怪我を防ぎながら肉体強化をモニタリング。ラグビーの知見を基に、データ活用がスタート
ヘッドコーチ就任後、どんな体制づくりを始められたのですか?

ヘッドコーチ髙橋さん:かねて構想していた、チームのコンディション管理を万全に行うための体制づくりとして、専門分野のコーチやトレーナーによるスタッフ陣に来ていただきサポート体制を整えました。新たに加わっていただいた村上貴弘さんとは流通経済大学の黒岩純教授を通じて知り合い、「アスリートセンタードコーチング」を重視されていることや、村上さんがこれまでラグビーのS&C(ストレングスアンドコンディショニング)分野で培ってこられた経験やノウハウを、ホッケー日本代表チームでも実践していただくために協力していただくことになりました。選手たちのフィットネスを、世界レベルへと引き上げたいという思いがあります。
ONE TAP SPORTS導入の背景や課題感などは?
髙橋さん:ホッケー男子日本代表チームでは、2021年東京五輪でもONE TAP SPORTSを活用していたんですが、当時は新型コロナ感染症の拡大・感染防止が急務だったので、体調管理として基礎的なデータを入力するだけの利用に止まっていました。現在は、フル機能(コンディション、フィジカル、トレーニング、トリートメント、インジュリー)を使って、CATAPULT社のGPSデバイスや、指輪型の活動量計「Oura Ring(オーラリング)」も取り入れ、選手のコンディションと運動負荷をデータ化し、コンディションをモニタリングしています。

S&Cコーチ村上さん:フィットネスを上げていくためにも、怪我は防ぎながら強化していく必要がありますから、怪我の予兆をモニタリングすることを主眼に、私がこれまでの経験で作り上げてきた「システム」を試験的に導入する形で運用をスタートしました。仮説を立てて検証し、ホッケー日本代表にベストな最適解を探していく進め方です。
まず入力を開始した項目は、体重、体脂肪、睡眠時間などの「体調」にまつわる客観データ。そして代表選手たちはそれぞれ異なる仕事や所属チームから招集されるため、生活環境や学業などによる「ストレスレベル」、そして上半身、下半身、腰といった「部位別の健康状態」などの主観データを可視化する必要がありました。

トレーナー斎藤さん:ホッケーという競技の特性上、腰にトラブルを抱える選手は多いです。そのため、腰に支障をきたすと、脚や下半身全体に影響しますので、部位別、特に腰の健康状態をモニタリングできるようにしたかったのです。
ONE TAP SPORTS をどのように活用されていますか?
髙橋さん:導入当初は選手側にも入力の面倒さやデータ化の意図についていろんな意見があったのですが、村上さんや斎藤トレーナーをはじめ、サポートスタッフ側からしっかり説明を行い、選手と重要性を共有していくことで入力を習慣化するようにしました。
村上さん:選手たちには、トレーニング終了後に主観的運動強度(RPE)を0〜10点で自己採点し、入力してもらっています。これにより、今まで感覚に頼っていた選手もデータで自身を振り返る習慣がつき、体調管理への意識向上につながってきているように思います。
運動負荷の観点では、トレーニング中や試合中のGPSの数値に注目しています。特に、5.5m/秒以上で走った距離。走り過ぎてしまうと過負荷となり怪我につながるため、モニタリングしています。試合のパフォーマンス指標としては、加速回数・減速回数をチェックし分析しています。「理想とするプレーが実行されている時の加速・減速回数はどれくらいの数値なのか?」などと、GPSデータを見ながら選手とスタッフの間にゲームを評価する共通認識が生まれ、データとパフォーマンスの相関について理解が深まってきたんじゃないかなと感じるようになりました。

キャプテン大橋さん:代表合宿中、怪我をする選手は減ってきているなと感じます。代表チームと所属チームとの両立でスケジュールが過密になる中でも、コンディションが保てるようになり、パフォーマンスも上がっていると思います。
村上さん:代表チームのトレーニング量や強度と所属チームのトレーニング量や強度に大きなギャップがあると怪我をするケースがありますが、選手たちが持ち帰って、うまく所属チームにも還元できるようになってきたのではないでしょうか。
指導者が選手を「管理」するのではなく、データを通じて選手が主体的に考え動くチームになってきた
次の段階では、データをどのように活用していくのでしょうか?
村上さん:怪我予防のために予兆をつかむという最初のステップは達成しつつありますが、モニタリングのフロー、ホッケー日本代表の「システム」はまだ完成形というわけではありません。私自身、ホッケーの競技特性についてもっと学んで、そして今入力されているデータがもっと貯まっていかないと。戦略を練ろうにも今はまだ試行錯誤の時期、まだ「我慢の時間」ですね。そして「システム」づくりに欠かせないのが、髙橋ヘッドコーチ、斎藤トレーナー、そして選手たちからのフィードバックです。皆さんと一緒に作っていくものだと思っています。
現在は、高強度のランニング、加速減速がパフォーマンスや疲労に密接に関係していることに興味があり、ここからチームの戦術にどうリンクさせていくかが私の宿題です。映像を使った分析も行っていて、GPSデータとうまくリンクさせたいとも考えているところです。
髙橋さん:まだ試行錯誤の途中、という状態でも、こうしてデバイスやデータでモニタリングを継続していることで、選手たちは自分のコンディションへの関心を高めているし、アスリートとしての成長につながる行動変容が選手に起こり、選手間でデータを基にした会話が増えてきました。まさに「データドリブン」で強化戦略、コンディショニングを行っていく、という見えない力によって、チームビルディングのような効果も表れてきているんです。
選手が主体性を持って、戦術を新しく考えていけるように運用していきたいという目標は当初からありました。実際にピッチで状況判断しなきゃいけないのは選手本人なので。この1年の選手の変化は、アスリートセンタードの理念に近づいている良い傾向です。こういう文化をチームに根付かせたいと考えています。
2023年アジア大会、2024年パリ五輪を見据えたピーキング
国際大会に向けたピーキングはどのように考えていらっしゃいますか?
斎藤さん:23年1月のW杯を目前に控え、11月からは国際試合、W杯プレイベントなどが続くので、選手のコンディショニングは非常に難しい局面に入ってきます。そのため、この期間に過密スケジュールの選手の状態をモニタリングしてPDCAを回し、コンディショニングの精度を高めていきたいです。
髙橋さん:来年(2023年)9月のアジア大会、および最終目標である2024年パリ五輪に照準を合わせる(ピーキングしていく)というのがチームの方針です。
この2年、コロナの影響でスケジュール変更が相次いで、定期的な海外遠征もできませんでした。今年のアジア大会も延期になりましたし。すると選手それぞれが自主的に行うコンディション管理がとても重要になります。こうした状況に対応するため、データを活用して選手たちは柔軟に対応していく力を身につけ始めています。その対応力がチームの強さを底上げするのではないかと私は思っています。ハードスケジュールには違いないのですが、世界のトップチームと試合する経験が貴重な今、チャレンジでありチャンスの時でもありますね。
代表チームで蓄積したデータ活用ノウハウをホッケー界全体に還元したい
今後の展望はいかがでしょうか?

髙橋さん:ホッケー界は、データ活用という点でほかの競技に遅れをとっています。その中で、日本代表チームが先陣を切ってデータ活用に取り組むことで、得られた成果を国内チームやアンダーカテゴリー(U-21、18、15)などにも還元していく、ホッケー界全体のレベルアップにつなげていきたいと考えています。
ホッケー界はどのカテゴリーもチーム同士も、比較的フレンドリー、かつオープンな気風で、情報交流もあり、選手の所属チームと代表チームも関係性が良好なため、代表チームの取り組みを広げていく素地はあります。代表での取り組みを通して選手を大切に扱っているということが、所属チームにもいいアピールになっていて、所属チームも代表に協力を惜しまないという関係ができています。こうした状況の中で、W杯や国際大会で結果を出すことが、データ活用の有効性を証明することになるので結果にもこだわりたい。そして、データ活用のメリットを競技全体に普及させていきたいと考えています。
取材/秋山健一郎 文/河津万有美 撮影/堀浩一郎