サンフレッチェ広島アカデミー|自分に足りないものを知り、次の成長につなげる。それを選手が自ら考えるためのデータ活用

多くの名選手を輩出し、ホームグロウン選手数はJリーグクラブでは最多(2023シーズン)のサンフレッチェ広島。強さの理由のひとつに、育成環境の充実がある。クラブはいかにして選手を育成し、トップチームへと継続的に送り出し続けているのか。育成部 部長の沢田謙太郎氏、データ活用の要(かなめ)となるトップチームフィジカルコーチの磯部峰一氏の両氏に話を伺った。

インタビュイー

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沢田 謙太郎
株式会社サンフレッチェ広島 育成部 部長

1970年生まれ、神奈川県出身。中央大学を経て、1993年柏レイソル入団。日本代表に選出され通算4試合に出場。1999年サンフレッチェ広島へ移籍。2003年引退。2004年よりサンフレッチェ広島ユースのコーチに。2008年にS級ライセンスを取得し2009年よりジュニアユース監督。2015年にユース監督就任。2020年トップチームヘッドコーチ。2021年10月トップチーム監督就任。2022年より現職。

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磯部 峰一
株式会社サンフレッチェ広島 フィジカルコーチ

1984年生まれ、愛知県出身。2008年ヒューストンテキサンズ(NFL)シーズン契約アスレティックトレーナー。2009年にサンフレッチェ広島へ。2019年までサンフレッチェ広島アスレティックトレーナー。2020年アカデミーフィジカルコーチ。2021年トップチーム兼アカデミーフィジカルコーチ。2022年よりトップチームのフィジカルコーチに。

自分の状態を把握、記録することはアスリートとして当たり前。その習慣をつけるのは早いに越したことはない。

サンフレッチェ広島アカデミーに所属する選手数は?

沢田さん:選手の人数は、ユース(U-18)が36名、ジュニアユース(U-15)が51名、ジュニア(U-12)が19名、レジーナ(女子ジュニアユース)が28名、所属しています。

スタッフについては、ユースもジュニアユースも、監督、コーチ2名、GKコーチ、トレーナーという体制です。ユースは寮生活をしているので、寮長・寮母がいます。

2020年10月にONE TAP SPORTSを導入されたきっかけは何ですか。

磯部 峰一 氏 株式会社サンフレッチェ広島 フィジカルコーチ

磯部さん:取り入れたのは、実はトップチームよりアカデミーが先でした。当時、私はユースのトレーナー兼フィジカルコーチだったのですが、定期的に行うフィジカルテストのデータを、トレーナーがエクセルなどのソフトを使って自分自身のコンピュータの中に保存して管理していました。こういったデータは本来、トレーナー個人ではなくクラブとして蓄積すべきもの。それなのに、コーチ陣全員で共有できる状態になっていないことが大きな課題になっていました。そんな中でONE TAP SPORTSを知り、アカデミーにぜひ取り入れたいと考えました。

アカデミーの後にトップチームにも導入いただいたのですね。

磯部さん:もともとトップチームでは、新型コロナウイルス感染症対策としてONE TAP SPORTSから無料提供(2020年)していただいていた「感染症対策機能」のみ利用していました。その後2022年に私がトップチームのフィジカルコーチに着任したことをきっかけに、本格的に各種データをモニタリングするために取り入れることになりました。アカデミーではすでに利用していたため、フィジカルテストの数値や体重、体脂肪率、コンディションやトレーニングなどデータ分析と管理の行いやすさを実感していて、選手たちも自らの成長度を意識するようになります。このことに大きなメリットを感じていたので、トップチームへも本格導入を進めました。

現在、アカデミーでは、ONE TAP SPORTSをどのように活用していますか。

磯部さん:アカデミーのうち特に寮生活をしているユース年代が最も活用しているのがコンディション機能です。選手たちに毎朝8時までに、その日の疲労度や体温、睡眠時間、筋肉痛の有無などをスマートフォンから入力してもらいます。コーチやトレーナーがそれを毎日チェックしています。アラートが出ている選手がいれば、コーチやトレーナーが個別に確認を行います。ジュニアユースは、当日の運動負荷(RPE:主観的運動強度)のデータのみ、主観で入れてもらっています。

特によく見ているデータ、重視している項目は。

磯部さん:スタッフの役割によって重視しているデータは異なりますが、私はGPSデータでいうと、総走行距離やハイスピードランの距離などトレーニング内容に関わるところと、疲労感や睡眠の質といったコンディションとの相関などをチェックします。トレーナーはアラートが出ている選手の状態、普段と違う数値が出ている項目を確認してくれています。

磯部 峰一 氏 株式会社サンフレッチェ広島 フィジカルコーチ
トップチーム指導中の磯部氏(写真提供:サンフレッチェ広島)

サンフレッチェ広島の場合、ユース選手36名が寮で生活して同じ高校に通い、同じ食事を摂っているのですよね。でしたら、データ収集や一元管理は行いやすいでしょうか。

磯部さん:そうですね。ただ導入して今年は4年目ですが、「何のためにやるのか」という説明はしたものの、最初の2年間ぐらいは入れ忘れる選手も多かったです。主観的コンディションの入力は本人しかできないし、コンディションと向き合う機会をつくるためにも、最初はとにかく「朝起きたら8時までに必ずデータを入れること」と伝え、半ば強制的にやらせていました(笑)。最近はかなり定着してきましたね。朝に体重を量って自分の状態を確認するなど自己管理するのは、アスリートとして当たり前のこと。その習慣が、若いうちから身につけられることはとても良いことです。

沢田 謙太郎 氏 株式会社サンフレッチェ広島 育成部 部長

沢田さん:自分で自分のことを知る、客観視する、というのはとても大切なことですよね。成長はそこから生まれますから。そこを少し、大人の働きかけで持っていってあげる。そういったことが上の学年で習慣化されれば、下の学年は「やることが当たり前」で「やらないことが間違っている」と伝わるので、継続して、伝統になっていくわけです。

磯部さん:食事は寮で3食、管理栄養士のもとメニューやカロリーをしっかり計算されたものを摂っているので、ユースはONE TAP SPORTSの食事機能は使っていません。朝起きたらすぐに食事があり、昼はお弁当もある。帰ったらすぐに食事がある、という環境を整えています。

ONE TAP SPORTSを導入して、どんなメリットを感じていますか。

磯部さん:トップチームも含めた話ですが、週末の試合に向けたピーク、「1週間のヤマ」をACWRなどのデータを指標として確認しながら作れることが大きいです。1週間のサイクルを材料に分析し、月間や年間のスケジュールも調整していく。さまざまなデータを分析することで、追い込みたい時にどこまで追い込めるかが見えてきます。傷害予防の観点から、文献も参照しながら仮説を積み上げ検証を重ねて調整する、それを繰り返していきます。

沢田さん:もちろん監督の考え方もありますし、目指すサッカーのスタイルによっても変わってくるので、これが全てだとは言えません。けれど、ONE TAP SPORTSで可視化するようになって、日々の練習の負荷とコンディションの推移をビジュアルで分かりやすく見られて、さじ加減を調整できるようになったのは大きいですね。

磯部さん:選手にいいパフォーマンスを出してもらうには、トレーナー目線では怪我の予防を考え、どうしても練習量を抑えがちになる。でも選手たちのコンディションを数字でも把握した上でピークづくりを意識できていれば「攻められる」。つまり、やりすぎにならない負荷を狙いやすい。どこまで追い込むかを、精度を上げていけるようになるわけです。それもメリットです。

今までのスポーツ指導では指導者やトレーナーの経験則に基づいた主観的判断が大きなウエイトを占めていました。そこに毎日の体調とその経過のデータが加わることで、指導者の判断がより洗練されていく、ということですね。

沢田さん:そうです。僕はユースとジュニアユースを統括している立場ですが、特にメリットを感じるのは保護者と話す時です。感覚だけではなく、コンディションやフィジカルテストなど実際のデータを交えてお伝えすることで、保護者の皆さんの納得感が全然違うと感じます。お子さんたちのことをしっかり見ていますよ、と伝わりやすいですね。

トップチームとアカデミーの指導者間で連携をとることはありますか。また、どんな連携を行っていますか。

沢田さん:そこはクラブの強みのひとつだと思います。例えばGPSデータなんか分かりやすいですよね。ユースでもGPSデバイスを導入し、同様に可視化しています。ユースのうちから自分の主観的な感覚、コンディションと照らし合わせてデータを見ることで手応えを得ることができたり、調子が出ない時に「なんでかな?」と考えることにつながっています。トップチームでもGPSデバイスは導入していますから、走行距離やスプリント回数などのデータは明らかです。そういったトップチームのデータはアカデミーの指導者たちにも共有されていますから、アカデミーの選手たちにとっては身近なところに目標があるわけです。トップチームに行くためには、これぐらいはできないといけない、というイメージができますから。

沢田 謙太郎 氏 株式会社サンフレッチェ広島 育成部 部長

情報連携だけでなく、役割分担という観点でも、スタッフみんなの連携は重視しています。例えばONE TAP SPORTSのデータの取り込みなどは、トレーナーが一人で全て行うのは大変なので、コーチも手伝いながら守備範囲を広げて一緒にやってくれています。また、新しいテクノロジーや戦術、トレーニング方法については学ぶ機会を積極的に作っていて、JFAエリートプログラムの合宿にサポートコーチを派遣したり、提携しているブンデスリーガのFCケルンにスタッフや選手を派遣して指導実践を学ぶ機会もあります。ほかにも、コロナ禍では見送っていたチーム内のスタッフ研修会も復活して月に3、4回行っています。研修会ではスタッフの誰かが講師をすることもありますし、外部から呼ぶこともあります。こういうのはもっと増やしていきたいですね。

培ってきた伝統と、最新のテクノロジーや戦術。必要なのはその二つの柱。

目標のひとつに「日本一の育成・普及型クラブ」を掲げ、技術に加えてハートが強く、ハードワークできる選手の育成を古くから目指してきました。加えて学業・生活面の指導など、人間教育にも力を入れておられます。その背景について教えてください。

沢田さん:もともと、マツダSC時代から今西和男さんなど多くの方々が選手の育成に力を入れてきました。その後は小林伸二さん(ユース初代監督)、木村孝洋さん(元ユース監督。駒野友一、森﨑和幸・森﨑浩司らを育てた)、そして初代寮長の稲田稔さんらがそれを発展させ、基礎を作ってきました。歴代の指導者が続く中、さまざまな指導者を介して洗練されていきながら、サッカー選手育成、人材育成で大切なことが受け継がれていったのだと思います。(※)

選手育成について、クラブとしてどのようなビジョンを持っているのでしょう。

沢田さん:トップチームからジュニアまで一貫した行動規範があります。アカデミーとしてはこれを少し噛み砕き、時代に合わせた、選手たちに分かりやすい言葉で落とし込んでいます。クラブハウスのよく見える場所に貼り出してあり、選手たちの目に留まるようにしています。

育成において、最も重視していることは何でしょうか。

沢田さん:二つの柱があると思っています。一つは行動規範など、これまで培ってきた伝統、サンフレッチェのフィロソフィ。そしてもう一つが、ONE TAP SPORTSやGPSなどを活用したノウハウも含めた最新の技術や戦術です。どちらか一つではダメで、この両方をバランス良く持ち続けることです。そして、アカデミーにいい選手に来てもらうこと。そのために、親として子どもを安心して預けたくなるチームでないといけません。地域の指導者の方々とのつながり、選手本人と保護者との信頼関係、試合で結果を出すこと、卒業生の活躍、いろんなことの積み重ねで、「サンフレッチェなら活躍できる」「人間としてしっかりと鍛えてくれる」「ちゃんと成長できる」という安心感が生まれ、選んでもらえているのではないでしょうか。

沢田 謙太郎 氏 株式会社サンフレッチェ広島 育成部 部長
現場に赴き指導にあたる沢田氏(写真提供:サンフレッチェ広島)

2019年からホームグロウン制度(トップチームに登録する選手のうち一定数を、自クラブで育成した選手にしなければならないルール)が始まりましたが、2023シーズンの各クラブの登録人数でJリーグ最多の16名となりました。

沢田さん:大きな目標として、トップチームの登録選手の30%以上をユース出身の選手にすること、毎年1人はトップチームに昇格させることを目指しています。トップチームとユースは今、練習時間は異なりますが隣同士の場所で練習しており、トップチームのミヒャエル・スキッベ監督もユースの選手を気にかけてくれていて、トップで鍛えたいと考えた時、すぐにピックアップできる体制になっています。

実際、ユースからトップチームに昇格するのは狭き門です。選手たちには、普段からどのようなことを伝えていますか。

沢田さんと磯部さん

磯部さん:トップチーム昇格は大きな目標ですが、確かに簡単ではありません。ですから選手たちには、今何をすることがプロサッカー選手という将来につながるのかを考えてほしい。選手たちに自分の現在地を示すという意味でも、データ活用は重要です。例えばフィジカルテストの結果などのデータを積み重ねていけば「今トップチームで活躍しているあの選手はこの年齢の時、これぐらいの数字を出していた」ということを、選手に示すことができます。それにより、トップチームの選手と今の自分の距離感をリアルな形でつかめるようになります。

沢田さん:アカデミーの選手たちには、今トップチームにいる選手のことをよく話します。ただ我々は「プロサッカー選手になる=〇。なれない=×」とは思っていません。大事なのは、トップチームに昇格してプロになることを目指し、努力し続けること。そして自分に足りないものを知り、それを埋め合わせるには何をすればいいのかを考えること。それがサッカー選手として、そして社会人としての未来に必ずつながると信じています。実際、トップチームに昇格できず大学に進み、大学で活躍してプロになる選手もいます。今日もユース出身の大学4年生の選手が、トップチームの練習に参加していました。

ユースから大学に行っても、スカウトは目を離すことなく見続けているわけですね。

沢田さん:彼はトップチームに昇格できなかった悔しさを抱えながら、自分が育ったクラブで活躍したいと思ってくれている。本当にありがたいことです。

今後、どんなサッカー選手を育てていきたいと考えていますか。

沢田さん:一人でも多くの子にトップチームで活躍してほしいし、できることなら世界まで行ってほしい。今、アカデミー出身の川辺駿選手がベルギーで活躍していますが、彼のような選手がもっと出てきてほしいですね。そして世界で活躍し、またここに帰ってきてくれたらうれしいです。

沢田さんと磯部さん

※広島はもともと静岡・埼玉とともにサッカーの盛んな土地だったが、1950年代後半に指導者が不足。1965年に当時の東洋工業蹴球部(のちのマツダSC→サンフレッチェ広島FC)などの地元実業団の現役選手が市内の小中高校生を対象にサッカー教室を始め、のちに「マツダサッカースクール」として県下で拡大させるなど、もともと育成の素地があった。1984年、今西和男氏の強化担当兼監督就任に伴い、高卒選手の獲得と育成に注力。その後Jリーグに参入すると、今西氏は選手育成に長けていたオランダのフェイエノールトやアヤックス・アムステルダムに学び、現在のアカデミーの素地を築いた。

取材・文/前田成彦 撮影/ササキタケシ