選手がセルフコンディショニングできるようになる。プロ選手も信頼を置く「行動変容アプローチ法」

8月28日にユーフォリア社主催で行われたオンラインセミナー「ONE TAP SPORTSラボ」では、株式会社ライフパフォーマンスのパフォーマンスコーチ、阿久津洋介氏を講師に迎えた。阿久津氏は、ライフパフォーマンスの運営するパーソナルジム「LP BASE Toranomon」で一般ビジネスパーソンからトップアスリートまで幅広くコンディショニング、トレーニングのサポートを行いパフォーマンス向上を実現している。パフォーマンスを高めるためにはコーチがサポートするだけでなく、選手自身がセルフコンディショニングできるようになる必要がある。さまざまな選手の行動変容とパフォーマンスの向上にコミットしてきた、阿久津氏に伺った。

講師

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阿久津 洋介
株式会社ライフパフォーマンス LP BASE Tranomon パフォーマンスコーチ、日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー

1989年、千葉県出身。国際武道大学大学院 武道・スポーツ研究科修了。国際武道大学で職員を務めていた際、酒井高徳選手のトレーニングキャンプを大学の施設で行い、大塚氏をアテンドした。その後、ライフパフォーマンス設立のタイミングで大塚氏から参画の要請を受け現職。

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パフォーマンスの前提にある「生活習慣」を変える

阿久津氏が所属する株式会社ライフパフォーマンスでは、老若男女問わず健康を文化にすることを掲げ、パーソナルジムの運営、アスリート支援、学校やクラブチームへの指導、企業への健康サポートなどに取り組んでいる。

特にアスリートの支援では、ヴィッセル神戸の酒井高徳選手や川崎フロンターレの家長昭博選手など、30名ほどのJリーガー、海外所属選手をサポート。学校部活動、クラブチームへの指導では、現在高校3チーム、ジュニア2チーム、大学1チームをサポートする。男子サッカーインターハイで準優勝した米子北高校も3年前からサポートしており、年2回のトレーニング指導で、全体のコンディショニング方法や個々へのアプローチを行うほか、寮の現状を踏まえた食事管理へのアドバイスなども行う。

ライフパフォーマンスには、明確なサポートコンセプトがある。

株式会社ライフパフォーマンス LP BASE Toranomon パフォーマンスコーチ阿久津洋介氏講演

一つは、パフォーマンスピラミッド。パフォーマンスの前提には、「日々のライフスタイル(=生活習慣)がある」という考え方だ。だからこそ、練習時間だけではなく、練習以外の時間のタイムマネジメントやコンディショニングについてアドバイスしている。そのため、「セルフコンディショニング」が重要と考える。

もう一つがマルチサポート。一人の選手につき、パフォーマンスコーチが中心となり、栄養士、メンタルコーチ、スポーツドクター、寝具の専門家やアロマセラピストなど、さまざまな専門家がチームを組んでサポートする。

「この2つのコンセプトを柱に、選手がいっときだけでなく、長いキャリアの中で良いコンディションとパフォーマンスを維持できるようにサポートしています。

株式会社ライフパフォーマンス LP BASE Toranomon パフォーマンスコーチ阿久津洋介氏講演

コンディションやパフォーマンスの維持に欠かせないのが、自分自身で問題を解決できる能力の育成。選手自身がコンディションやパフォーマンスが良かった時、悪かった時をそれぞれ自己認識できるようになることが重要です。自己認識できるようになると、問題点を改善するための内発的な意欲が出てきて、問題解決、目標達成のための主体的な行動につながっていきます。それが、目標を達成する満足感につながっていく。

適切なプログラムを組み、自分だけではなく他者からの細かなフィードバックをすることによって、自分で問題解決できるようにするためのサイクルを実現していきます」

行動心理学に基づいた「行動変容」のプロセスを活用

選手一人ひとりが、主体的な問題解決能力を身に付けるために、重要になるのが「行動変容」である。良いプログラムを試してみて「やって良かった」で終わってしまっては、一時的な変化でしかない。継続的に行うことで習慣化していく。そのためには、意識的に日々の行動を変えていく必要があるのだ。

阿久津氏は大学院生時代、研究室で行動心理学的なアプローチを調査したこともあった。現在も、研究室で学んだ行動心理学の知識を生かして、選手の行動変容にアプローチしている。

株式会社ライフパフォーマンス LP BASE Toranomon パフォーマンスコーチ阿久津洋介氏講演

「行動変容にはステージがあります。まず、行動を変化させることを考えていない無関心期。言われるまで気付かなかった、言われてもあまり興味がないという状態ですね。

次に、行動を変えることの重要性は分かっているものの、まだアクションはしていない関心期。この時期によく出てくるのは『興味はあるんだけど、やり方が分からないんですよね』という言葉です。この関心期にプログラムを提案してあげると、次のステップに移行しやすくなります。

その次に来るのが準備期。『自分なりにやってみました』『明日やってみます』というような状態です。すでに行動を変化させようと準備しているので、より効果のある方法に関心があります。即時的に効果が見込めるプログラムを提案できると、さらに先に進めます。

その先にあるのが実行期。実際に望ましい行動をした、6カ月未満の段階です。この段階では、行動の必要を理解し実行もしたけれど、ちょっと飽きがくるという傾向が見られます。なので、プログラムのバリエーションを増やしたり、これまでの行動を振り返り新たな課題を抽出したりすることが大事な時期ですね。

行動が6カ月以上継続し、だいぶ習慣化してきた状態が維持期。ここでは、環境の変化による挫折が多いです。例えば生徒・学生であれば、進学した、学年が変わって授業のカリキュラムが変わった、恋人ができてそっちに時間を割いちゃった、などですね。プロ選手だとチームの移籍や、スタッフがいなくなってしまった場合などがこれに当たります。

この場合は、自分自身の特徴を知り、細かなメニューよりもプログラムの原理・原則を理解することが重要ですね。何が問題なのか、自分自身の興味関心を広げて考え、環境に合わせて変わろうとアクションする。それができると、変容した行動が習慣化し確立する、文化に近づくという風に捉えています」

阿久津氏がサポートに関わり始めることが多いのは、関心期や準備期だという。特に重要なのが、行動を強化すること。その条件は「変化の早さ、行動の量、確率の確かさ」にあるという。

「何かを変えようとした時、より速く、より高頻度で、必ず変化していく方法でアプローチしてあげると、選手が続けられる確率がかなり上がります。例えば、日中眠くて体調が悪いという選手に、入浴前の行動を変えることを提案しました。すると睡眠の質が上がり、コンディションが上がったんです。毎日の入浴前の行動で翌日の調子が良くなるのを実感していると、選手は必然的にこの行動を続けたくなり、習慣化していきます。こういった、高い確率で即効性があり、日々の中で実践機会も多い『行動強化のためのアプローチ方法』を提示してあげることが、行動変容のために大事なポイントだと捉えています」

ただ、こういった行動は、ともすると一時的なものになりかねない。それではまだ「ファッション」でしかないと阿久津氏は言う。

「行動心理学的にも、3週間徹底していくことで、行動が習慣化すると言われています。例えば小さい頃、歯磨きを無理やりさせられて泣いていた子もいると思いますが、1日3回、食後の歯磨きを毎日させられていると、だんだん自分でするようになり、今となってはそれをしないことがちょっと気持ち悪かったりしますよね。習慣化することで、歯磨きって日本人の文化になっているんです。行動を変えるときは一時的なファッションで終わらず、まずは3週間しっかり続け定着させる『徹底→習慣→文化』が非常に重要だと捉えています」

自分のコンディションを言語化できるように

行動変容のステップを踏み、徹底・習慣・文化を作っていく。選手自身はその過程で、次の3つのステップを踏むという。まずは、自分の身体の状態を把握できるようになること。今日は身体が軽い、だるいなどのコンディションが分かるようになるのがファーストステップだ。セカンドステップは、その調子の理由をいくつか考えられる状態。昨日だるかったとしたら、寝つきが悪かったから?食事が多かったから?ストレッチが不足したから?など、原因に対して選択肢を出せるようになる。サードステップは、自分で仮説を立て、その解決方法を試している状態だという。

ライフパフォーマンスが行うコンディションサポートでは、ONE TAP SPORTSを使って選手にコンディションを入力してもらい、それに対してリアルタイムで細やかなフィードバックを送っている。「体調が良いか悪いか」のマルバツの二択の質問から始まり、その原因を考える問いを経て、最後はフリーの記述式にして自由に記入してもらう。それによって、選手が今どの状態にあるか把握し、適切なサポートができるという。

「実際に、酒井高徳選手なんかはサードステップがとても良くできていて、『今日はスプリントが出づらいなと思ったので、今まで教わったこのメニューを試しました。プラスで出力をあげる方法ってありますか?』と具体的なコメントを送ってきてくれます。僕らを相談役として使ってくれているんですね」

入力することで、選手が自分の状態を言語化できるようになることは大きな変化だと阿久津氏は話す。

「感覚派の選手に言語化させるとパフォーマンスが下がるんじゃないかと悩んだ時期もあったのですが、結果としては言語化によって問題点が周囲に伝えられるようになり、コミュニケーションが円滑になると感じています。何が悪いんだ?と自分の中に秘めていたものを言語化することで、パフォーマンスを向上させ、維持することにつながると感じています」

「疲労」にも種類がある。適切なアプローチで効果が生まれ、行動が変わっていく

行動変容のためのアプローチとは、具体的にどのようなフィードバックを行っているのか。ライフパフォーマンスでは、チームをサポートする時、運動機能評価や睡眠のチェック、栄養分析や血液検査などを通し、大きな問題がないか、大きなリスクの兆候はないか、選手をスクリーニングしていく。その後年間計画を立て、月、週、1日の計画を立てるという。マクロな目標を落とし込んだ1日単位のミクロなモニタリングにはONE TAP SPORTSを使い、細やかなフィードバックとアクションの誘導をしている。

例えば、リカバリー戦略。特にライフパフォーマンスでは、筋肉の張りをコントロールできるようにしようと伝えているという。試合後に張りを感じて、それを取ろうと長時間の入浴やストレッチをやり過ぎてしまうと、次の試合で力が出せない場合もある。リカバリーのためにどのように時間を使うのか、行動を変えていく必要があるのだ。

「我々はリカバリーのコンセプトとして、疲労を分類しましょうと伝えています。疲れたという選手の中にも、身体が火照っている、足がむくんだ感じがする、ボーッとする、など意外と多くの状態があって。それを分類していくと、対策が違ってきます。

株式会社ライフパフォーマンス LP BASE Toranomon パフォーマンスコーチ阿久津洋介氏講演

例えば試合の後半にバテてしまうのであれば、エネルギーが枯渇しているからなので、試合前の食事の見直しや、試合中の素早い栄養補給などが重要になります。火照っているならアイシングやアイスバス、むくみ(浮腫)であれば交代浴など、違ったアプローチができるんですね」

さらに、リカバリーコンセプトと紐づけて、ONE TAP SPORTSに入力する項目を設定。睡眠時間、身長体重、脈拍数などの客観データと、体調や筋肉の張りなど主観的なデータを入力してもらっている。

「体調が悪くなったから何かをする、というよりも、兆候が出そうなものに事前にアプローチすることが大事ですね。脈拍数も体温も高い状態が2日続くと、3日目に体調を崩す傾向が高かったりします。そういった事前の可能性を評価して、アプローチするようにしています」

株式会社ライフパフォーマンス LP BASE Toranomon パフォーマンスコーチ阿久津洋介氏講演

加えて、行動変容を起こすためのアプローチは、個別の選手に対してだけでなく、チーム全体に対しても有効だ。例えば、「ナイトゲームになると睡眠時間が短い、体重が落ちてしまう」という傾向に対して、睡眠時間や熟睡感などのデータを取り、全体の傾向を分析。それに対して、サポート担当がアドバイス資料を作っている。課題を分類したり、気付きを与えたりしながらアプローチ方法を伝えていくという点では、個人に対するアプローチと大きく変わらない。

ただチームになると、全体の傾向を把握するために、より長期的なデータを取っていく方が良いという。特に日本では、四季によって選手の状態が変化しやすいため、1シーズン(1年間)のデータを取り、2シーズン目の傾向をみていくのが理想的だそうだ。

パフォーマンスを高めるためのセルフコンディショニングを、どのように行うべきか。最後に、阿久津氏は4つのポイントを提示して話を締めくくった。

「今回特にお伝えしたかったのは、『必ず変化が出るアプローチを、頻度を多く素早く実施』『ファッションではなくて徹底・習慣・文化』『しっかりと疲労を分類してアプローチ』『個人のサポートのアイデアをチームにも活用』の4つ。メッセージを持ち帰っていただいて、ぜひ使ってみていただければと思います」

 

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文/粟村千愛(ドットライフ)