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サッカーのプロがいなかったブラインドサッカーに、サッカーの原理原則を持ち込んだ
世界のトップを目指す、強化施策3つの柱
ブラインドサッカーは、基本的なルールはサッカーと同じだが、アイマスクを装着した全盲のフィールドプレーヤー4名とゴールキーパー(晴眼者または弱視者)による計5名で行われる。ボールの中に鉄粒が入っていて、シャカシャカと音が鳴るので、その音を頼りにボールをつないでいくのが大きな特徴だ。
セッションでは、ブラインドサッカー日本代表がどのような強化施策を行ってきたのか、その内容に迫った。
高田氏が代表チームに携わった当時は、ブラインドサッカーにプロのサッカー指導者は誰もいなかったという。高田氏は、世界のトップを目指すのであればサッカーのスペシャリストを呼んでしっかりとした指導・サポート体制を作らないといけないと考え、まず体制を強化した。
2つ目に行ったのは、外部組織との連携だと言う。指導、練習場所、環境を全て自前で整えるのは難しいと考えたからだ。
「日本には日本サッカー協会をはじめ、さまざまな大学や教育機関、施設を持っている行政や民間企業があります。それらを含めて外部の組織や団体とうまく連携をしながらやっていこうと動き出しました」
3つ目は普及育成。中長期的な視野に立って、ブラインドサッカーに必要なメソッドを作成してきた。ブラインドサッカーも、サッカーと原理原則は同じ。サッカーの選手育成メソッドに基づいたメニューを作り、若い世代の選手や指導者を指導。代表チームだけでなく、クラブチームの指導者向けの講義も行ってきた。
「ようやく、若い優秀な選手が活躍できるほどに成長してきました。時間はかかっても、継続して取り組んでいく必要があります」
ブラインドサッカーならではのコミュニケーション法
ブラインドサッカーを知らない方の中には、「選手へどのように指導するの?」と疑問に思う方もいるだろう。全盲の選手には伝え方を工夫していると言う。
たとえば攻撃の戦術のトレーニングでは、スタッフが選手の背中にフォーメーションや立ち位置などを描いて伝えていく。現在は、試合中のタイムアウトの時にも、この方法で戦術を伝えているそうだ。
戦術を伝える場合にも、ピッチを9分割して、どのエリアで何を行うかを具体的に言語化し、全員に同じように伝わるように工夫している。
ゼロから組み上げた、高田ジャパンのデジタルトランスフォーメーション
目的に応じた複数のITツールを駆使。システムを構築、分析に利用
次に、本セミナーの本題の1つであるコンディショニングの話題へ。
「私自身がエンジニア出身というのもあるんですけれど、効率よく継続的に強化とコンディション管理を行い、複数のスタッフ間での共有もスムーズにするため、IT活用はチームにとって絶対に必要なものと考え、就任後は仕組みをつくるところから始めました」
必要な情報を一元管理し、必要な時に必要な人が見られること、データをサマライズしたり評価したりするためのレポーティングができることなど、ブラインドサッカーに必要なITツール選定条件は多岐にわたる。ゲーム戦術・戦略分析、コンディション、GPSなど目的に応じた複数のソフトウエア・ITツールを決定、導入し、徹底した効率化と強化を図ってきた。
たとえばコンディション管理のためのONE TAP SPORTSの場合は、選手が毎日のコンディションを入力する必要がある。全盲の選手はどのように入力しているのだろうか。
「アプリの利用にあたって最初の壁は、選手たちの入力方法でした。本来コンディショニングというのは選手自身が自分の身体に向き合って、自立して管理するものです。全盲といえど人に頼らず、音声入力の機能やアプリを利用して自分たちで入力できるようにしたかったので、カスタマイズしてもらって最初は難しさもありましたが、今ではまったく問題なく運用できています」
ある選手の1週間のコンディション情報の一覧がスライドに映し出された。
「体重や睡眠時間、睡眠の質、肉体的疲労度、精神的疲労度などは、選手が全部自分で振り返って入力します。食事のところは、写真を撮るのが難しいので、5品目食べたかどうかのフラグを立てるという形で入力してもらっています」
ゲームの戦術分析にも、ITツールを活用している。Jリーグのチームなどでも導入されているサッカー向けの管理項目をブラインドサッカー用にカスタマイズし活用していると言う。それらスタッツデータと、ゲーム映像と照らし合わせてデータを見ることで、ゲームプランの達成度の評価や課題の分析ができる。加えて、試合中にはGPSで選手の走行距離やスプリント、特に重要な心拍数をモニタリングしている。選手の身体の状況と行動をリアルタイムで把握することで、交代やタイムアウトを有効に使えるのだ。
さらに、大学の研究室と連携し、映像解析により相手チームの運動量や行動軌跡を総合的に分析できる仕組みも作った。これによって、相手の行動を予測し、戦略を立てることができると言う。
代表招集時だけでなく、日常から一連の流れでコンディションをモニタリングする
「コンディション」の定義を明確化
ピーキング戦略を立てるうえで、どのようにコンディションをモニタリングするかは重要となる。ブラインドサッカー日本代表チームでは、仕事をしながら競技生活を送っている選手も多く、練習や合宿、試合で集まる時の個々のコンディションには差が大きく、注意が必要だと言う。
「今日コンディションが良くないな、と一口に言っても人によって色々な捉え方がある。定義が明確になっていないと、お互いの認識が異なり、曖昧なまま管理をしても無駄なんです。だから我々は、見るべき数字やするべき管理を明確にしています。
ブラインドサッカーの選手たちは、Jリーグの選手のように常に練習しているわけでもないので、招集される時にどういう状態なのかが分からない。土曜日の練習に、平日仕事でくたくたに疲れた状態で来る選手がいれば、ゆっくり休息がとれて万全の状態で来る選手もいる状態。無理をして同じ強度の練習をすると必ず怪我のリスクが上がります。そのため、選手の状態を知ることから始めました。日常生活からトレーニング、合宿、大会を全てつなげて、一連のデータとして見ていくことが、コンディション管理と考えています」
コロナ禍で開催された世界大会、ワールドグランプリでシミュレーション
ピーキング戦略の実例として、2020年のデータがスライドに映される。ピークパフォーマンスと書かれた「シーズンW1」の週を本番の大会と想定し、6週間前からプランを立ててシミュレーションを実践していった。
「有酸素系の高強度のトレーニングをどのように行うか、といったことや、何がどう変わっているか評価するためのフィジカル測定も定期的に行いながら、こまかく期分けしてトレーニングを設定していきます。そして、ピークを持ってくる2週間前からはテーパリングといって、強度を上げずにトレーニングしながら疲労を少しずつ抜いていきます。落としすぎたり、落とせなかった分は、実際のゲームで調整することもあります。これを大きなサイクルとして繰り返し大事な大会に向けて準備しています」
2021年5月には、同月末に行われる「Santen IBSA ブラインドサッカーワールドグランプリ 2021 in 品川」を前に合宿を開催。1年半ぶりの公式戦だった。期分けして強度を上げながらトレーニングや紅白戦を行い、本番にピークパフォーマンスを合わせていった。結果、ランキング1位のアルゼンチンには決勝で敗れたが、ワールドグランプリ準優勝という成績を残した。「コンディション管理は本当にうまくいった。怪我人も出なかった」と高田氏は振り返る。
「どんな戦略でいくか、ゲームプランを組み立てるにも、コンディションやフィジカルの情報、我々の運動量がどれだけあるかのデータを合わせて検討する必要があります。分かりやすく言えば、この対戦相手の試合は走れば勝てるんじゃないかという分析結果が出ていても、我々に走れる力がなければその戦略は有効ではありませんから。常に相手ありきで我々が持っている情報との掛け合わせでプランを決めていきます。
試合は5試合あったので、ピンポイントでピークとなる試合を定めた訳ではありませんでした。あえてピークを定めるなら、連戦3日目のスペイン戦ですね。ここで勝てばグループリーグを抜けられるという試合だったので、準決勝のつもりで意識を変えて臨みました」
もう一つ重視したのは、「身体的な元気度」である。これは選手が主観で入力しデータ集計しているそうだ。
「選手の主観による数値なので、100が最も良い状態ですが、控えめに見積もる選手は70とか80と入力することも多い。しかし継続的にデータを取っていくとマックスが80ぐらいの人が80というのは良い状態。個別性がありますので、選手ごとに標準偏差を見る必要がありますね」
秘訣は「諦めないこと」
体制づくりに始まり、複数のデジタルツールをフルに活用してゼロから緻密なシステムを組み上げ、シミュレーションしてデータで振り返り、修正して本番に向けて準備を行う、その一連のマネジメントを指揮してきた高田氏。最後に、そんなことが成し得た秘訣は何かと問うと、高田氏は「諦めないこと」と笑う。
「僕はサッカーに限らずいろんな競技の優秀な監督の本から学び、実際にスペインやイングランドまで素晴らしい指導者の話を聞きに行ったりもしました。トレーニングだったり、選手へのケアだったり、まずは良いやり方を知るのが大事かなと思います。自分ひとりでできることなんてほとんどありません。でも、考えることはできるので、考えたことを実現できる人たちにお願いしてきました。
そして『一緒に日本代表をつくってもらえませんか?』という思いを人に伝えてきました。サッカーはパッションのスポーツです。そういう人たちに共感してもらいサポートしてもらうには、自分自身が選手のために何が何でも絶対にやり抜くという揺るぎない気持ちを持っていないと。町の少年サッカーチームの監督も経験しましたが、これは、少年サッカーチームでも同じです。
そう思っているとできないことも少しずつできるようになり、選手も成長し、チームのコンセプトへ理解を示してくれるようになります。いろんな良い効果が生まれるんですよね。だから、論理と感情は切り分けて『できない』ではなく『じゃあどうしたらできるか』を考えること。チームは、自分がひとりでつくるのではなく皆でつくるものと思っていまして、伝え続けることで協力者が増えてきたと思っています。つまり一番重要なのは、諦めの悪い集団をつくることじゃないかな、と思うんです」
世界の舞台へ向かう日本代表2チームの、データを通じた選手一人ひとりへの向き合い方や、それに基づいたピーキング戦略の知見を幅広く伺うことができたイベント。お二人へ本番へ向けてのエールを送り、幕を閉じた。
※このイベントは2021年7月12日に開催されました。
文/キャベトンコ