7人制ラグビー男子日本代表のピーキング戦略

2021年7月12日(月)にユーフォリア社主催で行われたオンラインセミナー「TORCH Live Meeting vol.3」。「日本代表2つのチームの『ピーキング戦略』に迫る」というテーマで、7人制ラグビー男子日本代表S&Cコーチの西田拓史氏と、ブラインドサッカー男子日本代表・監督の高田敏志氏をスピーカーに迎えた。コロナ禍により五輪が延期され、活動が長期にわたる自粛となったが、その中でどのようにピーキング戦略を立てて実行してきたのか、ナショナルチームのコンディショニング現場から得られた知見を語ってもらった。前編では、7人制ラグビー男子日本代表S&Cコーチ・西田拓史氏によるセッションの様子をレポートする。

講師

講師
西田 拓史
7人制ラグビー男子日本代表 S&Cコーチ (セミナー開催時)

1991年生まれ。学生時代はサッカーをプレー。英・バース大学、カーディフメトロポリタン大学でスポーツ科学を学ぶ。これまでサッカー、バドミントン、パラ陸上、スケルトンなど、多様な競技のS&C(ストレングス&コンディショニング)に携わってきた。2018年4月から2021年8月まで7人制ラグビー男子日本代表S&Cコーチを務め、2021年9月より7人制ラグビー女子日本代表S&Cコーチに就任。

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オープニング

セミナーは、さまざまな競技団体の育成システムのアドバイザーとして活動するknots associates株式会社代表取締役CEO、富田欣和(よしかず)氏によるオープニングトークから始まった。

「これほど長期にわたる活動自粛期間は、今までのスポーツ界でもほぼ経験がありませんでした。不確実性が高い中でも、科学の力を活用することによって、それぞれのチームがピークを合わせてきたことについて、ぜひ聞いていただきたいと思います。

スピーカーのお二人が関わるナショナルチームは世界のトップを狙っています。トップに向かって最後の一山を越える時は、思い切った意思決定、『アート』の力が必要になります。それができるのも、これまで科学で培ってきた知見や経験があるからこそなのです。一つ一つの方法論はぜひメモして皆さんの競技活動に役立てていただきたいと思いますし、両チームの再現性の高い科学と『アート』のお話もお楽しみください」

フィジカル・メンタルともにタフさが求められる7人制ラグビー

1日に複数回の試合、15人制と同じフィールドで戦う

富田氏のトークに続いて、7人制ラグビー男子日本代表S&Cコーチ、西田拓史氏のセッションがスタート。まず今回話の中心となる、7人制ラグビーの競技特性について解説された。

7人制ラグビーとは

一般的に知られているのは15人制ラグビーだが、7人制ラグビーは15人制と同じフィールドを使い、半分以下の7人で行われる。試合のペースについては、15人制だと80分の試合が週に約1回行われるのに対し、7人制は14分(前後半7分ずつ)の試合を2日間で6試合行うのがひと大会の基本的なフォーマットである。つまり1日に3試合行うと言う。

試合と試合の間隔は、2~3時間ほど。試合終了後、リカバリーのため1時間ほど休んだ後に、次の試合の準備を始める、というのが最短での動きになるそうだ。そのため1日の中で何度もスイッチのオンオフ切り替えが必要になる。

「フィジカルの準備はもちろんですが、結果がどうであれ、次の試合はすぐに始まってしまうため、常に次のことを考えていく切り替えの早さやメンタルの強さが、非常に大事なスポーツだと思います」

コロナ禍で確認し合っていたチームの方向性と目的

2020年3月、新型コロナ感染症の拡大とともに、代表チームの活動は停止を余儀なくされたが、4月頃から徐々に自主トレーニングを再開。メンバーが一堂に会するのは難しかったため、オンラインを活用する機会が増えていったと言う。

「1週間に1回ほどのペースでリモートミーティングを行い、今まで選手が直接会うことがなかった裏方スタッフも含め、チーム全員がオンラインで集まるようにしました。最初はみんなの顔を定期的に見て健康状態の把握、近況報告などを行っていたのですが、時間が経つにつれて、みんなの目線をラグビーに戻していきました。自分たちはそもそも何を達成したかったのか、そのためにどういうラグビーをしようとしていたのかという、中心にあるべき所にポイントを絞って話し合うようになっていきました」

全員が同じスタートラインに立てないからこそ個別のプランを作成

7人制ラグビーの代表チームは、毎日集まって練習をしているわけではなく、普段はそれぞれが所属するチームで練習し、足りない分を個別のトレーニングで補っている。招集があったとき、すでに1週間働いてクタクタの選手と、十分な休息をとって万全の準備ができた選手が同じ強度のトレーニングをすると、怪我をしたり、パフォーマンスが上がらなかったりする場合がある。そのため、個人の日常の状況を知ることが重要だと西田氏は語る。

ただ、リモート環境の場合、直接選手に会うことはできない。どのようにして選手のコンディションを把握していたのか。

「ひとつは、いつも使用しているスポーツ選手のコンディション可視化ソフト『ONE TAP SPORTS』を通して健康管理をしていました。食事や睡眠の記録、体温など。

加えて、この期間は入力項目を増やし、感情の変化も見るようにしました。数字で出るものだけが全てではないのですが、何か変化があれば会話のきっかけになるので。自分一人だけが大変な環境にいるわけではないと、選手がお互いに少しでも周りと分かり合えることで、チームとして前に進めると考えていました」

制限がある活動期間が続いた中、ようやく試合に近い形式でトレーニングができるようになったのは、2020年9月初め頃からだと言う。2020年11月に2日間の日本代表候補同士による試合を行うことが決まり、チーム全体として段階的にフィジカルを整えていくことになったからだ。今までに経験したことがないような準備。先の読めない中、西田氏は状況の変化に応じて選手の様子を見ながら、それぞれに合うやり方を探っていった。

フィジカル面では2020年のデータと2018年、2019年のデータとを比較し、選手たちの変化を割り出した。

7人制ラグビーのピーキング戦略 コロナ前後のフィジカルデータ比較

「比較してみると、まずコロナ禍であっても、試合での運動量や強度にはそれほど変化がないという見方ができました。一方で、走るスピードは少し低下してしまった傾向があると分かりました」

これらは、過去のデータがあったからこそできたことだ。

「データを蓄積しないと、やはり今の景色を見るだけになってしまう。データがあることで、目の前の情報の意味が変わってきます。強化の方法や大会のスケジュールを組む上でもデータは必要になってきます」

7人制ラグビーのピーキング戦略 モニタリング項目
実際に試合をモニタリングして蓄積しているデータのうち、重視していた4つの項目

11月の日本代表候補同士による試合を経て、2020年の年末は強化期間に充てられた。この時期の課題は「チームの方向性に合わせて、個人をどう強化していくか」というものだったと言う。

西田氏は次のような考え方のプロセスを踏んでいった。

「2020年8月からの4~5カ月間をひとシーズンとして考え、2018年、2019年のシーズンと比べ、試合時間がそもそも増えているかどうかをまず確認します。そのうえで各選手のプレー時間を見て、重視している項目にどのような変化が出ているかをチェック。変化次第で、どういうトレーニングをしていくべきか考えます」

7人制ラグビーのピーキング戦略 強化計画の判断基準

「例えば、そもそも練習時間が足りていなければそこを増やす。あるいは走力も練習時間も問題ないけれど、頑丈さ(ストレングス)が足りなくてコンタクト(接触プレー)によって体力の消耗がほかの選手よりも早い場合は、ジムでのトレーニングを増やすなど、選手ごとにトレーニング内容は異なってきます」

選手によってそれぞれ能力などの状態が違うのだから、個々に合わせたプランが必要だと西田氏は指摘する。

「7人全員がF1カーのように走れる運動能力があれば理想的ですが、走るという作業に得意不得意もありますし、身体のサイズの違いもある。全員が同じラインに立ってスタートできないので、それぞれに合わせてトレーニングを考えていく必要があります」

反省点だけでなく、うまくいった点のレビューこそ今後につながる

こういったデータの活用は、ほかの競技にも応用できる。

「競技レベルによってはGPSなどの必要な機器がないこともあると思いますが、何かしらの記録を残すことはできます。試合の出場時間やトレーニングへの参加時間、もしくは主観的にはなりますが、監督の目線から見る選手のプレーの良し悪しも残せる。それがあるだけでも、練習量に応じたパフォーマンスの変化が現れているのか見ることができます」

さらに西田氏はデータのレビューの仕方にも言及する。

「良くないことが起こった時のレビューは、比較的多くの人がすると思います。しかし今後チームの武器にするために、うまくいったことに対してなぜうまくいったのかも理解しておかないと、常に探りながらの作業になっていくでしょう。そういう意味でも、理由付けができる材料があるに越したことはないと思います」

フィジカルとコンディション、二つが揃って初めてパフォーマンスを出せる

疲労の抜け方にも個人差が。コンディショニングにデータ活用

ここまでの内容はフィジカルの強化がメインだったが、ここからは、コンディショニングに関する話に移った。

提示されたのは、トレーニングに参加した選手が受けたダメージや疲労がどれぐらいの時間をかけて回復するかをまとめたグラフである。疲労度の観察は、大事な大会に向けての肝になると言う。

7人制ラグビー代表のピーキング戦略 疲労度のモニタリング
青の実線は「疲労度」のチーム平均。色が付いている点線は、試合に入る前にチーム平均よりも疲労度が高かった選手である

「疲労度が平均よりも高くなるのは、トレーニングの経験値や量・時間が少ない中、いきなり強度が上がる練習をしたことによるものがまずひとつのパターン。それは想定できる範囲なのですが、トレーニングの経験値が十分にあるにもかかわらず、高い強度の運動をやった時になかなか疲労が抜けないとか、常にチームの平均値よりも高い疲労を抱えている場合は、注意しないといけません。

特に勝ち負けがかなり重要な大会前になると、同じ練習をやってもほかの人より疲れてしまい、疲労が抜けない選手もいます。そうなると、アプローチの仕方を変えていく必要があります」

データをツールとして使い、選手たちの本音を引き出す

「7人制ラグビーの代表チームは、個人レベルでの調整が多い競技」と西田氏は語る。まず年齢の幅が非常に広く、大学生から30代後半までが招集されている。若い選手の場合、食事をしてしっかりと寝れば次の日はある程度同じトレーニングができ、それほど身体のケアをしなくても大丈夫な選手もいる。一方、練習が終わった段階で、翌日の練習に向けて細かなケアを必要とする選手もいる。西田氏は選手ごとに異なるケアができるよう気を配っていた。

「食事の内容やストレッチ、入浴など、どの方法が一番効くかは選手によって異なりますね。中には、ずっと携帯を見ていて眠れなかったり、夜更かしの癖がある人もいますので、そういった生活習慣から、次の日に疲労度が高くなってしまうこともあります。疲労度を観察していく中で、その選手の癖や行動も気にしていかないといけません。

もちろん数字も大事なのですが、会話をしていくことで数字で見えない情報が多く出てくることもあります。数字は会話を始めるためのツール。話していくうちに、こちらが気づかなかった情報が出てきたり、本当の原因が分かったりすることもあるんです」

これまでの西田氏の話から、データの使い方にはさまざまな方法がある、ということが分かる。そして話は今回のセッションの総括へ。

「チームとして活動していく上では、第一にチームの方向性を基にやるべきことを考えていかなければなりません。しかしその中で、選手一人ひとりはかなり違った色をしています。ピーキングの中でも、今回はフィジカルとコンディションに分けて話をさせてもらいましたが、二つが揃って初めて、良いパフォーマンスが出るための準備になると思います。

チームレベルであっても個人レベルであっても、その二つのバランスをうまくとって、目標に照準を合わせていくのが大事だと考えています」

「どんなラグビーを目指すのか」。目的に立ち返り、試合で表現する

最後に、このコロナ禍を経験して得たもの、次の大会に向けての西田氏の抱負を聞いた。

「生活が大きく乱れるなどのマイナス面もありましたが、コロナで活動や行動に制限がかかったことで、振り返る時間や一歩引いて物事を見る時間が増えたというのは、非常にプラスではないかと思いますね。時間があることで、普段とは違うやり方や新しいことに時間を費やすこともできるので。

もちろん『結果ありき』ですが、自分たちがどんなラグビーをしたいのかにスポットライトを当てて取り組んできました。それが、試合を通して目で見て分かる形で現れるといいなと思います」

 

※このイベントは2021年7月12日に開催されました。

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文/キャベトンコ