選手に主体性を持たせる「学生コーチ」の仕組みとは|イベントレポート

2022年1月24日に開催した第4弾TORCH Live Meetingは、Z世代のスポーツ指導を考える場として、「『選手が主体』のコーチング」をテーマに2つのセッションを行いました。 Z世代とは、1990年代後半〜2010年頃に生まれた人たち、現在12〜25歳あたりの若者を指します。自分らしさを大切にする、多様性を柔軟に受け入れる、本物志向、デジタルネイティブ、などの特徴があると言われている世代です。そのZ世代の部活動をテーマに、第二部では、東北学院高校 硬式野球部の渡辺徹監督にご登壇いただき、15年前からチームで取り組んでいるという「学生コーチ」の仕組みについてお話いただきました。競技団体の育成システムのアドバイザーを歴任されるなどスポーツ分野でも幅広くご活躍されている、富田欣和先生に聞き手を務めていただきました。

講師

講師
渡辺 徹
東北学院高校 硬式野球部 監督

1971年生まれ、宮城県仙台市出身。東北学院高校野球部時代は投手、4番打者として活躍。亜細亜大学野球部2年生の時、全日本大学野球選手権大会で優勝。大学卒業後、教員となり東北学院高校に赴任し野球部監督に就任。2019年春季東北地区野球大会でベスト8、2021年宮城大会で優勝し甲子園初出場を果たした。

講師
富田 欣和
knots associates株式会社 代表取締役/CEO、関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科 教授、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 特任講師

1972年生まれ、千葉県出身。主に航空宇宙防衛領域で発展してきたシステムズエンジニアリングの方法論を地域創生や新規事業開発、教育システムなどを含む社会システムに適用する研究に従事。大学や政府系機関による研究開発プロジェクト、企業への新規事業やイノベーション創出支援、地域創生やビジネスのシステムデザインコンサルティングなどを行う。スポーツ分野でも競技団体の育成システムのアドバイザーを歴任。一般社団法人Sports X Initiative代表理事としてスポーツと社会をリデザインする活動も推進している。

学生コーチは選手と監督の橋渡し役

監督と選手の橋渡しをする「学生コーチ」というポジション

富田さん:早速ですが、「学生コーチ」という制度の仕組みを教えていただけますか。

渡辺さん:学生コーチは、キャプテンと並んでチームリーダーとして練習計画立案に携わります。チームを俯瞰して見る、監督と選手の橋渡し的なポジションで、学年の調整役を担う現場監督のような存在です。選手としてスポットライトは浴びないが、その分やりがい、成長が感じられると思います。

富田さん:15年前にこの仕組みを取り入れたきっかけは何だったのですか?

渡辺さん:それまで10名程度しかいなかった部員が60〜70名にまで増え、目が行き届かなくなってきたので、生徒たちに主体性を持たせるようにしたいと模索するようになりました。その頃、仙台育英学園という強豪校がGM(グラウンドマネージャー。学生コーチと同様の役割)を取り入れていると知り、うちでもやってみようと。私がかつて所属していた大学野球のチームにも学生コーチがいたので、その知識はすでにありました。

富田さん:最初は試行錯誤があったと思いますが、うまく機能するまでどのくらい時間を要しましたか。

渡辺さん:先輩をモデルにしながら、気づく力、マネジメント力、コミュニケーション力などを養っていくのですが、成長のスピードはそれぞれで、毎年カラーも違います。何年か経てば軌道に乗るというものでもなく、毎年が試行錯誤。生徒それぞれの特性、良さを生かしながら成長を見守っています。

先輩たちの言動や学校の方針に影響を受け、徐々に主体性が身につく

富田さん:いい取り組みだと思う反面、生徒に完全に任せて大丈夫かな?と指導者の方は迷うかもしれませんね。渡辺監督は最初から任せられましたか?

渡辺さん:やはり徐々に移行しないと重荷になるので範囲を決めて任せるようにしています。放任ではなく見守るスタンスで。とはいえ学生コーチをすっ飛ばして思わず喝を入れることもありましたよ(笑)。

富田さん:人間がやることですからそこも面白さかな。今日のテーマである「主体性」を重んじるという方針は、野球部文化として、もしくは東北学院として元々あったのですか?

渡辺さん:東北学院は3年前から主体性、多様性、創造性を育もうという方針で学校改革に取り組んでいます。この春から共学となり制服もなくなります。変化を恐れず学校をより良くしていこうという空気が、選手のチャレンジ精神にも良い影響を与えているようです。昨年夏の甲子園初出場も追い風になっています。

富田さん:高校生になったばかりで主体性を持てるものでしょうか?

渡辺さん:4月から急には難しいのですが、先輩の背中を見て感じ取る影響が大きいです。チームを良くするために先輩がどういう意識で取り組んでいるか、ミーティングでのやり取りなどを見て感化され変化していきます。

渡辺 徹 氏 東北学院高校 硬式野球部 監督、富田 欣和 氏 関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科 教授

限られた時間で効率のいい練習を選手たちが考える

打撃班、守備班、走塁班、トレーニング班に分かれ、各班チーフが話し合う

富田さん:主体性を尊重することが良いと頭ではわかっているが、チームが大会で勝てなかったらどうしよう?強くなれるのか?という不安は指導者としてありませんか。

渡辺さん:私たちは強くなる=人として・プレーヤーとして成長すること、だと捉えています。いいチームをつくっていい練習をすることで、「成長率ナンバー1」を目指しています。

富田さん:勝った負けたは相手がいることですが、自分自身の成長は自分たちでコントロールできるということですね。人間的な成長といえば、昨年の夏の甲子園で2回戦辞退を決断された時、メディア対応を高校三年生のキャプテンが先頭に立ってしっかり対応していたのが素晴らしかったですね。生徒主体の制度があるとこんな風に成長するんだと驚き、感動しました。東北学院さんは進学校ということもあって練習時間は限られているようですが、練習効率を上げるのも学生コーチたちの仕事ですか。

渡辺さん:午後7時完全下校、土日の練習は4時間までと決められていて、その中でいかに質の高い練習をするか、一人ひとりが考えます。具体的には、打撃班、守備班、走塁班、トレーニング班などのグループがあり、それぞれチーフがいて、意見を吸い上げてスタッフミーティングに出します。時間の制約に合わせて短期〜中長期の練習メニュー、スケジュールを調整します。毎日お昼休みに学生コーチが私に相談、報告に来るので、アドバイスはしますが、できるだけ彼らで決めるようにしています。

富田さん:生徒たちは技術、メンタル、睡眠時間とか相当いろんな要素を考えた上で話し合われている?

渡辺さん:そうですね。そういう意味では負担もかけているけれど、自分たちでやる、という「やりがい」を感じてほしいし、だから勝った時の喜び、負けた時の悔しさもダイレクトに感じられていると思います。

富田さん:内発的動機があってサイクルが回っている。

渡辺さん:もちろん全部を彼らに投げて責任取らないわけじゃなく、ある程度評価し、時にダメ出ししながら内発的動機をどれだけ引き出せるか、責任を持って見ています。

コミュニケーションを円滑にする日誌の存在

富田さん:この取り組みは、記録に残していますか。

渡辺さん:各自に日誌をつけさせて、時々読み返しなさいと伝えています。練習メニューや、短期目標を書いている生徒もいますね。

富田さん:個人個人の考えを共有する場はありますか?

渡辺さん:今のチームは、キャプテンなどが日誌を見てコメントを書くこともあるようです。何か問題になりそうな場合だけ、私に報・連・相が来ます。

富田さん:生徒から生徒へ、意図はしっかり伝わるものでしょうか?

渡辺さん:出身中学校はバラバラ、指導者も違う、経験値や野球観も異なる。ですから最初はコミュニケーション不足でうまくいかないこともあります。しかし失敗も含め経験しないと成長しません。日誌に「伝えたいことが理解してもらえない」と悩みを綴る生徒もいますよ。そこから成長が始まる。私がいつもグラウンドに張り付いているわけではないので、基本は任せて、必要に応じて私を利用してくれと伝えています。

渡辺 徹 氏 東北学院高校 硬式野球部 監督、富田 欣和 氏 関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科 教授

高校3年間は、一生の柱、土台をつくる期間

勝ち負けにこだわらず、選手、人としての成長を見守るのが指導者の役割

富田さん:この取り組みでチームにどのような変化がありましたか。

渡辺さん:私たち指導者側が結果にこだわらず一歩引いて、選手たちの成長を求めるようになってから、土壇場に強いチームになったと思います。とはいってもまだ乗り越えなくてはならない部分があります。今の1、2年生は去年の3年生が甲子園に連れて行ってくれたというのがあり、それが大きなモチベーションとなって一生懸命頑張っているのですが、頑張っているだけで、チーム全体の足りないところを客観視できていない。彼らが目をつぶらず、自分たちで現状をしっかり受け止めるようになると、自動化が始まるのかなと感じます。

富田さん:高校の3年間を指導されながら、その先のつながりを意識されることはありますか。

渡辺さん:高校3年間は、一生の柱、土台をつくっていく期間です。仲間を大事にすること、人としてのモラルを大切にしてほしいと指導しています。野球が全てだと思わず、受験、就職の自信につながるような高校生活にしてほしいと思っています。

学校は安全に失敗を経験する場。まず信頼して任せることが大事

富田さん:指導者としての目標を教えてください。

渡辺さん:去年は選手たちに甲子園へ連れて行ってもらいました。ここからは、彼らが残してくれたものを後輩たちに引き継ぐことを手伝いたい。全員がチームの力になりうるという自信を持って、控え選手でもやり切ったと思えるチームにしたいです。

富田さん:指導者として、「手伝う」というスタンスを貫くのは簡単ではないと思います。うまくいかないときもギリギリまで見守りますか?

渡辺さん:まだ子どもの部分もあるので喧嘩のようなトラブルがあれば、それぞれのどこが良くなかったか確認してお互い頭を下げるよう、介入することもあります。ここ数年はそんなトラブルもなくなりました。できるだけ大人扱いしてあげたいです。

富田さん:15年間の試行錯誤、蓄積があるのかなと感じます。最後に部活の指導をされている方や、保護者にメッセージをお願いします。

渡辺さん:当校の校長がよく「学校は安全に失敗を経験させる場」だと言っています。失敗から学ばせる場。先回りして準備するのではなく、まず信頼して任せるのが大事だと思っています。先回りして大人がレールを敷いてやると育たなくなります。私自身、技術指導などは年々しなくなっています。今はすぐに情報が手に入りますから。大事なことは、正しい情報を見極める力、他人とのセッションを通じて理解することだと思います。

 

文/河津万有美