男子フェンシングフルーレ日本代表|7段階にレベル分けした強化策を実施し、無理なく着実なピーキング

シーズンやここ一番の大会に向けて、最高のコンディションで挑めるようにアスリートやアスリートを支えるスタッフたちが行っているピーキング。あまり表で多く語られることがないピーキング戦略だが、この1年半は新型コロナウイルス感染症という予測不可能な中で検討する必要があった。どう戦略を練り、実行していったのか、男子フェンシングフルーレ日本代表チームの強化本部アナリスト兼監督補佐を務める千葉洋平氏に話を伺った。(取材日=7月2日)

インタビュイー

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千葉 洋平
日本フェンシング協会 強化本部アナリスト兼監督補佐

1982年生まれ、埼玉県出身。2009年より独立行政法人日本スポーツ振興センターにて、フェンシングを中心にスポーツアナリストとして活動。ロンドン五輪では日本フェンシングのメダル獲得に貢献、リオデジャネイロ五輪を経て、東京五輪へ向けてフェンシング協会強化本部アナリスト兼監督補佐として活動。フェンシングにおけるゲーム分析手法を開発、年間500試合以上の分析を実施している。一般社団法人日本スポーツアナリスト協会理事として、スポーツアナリストやスポーツアナリティクスの普及・啓蒙活動も行う。

重要な試合から逆算。約2週間かけて疲労をとる

コンディショニングで普段から心がけていることがあれば教えてください。

フェンシング男子フルーレ日本代表チームのアナリストの千葉洋平さん
フェンシング男子フルーレ日本代表チームのアナリストの千葉洋平さん

フェンシングは、特にスキルが重視される競技です。いかに選手が瞬時に思い通りに剣をコントロールできるか、身体をコントロールできるかに勝敗はかかってきます。しかし疲労が抜けていない状態で試合に臨むと、相手に攻撃をする瞬間や身をかわす瞬間のような大事な局面で適切に判断できません。少しでも判断が鈍ると、相手に攻撃されてしまう。なのでフェンシングの場合、肉体だけでなく頭の中の疲労も取り除いていったんクリアな状態でフェンシングに集中できるようにしなければなりません。海外に遠征する場合にも、時差もあり環境も変わるので疲労感についてはかなり考慮に入れます。

前回の世界大会は、FIE(国際フェンシング連盟)グランプリ(GP)が現地時間2021年3月26日から28日に、カタール・ドーハで開催されました。カタールのドーハと日本の時差は6時間ですが、フライトには12時間かかります。さらにPCR検査を受けて、隔離され、かなりのストレスがかかります。飛行機などでの移動中は、実は休憩できる時間ではないんですよね。逆に身体のメカニズムとしては、時差や気候、食事や生活面などの環境に適応することにエネルギーが割かれることになります。ですから、移動する前には完全に疲れがとれた状態になるように、かなり早い段階から疲労を取り除くようにしています。

移動前、疲労を取り除くためにトレーニングは休止するのですか。

いえ、トレーニングをしないと、フィットネスレベルがどうしても落ちてしまいます。ですから、1回あたりの練習の強度は変えずに、回数や頻度を減らしていきます。そうすることでフィジカルのベストな状態を保ちつつ、パフォーマンスが下がらないように調整をかけていきます。通常、徐々に強度や量を落としていくテーパリングを行う際、1週間ぐらい前から実施していくことが多いですが、特に国際大会に向けては早くて2週間前から始めています。

大きな大会前は、具体的にどのような調整を行うのでしょうか。

例えば次の大会では、個人戦が7月26日にあって、その5日後には団体戦があります。いずれも1Dayのトーナメント方式です。7月26日の個人戦にピークが来るように調整しているのですが、ピークは約2週間ほど持つと想定しています。

今は6月30日に合宿を終えたところで(取材日=7月2日)、次は7月4日から14日までの日程で合宿を行います。6月30日までの合宿では、練習量やトレーニング強度を増し、目標大会全体で常にベストパフォーマンスを発揮できる状態を目指しました。次の合宿ではフェンシング自体の完成を目指し、実戦を想定して、新しい技のトレーニングをすることはなく、むしろ捨てる作業をしていきます。このようにピーキングの最終段階の調整に入ると、得意なことをブラッシュアップしていくことに集中していきます。

個人戦で最高のコンディションで試合に臨み、その結果とモチベーションを団体戦につなげられれば、いい結果が得られるのではないかと期待しています。

試合当日のシミュレーションを行ったりもされるのですか。

はい。次の大会では、宿泊場所から会場までのバス移動がだいたい40分かかります。また、通常の国際大会と大会進行など異なる点がいくつかあります。例えば、団体戦ですが、準決勝で勝利した場合、決勝戦の試合を行うまで5時間半の待ち時間が出てしまいます。

通常、新型コロナウイルス感染症がなかったときには、会場内外で好きに過ごすことができました。例えば、ホテルで昼寝をしたり、ウオーミングアップしたり。しかし今は、会場から5時間半出られずに会場内で待機となる可能性があります。

その5時間半会場内でどう過ごすか。それもピークを保つためには考えておかないといけません。選手とも話して、少し眠ったほうがいいんじゃないか?じゃあどこでどうやって眠るか、などと検討していました。試合は朝9時から行われるので、同じ時間帯にトレーニングして、体育館のような場所で昼寝グッズを持参して本当に眠れるかどうかシミュレーションもします。想定できることはすべて想定し、余計な心配で心が乱れないよう、万全の状態を保てるよう徹底して準備しておきます。

選手である前にみな一人の人間。友人として寄り添いフォローすることを心がけた

新型コロナウイルスの発生当初は、どんな状態でしたか。

2020年以降、新型コロナウイルス感染症の影響で大会の延期や中止があった(千葉さん提供)
2020年以降、新型コロナウイルス感染症の影響で大会の延期や中止があった(千葉さん提供)

新型コロナウイルス感染症の影響が出始めていた2020年3月末、実は選手団は試合のためにアメリカに滞在していました。当時、トランプ大統領が国家非常事態宣言を発令したのを受けて、急きょ大会は延期となりました。

私たちスタッフだけでなく、選手たちもかなり動揺した様子が見てとれました。さまざまな情報が交錯するなかで、すぐに臆測でものを言うのではなく、私たちはオフィシャルな機関から出た確定情報だけを信じましょうと話し合い、気持ちを切り替えました。そしてすぐにスタッフたちは、新型コロナウイルス感染症についてさまざまな情報を集め、「どういう症状があるのか」「どういう予防法があるのか」「感染し、発症した場合にはどうするのか」などの指針を作成しました。その同時期にフェンシング協会から「待機」するように指示が出て、ナショナルチームとしての活動ができなくなりました。

帰国後、待機となったときに、どうされていたのでしょうか。

まずは自分や家族を守ること、フェンシングという競技を守るということを最優先に考慮することに決めました。そこで外出の自粛、マスクの着用、アルコール消毒など、それぞれができることを徹底しようという話になりました。

それと同時にコンディション管理ソフトに体温だけでなく、倦怠(けんたい)感、味覚と嗅覚の異常について選手が入力する項目を新たに増やしました。そして何かあった場合、すぐにアラートが出るように設定し、3月、4月の待機期間には様子を見ることにしました。ただまったく運動しないと、選手たちも不安になりますので、人気の無い外で走るのはOKにするなど、自主トレーニングの指針も作成しました。

メンタル面でのフォローはどうされたのでしょうか。

スタッフは1週間に一度、選手とは2週間に一度のペースでZoomを使い、お互いに顔を合わせるような機会を設けて、選手の状態を把握するように努めるようにしました。当時、状況が刻一刻と変わっていたので、「いつ練習が再開できるのか」「大会は実施されるのか」などのような最新情報をシェアすることを意識していましたね。

Zoomではみんな、人と会えない状況が続いていましたので「どう、元気?」などのように、競技の話はさておいて、一人の友人として健康かどうか困っていないかどうかを確認し合っていました。Zoomで話しているとき、選手の様子は比較的落ち着いているように見えました。そもそもナショナルチーム=国際競技大会で成績をあげるための集団という位置づけですが、新型コロナウイルス感染症という状況下で、チームを強化することを超越して私たちが一番優先すべきことは何かを考えました。そして、スタッフ同士で話し合って得られた解が「選手である前にみな一人の人間。一人の人間としてサポートしていこう」でした。

自粛期間が終わり、トレーニングの再開は順調でしたか。

自粛期間中は、普段の拠点であるナショナルトレーニングセンターでトレーニングできない状況でしたから、各自が知恵を絞ってやるしかないという流れになりました。新たにトレーニング器具を購入した選手もいれば、これを機会に基礎体力をつけるためにランニングを始めるという選手も。オンラインでストレングスコーチとトレーニングを行う中で、この機会にファンの方々との交流も一緒にしよう、という話がフェンシング選手会から提案があり、YouTubeで『ガチトレ』というオンラインでファンの方々と一緒にトレーニングを行う企画を始めたりもしました。

自粛は約2カ月にもわたり、6月1日からトレーニングを再開することができました。ただ新型コロナウイルス感染症による活動自粛の影響は大きく、毎日運動をしていたとしても体組成測定を行ってみると、筋量は低下し、体脂肪が蓄えられていました。さらに、ディトレーニングに関する論文などを見ると、パワーや持久力、状況判断のような認知機能も落ちていくと報告されていました。ちょうどその頃、ドイツのサッカーリーグであるブンデスリーガが再開されたのですが、急に身体機能を戻すトレーニングをしたせいか、怪我人がすごく増えたという報道を見ました。早急に身体機能を高めようとすると、やはり何かしら不調をきたすといいますか、怪我の要因になってしまうことが明らかになりました。

またその前に延期された国際大会がいつ開催されるかわからない中、国内大会も8月まですべての大会が延期、中止となりました。一方で、最短で9月中には国内大会が行われる可能性が残っているため、そこに向けて逆算してたっぷりと時間をかけながら、選手たちの身体機能を徐々に戻しつつ、高めていくという形にしました。

そして、想定した通り、9月中旬に全日本選手権が開催される見込みとなり、その頃から選手たちも目標に向かってモチベーションが向上していったように感じました。

具体的にはどのように身体機能を戻していったのでしょうか。

7段階のフィジカルレベル(千葉さん提供)
身体機能を戻すためのフレームワークとなったレベル7段階を示すシート(千葉さん提供)

9月中旬での本格的な競技復帰に向けて、レベルを7段階に分けた評価基準をつくり、そのレベルごとにトレーニングメニューを作成しました。

例えば、レベル1は誰もが日常生活が通常通り送れる状態と設定。レベル2はコンディションが維持・改善できる状態を目指す。そしてレベル3は、競技選手としてフィジカルを強化していく段階。レベル5になると、フェンシングを行ううえでの競技中の持久力をつける、つまり試合をしてもパフォーマンスが落ちないようにする状態に持っていく。そしてレベル7は国際競技大会に出たとき、自分の思った通りに身体を動かすことができて、パフォーマンスを発揮できるレベルとしました。

レベルを上げていくときには、過去のデータからキー・リザルト(根拠となる評価指標)を設けていて、筋力や垂直飛びなど、項目ごとに数値をチェックしながら、着実に身体機能を戻していく計画にしました。私がグランドデザインとなる土台をゼロから作り、ほかのスタッフたちと話し合いを重ねながら、細かい内容を詰めていきました。

今の状態、次の目標、が明確になり集中力が高まってきた

ピーキングのために行うコンディショニングではどんな指標を見ていますか。

日々のコンディション管理には、ONE TAP SPORTSを利用して、主観的疲労度、筋肉痛、腕や腿の張り、睡眠時間、体重などのデータを基に、練習内容と内省報告、コーチ・スタッフからの情報などを加味して、選手のコンディションを把握してきました。

選手が怪我をするときにはだいたい2つのパターンがあります。一つ目は練習やトレーニングで十分に身体機能やコンディションが高まらず、身体が練習の負荷に耐えきれないとき。二つ目は練習をし過ぎてしまい、疲労の回復が十分でないときに怪我をする傾向があります。この見極めをするのがすごく大切で、身体が耐えられるかどうかというところを日々のコンディションチェックで疲労度を見たり、フィットネスチェックで身体機能を把握しながら、私たちスタッフが想定している範囲を超えそうになったら、選手に休むように促します。データを見ながら話をするので説得力があるのがいいところです。

日本代表チームとして、今後に向けた抱負は?

これまで自主トレーニングを含めて、努力を積み重ねてきた選手が大会で最高のパフォーマンスを出せるようにするのが私たちスタッフの使命です。選手よりは意気込み過ぎないようにしていますが、どうしても前へ前へと気持ちは向いています(笑)。

私たちが目指すのは個人戦でも団体戦でももちろん、優勝。なんとか目標達成できるようにさらなる準備を進めていきたいと思います。

すでにスタッフや選手のワクチン接種を終え、大きな副反応もなく、順調に調整も進んでいます。だからこそ、慢心を抱かないようにしないといけないなと考えています。少しの気のゆるみが勝敗につながってしまいますから。正直、選手を支えるスタッフ側もプレッシャーはあります。でも最善の結果が出せるように最終日まで気を引き締めてサポートしていきたいと思います。

 

取材・文/松葉紀子(スパイラルワークス) 写真提供/amanaimages