ONE TAP SPORTSユーザー会レポート|「目的から考える、スポーツ現場でのデータの“ミカタ”」

スポーツ選手のコンディション管理ソフト「ONE TAP SPORTS」のユーザー同士が、交流を図りデータの活用方法を共有し合う場として、コロナ禍の2020年5月1日「ONE TAP SPORTSユーザー会」がオンライン開催された。今回はJ3所属のサッカークラブチーム、鹿児島ユナイテッドFCのフィジカルコーチである加藤 裕氏を招き、チームでのデータ活用法について話していただいた。本記事では、その内容の一部をご紹介する。

講師

講師
加藤 裕
鹿児島ユナイテッドFC フィジカルコーチ

1988年生まれ、東京都出身。東京学芸大学教育学部生涯スポーツ専攻を経て、筑波大学大学院体育学専攻スポーツ医学研究室へ。卒業後、2014年から鹿児島ユナイテッドFCフィジカルコーチ、2017年からAC長野パルセイロフィジカルコーチと、プロサッカークラブでフィジカルコーチを歴任。2018年より再び鹿児島ユナイテッドFCのフィジカルコーチに就任。日本サッカー協会公認C級コーチ、日本体育協会公認アスレティックトレーナー、NSCA認定資格であるCSCS(Certified Strength and Conditioning Specialist)など多数の資格を持つ。

何のためにデータを取るのか? 「WHY」から始めよう

加藤氏は長年Jリーグのチームにてフィジカルコーチを務め、選手の傷害予防管理やトレーニング計画策定・指導などを行っている。日本サッカー界の「フィジカル」に対する考え方を根底から覆したいと、日夜試行錯誤しながら、所属するチームの鹿児島ユナイテッドFCで、ONE TAP SPORTSを活用中だ。

今回のテーマは「目的から考える、スポーツ現場でのデータの“ミカタ”」。文字通り、スポーツの現場でどうすればデータを“ミカタ”に付けて生かせるのか、データの見方についてお話しいただいた。

ユーザー会冒頭で加藤氏は、データ活用にあたってデバイスやツール導入を考える際、ついついデータを取ること自体が目的になってしまい、本来のゴールを見失いがちであると指摘した。

鹿児島ユナイテッドFC フィジカルコーチ、加藤 裕氏
鹿児島ユナイテッドFC フィジカルコーチ、加藤 裕氏

加藤氏:データ活用を考える上でまずは、何のためのデータなのかという「WHY」から始める必要があります。それがないと、データを取る目的があいまいになり、何のデータを見ればいいのか分からなくなるからです。WHYとは「選手のコンディションを良くしたい」「怪我を予防したい」「試合に勝ちたい」と、チームによって違うはずです。

加藤氏:どのようにデータを見るのかというHOW TOについてもお伝えしますが、どちらかというとWHYをどう考えているか、を吸収してもらいたいと思います。自チームに当てはまるようアレンジして活用いただければと思います

データから疲労を読み取り、怪我に備える

まず最初のテーマは、鹿児島ユナイテッドFCで今加藤氏が行うデータ活用における「WHY」について。

 

加藤氏:私がONE TAP SPORTSを活用している目的は二つで、一つは疲労の状態を確認するため。もう一つは選手の怪我予防のためです。そのために必要なデータを収集しています。集めているデータは大きく2種類で、一つは選手の主観から取る「ハムストリングの張り」「下腿の張り」などのデータ。もう一つは客観的な数字で見る「体重」「走行距離」などのデータです。

どのデータを使うかは目的に応じて決定しているとのこと。例えば、サッカー選手の怪我の4割が肉離れであり、特に大腿部や下腿部が多いことから「ハムストリングの張り」「下腿の張り」のデータを重視しているという。

加藤氏:取れるデータはたくさんあると思いますが、その中から「何のために、何を知りたいのか」を意識し、見る指標を選ぶべきだと考えています。

競技再開に向けて注意すべきは「負荷のコントロール」

新型コロナウイルス感染症の影響で活動自粛していたスポーツ選手も多いなか、これから懸念されるのは、急な運動再開によって生じる怪我である。加藤氏によれば、予防のためには、選手にかかる負荷を自主トレ期間中から管理しつつメニューを組み立てることが大事で、その際は「Acute:Chronic Workload Ratio(以下、ACWR)」が参考になるという。

加藤氏:ACWRは、特定の1週間の練習メニューにどれだけ怪我のリスクがあるのかを測る指標にしています。計測したい週の負荷の平均を過去4週の負荷の平均で割って算出します。簡単に言えば、ここ1カ月の慢性的な負荷と、現在選手にかかっている負荷との差がどれだけあるのかを見る指標です。

加藤氏:この値が1なら平均で、1より高ければ平均以上の負荷がかかっていることになります。どれぐらいの範囲なら問題ないのかについては、いろんな論文で研究されています。私はそのなかから信憑性の高い説を選び、0.8〜1.3を一つの目安としています。

続けて、ACWRの考え方について、加藤氏は説明する。

加藤氏:気をつけなければならないのは、ACWRは過去の負荷と相関性があるので、ずっと低くても1だし、逆にずっと高くても1だということです。単純にこの数字だけで、トレーニングの良し悪しを判断することはできません。重要なポイントは、今かける負荷は、未来にかけられる負荷の量も決めるということです。急な高い負荷は未来の怪我を引き起こす可能性があります。

ACWRの例

ACWRを算出するために必要になる、負荷の測定。大きく2種類の測定方法を採用しているという。

加藤氏:負荷の中には走行距離やジャンプの回数などの量的なものと、心拍数や乳酸濃度など人によって変わってくる質的なものと、大きく2種類あります。それぞれを、外的負荷、内的負荷と呼び、正確にデータを測定するためにはこの2つは分けて考える必要があります。

内的負荷の測定方法としてRPEの紹介もあった。

加藤氏:RPEとはトレーニングのきつさを0から10まで、選手それぞれが評価した数値のことです。主観的な数値なので、それをもとに負荷を正確に判断するのは難しいですが、継続的にモニタリングすることで、負荷の変動が見られます。特別なツールがなくても、選手に聞きさえすれば数値化できるので、選手の状態を把握するファーストステップとしては有効だと考えています。

加藤氏は自粛明けだからといって、必ずしも負荷の低い練習からスタートするべきではない、とも付け加えた。その根拠を2つのグラフを例に解説する。

加藤氏:次のグラフは休み明けに練習を再開し、2カ月間負荷(load)をかけた場合、ACWRがどう推移するのかを示したグラフです。青い方は最初から比較的高い負荷をかけ続けた場合の推移を示していて、赤い方は軽い負荷から始めた場合の推移を示しています。

負荷のかけ方の違いによるACWRの変化(表)

加藤氏:さらに、ACWRの変遷を折れ線グラフで表したのが次のグラフです。青い方のグラフは上で赤い方のグラフは下です。

負荷のかけ方の違いによるACWRの変化(折れ線グラフ)

加藤氏:このような図にすると下のグラフの方がACWRの変動が大きいことが分かります。休み明けの負荷を小さくし、段階的に負荷を上げた場合の方が、強い負荷がかかった際のACWRの上昇幅が大きいのです。怪我の予防にはACWRを適切な範囲に収めることと合わせて、急激な上がり下がりをさせないことも重要です。つまりこのことから、急激なACWRの変動を抑えるためには、怪我に気をつけながらも練習再開時から高めの負荷をかけることができるのです。

加藤氏:よって自粛明けは、怪我が発生しにくいストレングストレーニングなどで負荷をかけながらACWRが適切な範囲になるまで待ち、その後ハードなトレーニングを開始するのが良いでしょう。データを生かすことで、負荷を適切に上げながら怪我を予防するという、一見すると矛盾するような練習の設計を目指すことができます。

自粛期間中、「つながり」を大切にしていた

最後に、加藤氏は自粛期間中の活動についても語った。

加藤氏:今はマネジメント、フィジカルレベルの維持、精神衛生のスクリーニングという三つを目標に据えて、データを活用し選手の指導をしています。

加藤氏:一つ目のマネジメントとは、規則正しい生活をしてもらうことを指しています。そのために、メニューを完全に選手たちに任せず、トレーニングメニューを指定したり、Zoomで一緒に練習したりする機会を作っています。オンラインだと意外とグラウンドにいるときよりも細かく一人ひとりに目を配れるので良いですね。

加藤氏:普段なら、何をしているのか見て分かりますが、自粛期間中は選手がメニューをこなしているのかが分からないので、ONE TAP SPORTSを活用して管理しています。集めた情報をまとめて、選手たちにフィードバックすることでモチベーションの維持にもつながっているなと感じています。

加藤氏:二つ目のフィジカルレベルの維持とは、文字通り、肉体的なコンディションを落とさないようにすることです。開幕に向けてある程度ビルドアップした中で活動自粛に入ってしまったので、その分を落としたくないという観点から選手の状況を見るようにしています。

加藤氏:具体的には、「体重」を見ています。意外とこの期間中は、朝ゆっくり寝てしまい、1日2食になってしまうなど生活は不規則になりがちです。食事に意識を持ってもらうためにも体重は確認しています。

加藤氏:最後の精神衛生のスクリーニングのために選手同士がつながれる機会を作っています。週に一度Zoomに全員アクセスしてもらい、二つのグループに分けて一緒にトレーニングをしています。選手同士が顔を合わせる機会を作ることで、選手の精神的なダメージや、自粛期間中の生活の困難を解消していければと考えています。「楽しかった」あ、お前、髪切ってるじゃん」とかちょっとした会話を持つきっかけを作れるだけでも違いますよね。

ユーザー会の最後に、加藤氏は冒頭の話にもう一度触れ、締めくくった。

加藤氏:最初にも言いましたがどんな目的のためにデータを集め、集めた後どう加工し目的を実現するのかが一番大事です。本日説明した「なぜこのデータを使っているのか」といったロジックを参考にしていただき、それぞれのチームで活用してもらえるとうれしいです。今は難しい期間ですが、皆さんで力を合わせて乗り越えていきましょう!

 

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文/種石 光(ドットライフ)