高校野球選手1030人調査から見えた「体組成データ」と「パフォーマンス」の関係性

高校時代、野球の強豪校で主将として活躍した経験を持ち、現在、野球に関する研究と選手へのコンディショニングやトレーニングのサポートを行う、国際武道大学教授の笠原政志氏に「体組成データとパフォーマンスの関係性」について話を聞いた。2020年10月〜2021年1月、笠原氏が高校1、2年生の野球選手1030人を対象に実施した調査プロジェクトから分析結果の一部を紹介する。

インタビュイー

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笠原 政志
博士(体育学)、国際武道大学 体育学科 教授、国際武道大学大学院武道・スポーツ研究科 教授、国際武道大学コンディショニング室 室長

1979年生まれ、千葉県出身。強豪校である習志野市立習志野高校野球部で主将を務めた後、国際武道大学および大学院にてコンディショニング科学について学ぶ。その後、鹿屋体育大学大学院博士後期課程体育学研究科を修了し、体育学の博士号を取得。オーストラリア国立スポーツ科学研究所の客員研究員を経て、国際武道大学体育学科、大学院武道・スポーツ研究科の教授に。小学生からトップアスリートまで、幅広い世代に向けたコンディショニングに関する研究と支援(サポート)を行っており、国際武道大学ではコンディショニング室の室長も務めている。JSC(日本スポーツ振興センター)ハイパフォーマンススポーツセンター外部アドバイザー、日本アスレティックトレーニング学会理事、千葉県アスレティックトレーナー協議会代表理事など複数の職で活躍。

笠原氏の調査プロジェクトは動画でもご覧いただけます>>

 

1030人調査から見えた、高いパフォーマンスを出す高校野球選手の身体的特徴とは

パフォーマンス向上の大前提には、「コンディショニング」が不可欠

笠原政志氏  博士(体育学)、国際武道大学 体育学科 教授、国際武道大学大学院武道・スポーツ研究科 教授、国際武道大学コンディショニング室 室長

中国の兵法書『孫子』に、「戦術なき戦略は、勝利に至る最も遠い道のりであり、戦略なき戦術は敗北の前の戯言である」という一節がある。これがコンディショニングにも当てはまると、笠原氏は話し始めた。コンディショニングの手法は幅広く、トレーニングだけでなくリカバリーのためのストレッチやマッサージ、食事や睡眠を意味することもある。場面に応じてプラスに作用することもあれば、マイナスに作用することもある。つまり事前に計画(戦略)があって、その中でどの方法(戦術)を取り入れていくのかが重要で、ただ闇雲にコンディショニングすればいいというわけではない。

「料理に例えるなら、素材に対して、スポーツ医科学の情報を調味料として用い、素材の良さを最大限まで引き出すことができる。そのためにはまず選手の状態を測定し、評価することが大切です」

TORCH|コンディショニングとは料理に例えると調味料

医学の世界では患者を治療するために触診やレントゲン、問診などを行ったうえで治療方法を考え、薬などを処方するが、スポーツでも、コーチやトレーナーがまずは現在の状態を把握し課題に合わせて対策を検討する。強みを伸ばして、さらなるパフォーマンス向上を図り、課題(弱点)を克服できるようにして、選手をよりよい状態になるように持っていくという指導やコンディショニングが行われる。

「スポーツ医科学の情報はあふれるほどありますが、情報の使い方が分かっていれば、大きな力となります。しかしながら、それを使いこなすことができなければ、邪魔なものになってしまったり、悪影響を及ぼすこともあるのです。したがって、情報を正しく取り扱うことによって、指導者のアプローチが増え、必要な選手に届けられるようになると言えます」

やがて選手自身が課題を設定し、解決することができるようになれば、達成感が生まれ自己肯定感もさらに高まっていくと話す。

TORCH|行動変容のステップ

自ら課題を発見し、解決するためのアクションを積み重ねていける——、野球選手として成長することはもとより、好きな野球を通して自ら課題設定してその解決ができるような人材を育成していきたい。しかし課題を見つけようにも、彼らが目標にできるような明確な指標があるわけではない。そこに課題感を持った笠原氏は、その指標づくりにもなる今回の調査プロジェクトを開始した。

選手の「行動変容」を促すための、指標づくり

笠原氏が行った調査プロジェクトは、2020年10月から2021年1月までの間に、1030人の高校1、2年生の野球選手を対象に体組成とパフォーマンスの関係性を解き明かそうというもの。かねてより、強くなるための、“どか飯”だとか、“食トレ”などのキーワードを聞いたことがある人もいるかもしれないが、笠原氏はむやみに食事を増やすことや根拠のはっきりしない「野球選手の増量とパフォーマンスの偏った情報」を信奉することを危惧していた。しかしどのように身体をつくれば、どのようなパフォーマンスに結びつくのか、これまで統一した機材や測定条件により定量的に調査・研究されたケースはほとんどなく、このキーワードで指導するには説得力に欠ける。

そこで笠原氏は自身が築いてきた高校野球部の指導者およびそこに関わるメディカル・コンディショニングスタッフとのネットワークを生かして、体組成の計測とパフォーマンス測定調査の協力をあおぎ、調査を開始した。

笠原氏の高校野球選手1030人調査概要
左が調査プロジェクトの案内。体組成の計測には、計測器メーカーの協力により提供してもらった計測器を使用した

「打つ」「投げる」「走る」を体組成で解明する

笠原政志氏  博士(体育学)、国際武道大学 体育学科 教授、国際武道大学大学院武道・スポーツ研究科 教授、国際武道大学コンディショニング室 室長

 

「野球という競技では強く・遠くに『打つ』、速く・正確に『投げる』、速く『走る』。この3つの動作が大切ですが、選手によって体格に恵まれている人、そうでない人がいます。そこで筋肉ならどこの部位を鍛えれば、どのようなパフォーマンス向上に影響するのか、選手がトレーニングの目標を設定できるような指標を見つけられるようなイメージをして調査していきました」

まずは投手の調査内容・分析結果を紹介する。

調査した対象投手を球速①140km/h以上(平均143±2.0km)、②130km/h以上139km/h以下(平均134±3.0km)、③120km/h以上129km/h以下(平均125±2.9km)、④120km/h未満(平均113±5.5km)、の4群に分けて分析をした(投球フォームはオーバースロー、スリークォーターに限定)。

・上肢(投球腕・非投球腕の上腕・前腕)の周径囲
・体幹(胸囲・腹囲・臀囲(おしり))の周径囲
・下肢(軸足・ステップ足の大腿・下腿)の周径囲
・体組成(体重・体脂肪率・除脂肪量

結果、有意な差が見られたのが以下。

・胸囲と腹囲の周径囲
・大腿の周径囲
・体重・除脂肪量

反対に、有意な差が見られなかったのが、以下であった。

・上肢の周径囲
・臀囲の周径囲
・下腿の周径囲
・体脂肪率

「つまり、体重の差は除脂肪量の差であることが明らかとなりました。よって、ただ体重を増やせばよいわけではなく筋肉量を増やすことが必要であるということです。次に、部位別についてですが、球速別で上肢の太さに大きな差がないものの、胸囲や腹囲、そして大腿部において球速が速い方が明らかに太いことが分かりました。すなわち、あくまで体組成の観点からではありますが、球速を速くするひとつの要素としては、腕を太くするというより体幹部から下肢にかけての筋肉量が必要であるということです。

なお、140km /h以上のグループの胸囲平均は100cmを超えていることも分かりました。胸囲というと、大胸筋が発達していると勘違いされがちですが、実は背中側のボリュームがあるのです。つまり、背中にしっかりと筋肉がついていることが球速の速い投手に共通していることになります。

以上のように、単にご飯の量を増やすだけでなく、体脂肪や除脂肪量などの体組成をモニタリングしながら栄養指導やトレーニングを取り入れるのが重要だということです」

球速が速い投手の体組成の特徴
球速が速い投手の「体組成」の特徴
球速が速い投手の形態の特徴
球速が速い投手の「身体的」特徴

次に野手について紹介する。

計測した選手全体の上位25%以上に該当し、さらに各都道府県で強豪校に該当するレギュラーの平均値からスイングスピードが124km/h以上と124km/h未満の群に分け、身体計測値と体組成データを比較したところ、

・胸囲の周径囲の大きさ
・除脂肪体重の多さ、体幹部除脂肪体重の多さ

スイングスピードの速さには以上が最も影響を受けていたことが明らかとなった。

スイングスピードが速い野手の特徴
スイングスピードはSSK社「スピードテスター」という超音波測定器を使用。測定機器は加速度センサーなどさまざまなものがある

また、10本以上の本塁打を打った群と本塁打0本の群で同様に比較してみたところ、

・胸囲・腹囲の周径囲
・除脂肪体重・体幹除脂肪体重
・スイングスピード

本塁打を打つためには、以上の要素が深く関係していることが明らかとなった。

本塁打を多く打つ野手の特徴

 

最後に、「速く走る」ことができる身体についても分析した。

アンケートで「速い」「やや速い」と回答した選手とそれ以外の選手とを比較したところ、除脂肪量には差がないが、速い・やや速いと回答した選手の体脂肪率が明らかに低かった。つまり、筋肉量を維持し体脂肪を落とすことで速く走ることができるのではないか、ということが分かった。

笠原氏の調査プロジェクトは動画でもご覧いただけます>>

 

自ら課題を発見し、よりよい習慣を身につけられる選手を育成したい

日々のチェックや定期的な測定=自分を知る。継続は「歯磨き」と一緒

笠原政志氏  博士(体育学)、国際武道大学 体育学科 教授、国際武道大学大学院武道・スポーツ研究科 教授、国際武道大学コンディショニング室 室長

 

「春季大会で勝ち上がったチームは、夏に勝てなくなるということをよく耳にします。試合が続くことでエネルギーの消費量が増えているにもかかわらず、選手は緊張状態となり、必要な食事量を食べられなくなってしまうことが少なくありません。その結果、体重が落ちてしまい、せっかく冬季トレーニングによって獲得した身体が衰えてしまうことで夏場には春と同じようにバットを振れなくなるのです。

例えば夏場に除脂肪量が減ってしまうことに気付くことで、バットの重さをわざと軽くするというプロの選手がいます。このような気付きによって、なんらかの変化をさせることができればよいのですが、それに気付かず、いままでと変わらず練習していると、パフォーマンスが低下、さらには怪我をする要因にもなりかねません。だからこそ自分の状態を知っておくためにも、身近で手軽に計測ができる体組成のチェックはコンディション管理にとってもとてもよい方法なのです」

今回の調査プロジェクトに協力してくれた高校野球の指導者たちに分析結果をフィードバックしたところ、よい反応が得られたと言う。
「測定することに興味を持った、トレーニングの動機付けになった、などの声が聞かれました。このような取り組みは選手自身が課題を考え、解決していくための一歩になるはずです」

毎日あるいは定期的に、自分の状態を知るために測定することは手間と時間がかかる。しかし手間と時間をかけた分だけ、ちゃんと自分に返ってくると話す。

「毎日のコンディショニングの必要性を選手に話すとき、歯磨きを例に挙げます。歯磨きをしない人はいませんよね。たとえ、1日歯磨きをしなくても虫歯になる人はいません。でも累積すれば、歯のトラブルは起きます。コンディショニングも歯磨きに似ていて、毎日やるからこそ成果が出てくるものです」

まさしくクールダウンやストレッチなどのリカバリー対策、トレーニングも同様だ。一度やった・やらなかったからと言ってすぐに効果が出るわけではない。これを歯磨きの原理で考えると、毎日の習慣にして継続するからこそ、怪我予防やパフォーマンス向上につながるというのだ。

「選手が自身のコンディショニングをできるようになるためには行動変容が必要不可欠です。時には選手が行っていたこれまでの習慣をガラリと変えなければならないかもしれません。そのために必要な材料、測定や評価した情報を選手が理解しやすいように提供するのが、トレーナーやコーチなどの指導者の役割だと考えています」

選手が気付き、行動を変えようとする——「仕掛け」

「選手自身が、こちらが提供した内容について納得してもらうようにしています。というのも、これは長年教育指導をされていたある小学校の校長先生から、『子どもたちは驚き、感動、発見、納得、この4つのうちのどれか1つでも当てはまれば、無理強いしなくても自ら動く』という話を聞いたからです。私はその言葉に共感して、指導者が何かの情報を選手に伝えることで、選手の口から『やろうかな』や『やってみたい』というような主体的な言葉を自ら発するように導くことを心掛けています」

例えば今回の調査結果を基に、野球部で投手をしている選手に「140km/hを投げる投手は筋肉量(除脂肪量)が60kgくらい」と伝えることで、選手から能動的に「じゃあ、そのためにはどういうトレーニングをすればいいのでしょうか」と質問してくるような働きかけをすることもできる。

また、このプロジェクトは高いレベルの選手の情報提供をするだけではなく、幅広い選手を対象として測定した結果を開示することで、それぞれの選手の現状から手が届くような目標を設定することを可能にした。自分の身体、自分の身体のコンディショニングに選手が関心を持ち、課題を見つけ、行動変容を起こしていくことが今回の調査の本来の目的であり、こうしたコミュニケーションを生み出すための貴重な示唆が得られたと言う。

「私は長年、研究だけでなく、アスレティックトレーナーの実践者としても活動してきました。選手の行動変容を引き出す、この仕掛けこそが私のフィロソフィーになっています。大学で怪我をしてしまった選手がリハビリをするときに『ジャンプするためには、ここが足りないんじゃないの?』ときっかけを提供する。すると選手自身がそれを試してみて、もっとよくなる実感が持てたら、今度は選手から『先生、これはどうやって直せばいい?』のように質問が来ます。そうなった時は、行動変容への“仕掛け”が成功しているのではないかと考えています。

この場で恐縮ですが、正直このプロジェクトを遂行するのは、コロナ禍でもあったため非常に困難でした。しかし、このプロジェクトに賛同してくれたスポーツサイエンスラボラトリーの皆様、測定機材の貸し出しに協力してくれた株式会社タニタさん、測定に協力してくれたスタッフ、そして測定から分析まで多大な労を割いてくれた大学院生の木村くんと刀根くんの協力があってここまでの形にすることができました。今回ご紹介したのは私1人でなく、この課題に対して熱い想いを持って取り組んでくれた同志によって得られた知見です。この場を借りて感謝いたします」

さまざまな方々の協力により得られた、今回の高校野球選手の「パフォーマンスと体組成」の分析結果が、より多くの高校野球選手の明日の指導へ生かされることを願う。

 

取材・文/松葉紀子(スパイラルワークス) 撮影/小野瀬 健二 図版/笠原氏提供