安静にする
- 運動誘発性筋けいれん:ストレッチ、アイシング、水分補給、補食
- 熱疲労:運動を中断し、身体冷却と水分補給を行う
- 労作性熱射病:救急搬送される前に冷却処置(5〜15℃のアイスバスに全身を浸す)
※熱中症の重症度を素人が見分けるのは困難なため、このようなチェック項目を参考に:熱中症の対処方法(応急処置)(環境省「熱中症予防情報サイト」より)
労作性熱中症を予防し、より良い部活動にするためのアドバイスをお願いします。
細川さん:身体冷却は、予防として普段の練習中にも取り入れるといいと思います。休憩時や運動後のクールダウンとして活用することで体力の回復、練習のパフォーマンス向上に役立ちます。労作性熱中症を100%防ぐことは難しいのですが、入院や死に至るような重症化は防ぐことができます。リスクを自覚した上で、きちんと根拠に基づいたトレーニングを行うことが大切だと感じます。
私自身スポーツを愛好する一人として、またアスレティックトレーナーの立場から、労作性熱中症リスクを考慮しつつ活動を行うにはどのような工夫ができるかを研究しています。これまで集めてきたデータを集約すると、暑さ指数(WBGT)28℃以上(厳重警戒)で熱中症リスクが約4倍と予測されています(※未発表データ)。
現在のガイドラインでは31℃以上は原則運動禁止とされていますが、実際にこのような数値は夏の日中において珍しくないため、そのような指数でも安全に活動できる環境づくりはないだろうか?という調査(※2)を行っているところです。リスクを恐れるあまり何でも禁止にするのではなく、安全に配慮し効率良く活動できる環境を作っていく助けになればと考えています。
※2 「湿球黒球温度に基づいた熱中症予防対策の有効性の検証」(調査期間2022年6月1日〜9月30日)をユーフォリア社と早稲田大学スポーツ科学学術院 細川由梨研究室が協働で実施。
取材・文/河津万有美 タイトル画像/PIXTA