【前編】「教えません。成長の邪魔をせず、選手が考えたり努力したりできるよう、その環境を整えるのが私の役割です」(森林)

今回は、高校野球において新たな取り組みを行う野球指導者二人をお迎えした。 一人は慶應義塾高校野球部監督の森林貴彦氏だ。2023年夏の第105回全国高等学校野球選手権大会で、同校を107年ぶり2回目の優勝に導いた。もう一人は、大阪の硬式少年野球チーム「堺ビッグボーイズ」の総監督であり「リーガ・アグレシーバ」という高校野球のリーグを主宰する阪長友仁氏。阪長氏はTORCHでは2度目のご登場になる。ここまで積み重ねてきた歴史をリスペクトしつつ、高校野球の新たな形を模索するイノベーター二人の対談を、前編と後編の2回に分けてお届けする。

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森林 貴彦
慶應義塾幼稚舎教諭、慶應義塾高校野球部 監督

慶應義塾大学法学部卒業。大学時代は母校慶應義塾高校野球部で学生コーチを務める。3年間のNTT勤務を経て、筑波大学大学院コーチング論研究室に在籍し教員免許(保健体育)と修士号(体育学)を取得。並行して、つくば秀英高校で野球部コーチを務める。2002年より慶應義塾幼稚舎教諭として担任を務める傍ら、母校野球部でコーチ・助監督を歴任し、2015年監督就任。2018年春・夏、2023年春・夏の全国大会出場。2023年夏に107年ぶりの全国優勝を果たす。主な著書に『Thinking Baseball』(2020、東洋館出版社)。

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阪長 友仁
NPO法人BBフューチャー理事長、堺ビッグボーイズ 中学部 総監督、一般社団法人Japan Baseball Innovaiton 代表理事

1981年生まれ、大阪府出身。新潟明訓高校3年生時に夏の甲子園大会に出場。立教大学野球部で主将を務めた後、大手旅行会社に2年間勤務。「野球を広める活動をしたい」との思いから退職し、海外へ。スリランカとタイで代表チームのコーチを務め、ガーナでは代表監督として北京五輪アフリカ予選を戦った。その後、青年海外協力隊としてコロンビアで野球指導。JICA企画調査員としてグアテマラに駐在した後、2014年に帰国。大阪の硬式少年野球チーム「堺ビッグボーイズ」の中学生チームの指導者を務めつつ、2015年から、高校野球におけるリーグ戦の取り組み『リーガ・アグレシーバ』を開始。

「リーグ戦」という高校野球の新たな選択肢

今回の対談は、慶應義塾高校が阪長氏の主宰する「リーガ・アグレシーバ」に参加したことをきっかけに行われた。リーガ・アグレシーバの最大の特徴は、リーグ戦形式であること。負けたら終わりのトーナメントではないので、大胆なチャレンジができ、多くの選手が実戦経験を得られる取り組みである。

リーガ・アグレシーバはほかにも、既存の高校野球の概念を覆すユニークなアプローチを取り入れている。細かなルールは地域ごとに異なるが、投手には1日100球などの球数制限が課され、変化球はカーブとチェンジアップのみで投球全体の25%以内、打者は木製または低反発の金属バットを使う、といったレギュレーションを設け、スポーツマンシップの学びと実践、指導者の指導力向上もリーグ内で実践されている。同リーグは今年、34都道府県172校(2024年2月時点)が参加するまでに拡大。趣旨に賛同する指導者の輪が大きく広がっている。 

高校野球の歴史・野球界の発展において、都道府県大会から甲子園大会を目指すというフォーマットが大きく貢献してきたのは事実であり、今後も欠かせない。その一方で、選手としての成長と人間としての成長というダブルゴールをより多くの選手が選べる環境にするために、ほかの選択肢も検討していこうというのが今回の対談の主旨である。

お二人はいつ、どのような経緯でお知り合いになられたのでしょうか。 

阪長氏(以下 敬称略):森林さんに初めてお会いしたのは2018年~19年だったと思います。私の勤務先の上司とともに森林さんのところに伺う機会があり、慶應幼稚舎に伺ったのが最初でした。私のことはもちろんご存知ないと思っていたのですが、私が出版した本をすでに読んでいただいていたことをお聞きして、非常に驚きました。その後主に海外の野球事情について情報交換したことを覚えています。  

森林氏以下 敬称略):その後、コロナ禍が来て、なかなか通常の部活動ができない状態になってしまったんです。対外試合どころか練習すら思うようにできず閉塞感が漂う中、何か新しいことができないかと考えていました。その中で阪長さんのリーガ・アグレシーバの取り組みについて、あらためてお話を伺いたいと思い、私からご連絡してお話を聞きしました。  

あらためて、阪長さんはどのような経緯でリーガ・アグレシーバを始めたのか、お聞かせいただけますか。 

阪長 友仁 氏 NPO法人BBフューチャー理事長、堺ビッグボーイズ 中学部 総監督、一般社団法人Japan Baseball Innovaiton 代表理事

阪長:仕事で海外に駐在している時に、ドミニカ共和国という多くのメジャーリーガーを輩出している国で野球の指導アプローチや育成環境を見たことが、動機になっています。その後2014年に帰国し、地元の大阪や出身高校のある新潟などでドミニカの経験などをお話しするセミナー活動を始めたところ、さまざまな学校の先生方とのつながりが生まれました。みんなでリーグ戦を戦いながら、指導者同士も学び合う機会を作れば、高校野球の新たな発展があるのではないか。そう思い、スタートしたのが2015年のことです。日本の野球には日本ならではのいいところがたくさんあり、素晴らしい指導者がたくさんいらっしゃる。そこに海外で学んだことをプラスできたら、日本の野球はもっと発展すると考えました。その中で一番強く思っていたのは「選手の未来につながるリーグ戦にする」ということです。  

森林:トーナメントという高校野球の仕組みに対する限界を感じていたので、リーグ戦というアプローチは非常に分かりやすいものでした。そこで、ぜひ神奈川でもやらせてもらいたいと思いました。ただ2021年は(コロナ禍により)部の活動制限がまだあったので、スタートできたのは2022年の秋。2024年で3シーズン目になります。

慶應義塾高校野球部流、ミスとの向き合い方

2023年の夏、107年ぶりに夏の甲子園大会を制した慶應義塾高校野球部。自由な髪型、長時間練習なし、といったチーム作りは大きな話題となった。森林監督が目指すのは「自ら考える選手、自ら考えるチームになること」。既存のトップダウン型の指導を排し、自分で決断していくことを求めながら、チームは見事に日本一という結果を勝ち取った。

慶應義塾高校は夏の甲子園大会で日本一に至るまでに、多くの山場を乗り越えてきたと思います。仙台育英高との決勝戦は8対2の大差になりましたが、序盤はまったく分からない状況が続きましたし、延長にもつれた3回戦の広陵高校戦など、ギリギリの試合もありました。 

阪長:森林さんにすごく聞きたいことがあるんです。正直、ミスも多くありましたよね。野球はミスをすることで流れを止めてしまい、相手に流れが行ってしまうことがよくあります。でも慶應は流れを渡さず、いつの間にか流れを引き寄せていた。いったい、どんなアプローチをされていたのでしょうか。

森林 貴彦 氏 慶應義塾幼稚舎教諭、慶應義塾高校野球部 監督

森林:大会を通じてミスがたくさん出ました。決勝も4失策ですし(笑)。ただ、甲子園に限らず普段から「ミスをしたら負け」とか「ミスをしないようにプレーしよう」とは言いません。積極的にプレーすればミスは出るもの。そもそも野球はお互いミスの連続。ミスをしないようにプレーしようと考えればその分消極的になる。ミスをしたくなければ試合に出ないのが一番です。だから「ミスをしない」ではなく「ミスをしても勝つ」というマインドを持たせること。それはずっと言ってきています。 

阪長:高校生は心の振れ幅が大きいので、ミスをすると一気にマイナス方向に行ってしまい、なかなか帰って来られなくなる。みんなでマイナスに行ってしまう連鎖反応が起こることもありますよね。ミスを引きずって「やばいやばい」と、どんどん気持ちが下がっていく。 

森林:それをどうにかしたいと思い、ここ2年間メンタルトレーニングの取り組みを行ってきました。その中で考えたのが「3秒ルール」。どれだけうまくいかなくても、ミスをしても、3秒以内に「大丈夫だ」「行ける」とか、必ず切り替えの言葉を口に出す。ミスは普通のこと。「次しっかりやろう」よりも「次も積極的にいこう」と考える。それがこのメンタルの取り組みによって、あんまり下がらずに止め、「ミスが出ても想定内」「次行こう」「前向きに行こう」と声をかけ合うようになりました。ここはほかのチームと差別化できたポイントかと思います。

阪長:素晴らしい取り組みですね。

森林:野球は1球投げる間に10数秒あります。これをマイナス方向にも使うか、立ち直る方向に使うか。すごく大事な要素です。それと公式戦でミスが出た時は「とにかく流せ」と言います。過去に戻ることはできませんからね。今と未来しかないのだから、とにかく流すこと。ただし練習は別ですよ。練習でミスを流す者がいて、それはダメ(笑)。練習を止めてしっかりと問題点を指摘します。

阪長:決勝でも、何度も良くない状況がありましたよね。それでも森林さんが前向きな空気を作るから、みんなで次に向かうことができる。

森林:ミスをした瞬間、私が「ああ~」という顔をすると、それがチーム全体に伝染してしまう。心の中では「このヤロー!」と思っていますが、決して口に出さず、ポジティブな言葉をかける。これはもう演技ですよ。たとえ本心と違っても、チームをいい方向に持っていくには、指導者は演じなくてはいけません。

日本では高校野球だけでなく、ミスを叱る指導は多いですよね。

森林:ミスは当たり前で、その上でどうするかが大事。そこにチャレンジすることが、人生での活躍につながっていく。世の中に出たらうまくいかないことの連続ですし、当然ミスもする。明らかな準備不足、注意力不足で同じミスを繰り返すならば指導が必要ですが、一所懸命にやった上でのミスを責めることはできません。

阪長:ドミニカ人はよく「それもゲームの一部分」と言います。すごく好きな言葉なんですが、ミスはそもそも野球というゲームに含まれているもの。エラーは前提。それもゲームの一部分だよと。よく「失敗することは怖くありませんか?」と言われるのですが、じゃあそもそも失敗って何だろうって思うんです。例えば三振は失敗なのか。ヒットを打つという目標に達しなかったかもしれないけれど、三振=失敗じゃない。あくまでひとつの結果。むしろ打撃では7割以上が目標に達しないわけですから、ひとつの結果として受け入れ、次にどうできるかを考え、次に向かう。その姿勢を学ぶことができる。いかに野球を人生とつなげていくかを考えると、リーグ戦という方式はトーナメントと比べて、そういった学びを得られる環境を作りやすい。なぜなら、全力で勝利を目指した上で、勝っても負けても次があるからです。

森林:「失敗」「ミス」といった表現が良くないのかもしれません。失敗とは貴重な経験であり、まだ成功していないだけ。そう考えるべきです。

阪長:勝利だけが目標ならば、三振もエラーもマイナス要素。目の前の勝利だけ考えればそうなる。でも、さまざまな経験を経て人間として成長していくことを考えると、三振もエラーも決して失敗とは言い切れない。

人はおのずと育つ。指導者は、選手たちが努力しやすい環境を作るだけ

森林監督の著書を拝読すると、オーバーコーチングによって、選手が自ら未来を拓くことの邪魔をしてしまう懸念を憂慮されていました。良くなると信じて教えても、それがマイナスに働くリスクがあると

森林:そうですね。例えば自分がフォームなりを指導することで、今ひとつ良くならない。コーチングが選手の成長の妨げになってしまうことがあります。そういう恐れは常に持っています。そもそも成長期は、こちらが手を加えずとも心も身体も成長していくもの。例えば高校1年から3年にかけて、体力がつく、球が速くなるというのは当たり前。技術もある程度は右肩上がりで、指導者が特別な何かを施す必要はそれほどないんです。自分が関わることで、本当はもっと伸びるものを頭打ちにさせていないか。不必要な指導が本来の成長に対し、マイナスに働くことがないか。それは常に意識しています。

森林貴彦氏、慶應義塾高校野球部監督
2023年夏、107年ぶりの優勝を果たした甲子園にて(写真提供:森林氏)

著書には、成長を待つことの重要性も書かれています。答えを提示するか、あえて提示せずに待つか。その意思決定はどのように行っているんですか?

森林:教えること、答えを授けることは、その時はよかれと思ってやりがちですが、それが最終的な正解となるかは分からない。指導者がいいと思うことを押しつけても、その選手に合ったものなのかは疑問が残る。下手に手出しするぐらいなら、むしろその選手自身が向かいたい方向に行くのを手助けするような形の方がいい。もちろん戦術やチームとしての戦い方は共有していかなくてはいけませんから、ある程度しっかり教え込みます。でも一人ひとりのピッチングフォームやバッティングフォームなどについては、ひとつの方向に導こうとは考えていません。それぞれで追求してもらいたいし、そこは待つことが必要な部分だと思います。私も監督になって最初の約3年は、できるだけ教えてあげたいという考えでした。でも、部員数に対するコーチ陣のマンパワーが足りないのでどうしても限界がある。それよりも、一人ひとりが生き生きとして自分のやり方を追求していく環境を作った方が、最終的にはチームの伸びも大きくなるだろうし、パフォーマンスも上がるのではないか。4年目ぐらいからそう考えるようになりました。

阪長:大事なのは、選手一人ひとりがちゃんと育つ環境を作ることですね。 

森林:余計なことをしない方が良い面もあるので、成長の邪魔をしないことを心掛けています。特にトップクラスのアスリートになると、こっちが想像もしないようなことを考えていたり、実際にやってのけたりする。つまり、僕の触れられる世界ではない。トップ選手を育てるノウハウもまたあるのだと思いますが、僕にはまだそれは見えない。選手がそういう指導ができる指導者と巡り会うまで伸び伸びとやってもらい、僕はその邪魔をせず、あまり色をつけないこと。卒業後にプロ入りした卒業生もいますが、技術的なことを教え込んだのではありません。選手が努力しやすい環境を整えることを重視しています。

阪長:ドミニカ共和国にあるロサンゼルス・ドジャースアカデミー(主に16~18歳のマイナー契約している選手がプレーし経験を積む場)にアントニオ・バウティスタさんという方がいらっしゃるのですが、森林さんとおっしゃることが重なります。100人どころではないメジャーリーガーを育て上げた方ですが、彼は「私が彼らを育てたなんて思ったこともないし、周りに言ったこともない。選手たちが私の前を通っていく2年ほどの間に、何か私から吸収するものがあり、それを活かしてくれていれば指導者として非常に嬉しい」とおっしゃるんです。細かいことまであれをしろこれをしろと指導することはない。

森林監督は慶應幼稚舎の教諭として小学生を教えていらっしゃいますが、教諭の経験が高校野球の指導に反映される面はあるのでしょうか。

森林:僕が何も教えなくても勝手に良くなっていることがある。こちらからすると「なぜできるようになっているの!?」という感覚の時があります。教育は大事なのですが、自分の関わりなんて大したことじゃない。いつもそう痛感させられます。大事なのは環境作り。伸びる環境、育つ環境を作って、あとは邪魔をしない。それは小学生も高校生も一緒です。指導者が「自分が関わったから成長している」と考えるのは自己満足に過ぎない。基本的に人は育つもの。特に成長期は何もせずとも成長する。だからこちらの仕事は、より大きく成長するために土壌を整えたり、新しい肥料をあげてみたりすること。つまり、成長のヒントを与えるということですよね。

高校野球における「勝利至上主義」の功罪

阪長さんは中学野球の指導者であり、リーガ・アグレシーバのオーガナイザーとしていろいろな現場を見られています。森林監督のお考えについてどう思いますか。

阪長:ドミニカの指導者の指導法は、森林さんの考え方とリンクする面が多くあります。向こうには選手たちの成長を待てる環境がある。ドミニカには日本の高校野球のようなシステム自体がないので、より長い期間で選手の成長を見ていきます。ドミニカは高校生年代の選手がいるメジャーリーグ球団のアカデミーがあり、指導者はメジャー各球団が抱える指導者。だから指導者は、育てた選手がメジャーリーグでパフォーマンスを発揮できるかどうかで評価されます。でも日本の高校野球の指導者は、どうしても在学中の3年で育成の成果を考えざるを得ない。その中で最も明確な功績は勝つこと。結果が最もフォーカスされるからこそ、指導者は選手に全てを教え込むことで、早くモノにしようという考え方になります。その結果、酷使して怪我で潰れてしまったり、卒業後に野球を続けても選手としての伸びが見られなかったりするケースも多く生まれます。

ドミニカには3年間で最高のパフォーマンスを出させようという発想はない、ということですね。もっと長いスパンで選手の成長を見ている。

阪長:日本で求められる「チームとしてトーナメントを勝ち抜くこと」が最重要視されていない、ということです。ドミニカのような環境がある上で指導者が指導できたら、選手の能力を最大化できると思います。森林さんがそれを既存の高校野球の環境の中で実現しようと考えていることはすごいと思います。日本の野球の良さを生かしつつ、今の環境で何ができるのか。結構難しいことを言っているのは分かっていますが、そこを目指していく必要がある。

短期的に「夏の大会だけに勝とう」と振り切ってしまえば、慶應義塾高校の指導もまったく別のものになるでしょうね。

森林:そうだと思います。高校3年の18歳の夏に甲子園で優勝することだけを考えれば、だいぶやり方は違うでしょう。慶應にはありませんが寮を作って選手の生活の全てを管理し、しっかり食事と睡眠を取らせ、練習時間を管理し、スタッフが練習の全てを細かくチェックする。そうすればきっと勝率は上がる。でも、失うものも大きい。例えば一人ひとりの「考える力」のような、この先必要なものを養う機会が減少することは、選手たちの人生における悪影響もあるでしょう。18歳で野球選手として成熟することと引き換えに、一人の人間として未来のために必要なことを得られなくなる可能性がある。

阪長:高校時代全てを管理された生活をしてきた選手たちも、その後の人生において、急に自分で全部を考えてやっていかなくてはなりませんからね。

森林:もちろん気付いて自分なりに考えていける選手もいるとは思いますが、感受性の高い高校3年間で、自分で考えることを何もさせないのはもったいないし、怖い。感覚が柔軟な高校時代にこそ、将来に向かって考えることを習慣づけできる。僕はそれを信じているし、そういうことは高校を卒業してからでいい、というのは違う。教育に大切なのはタイミングです。高校時代に自分自身について考えることもそうだし、スポーツマンシップを学ぶこともそう。とにかく勝つために手段を選ばないことと、考えながらより良い勝ち方を目指すことはまったく違います。

阪長:徹底的に管理された野球は、選手の将来にとってマイナス面も大きい。「やれと言われたからやる」という状況が多いと、自分で決めて何かを実現する力がつかない。自分で決めれば、もちろん選択を間違う可能性もある。考えて決断しても、いい方向にいかない可能性もある。それでも、自分で考えて試行錯誤する機会を逃してしまうのは、非常にもったいないことですね。

輪島高校、阪長友仁氏
今年2月、阪長氏はリーガ・アグレシーバ参加校のひとつ、輪島高校を訪れ義援金を届けた(写真提供:阪長氏)

「大人は絶対的な正解を持っている。それに全て従い、大人にほめられることだけしていればいい」と考えて「正解を与えてください」と求めてくる選手も多いのではありませんか。

森林:そうですね。最近の学生は、小中学生の時からしっかりと野球を教わっていて、教わることに慣れている。子どもの数が減り、親が子どもにお金をかけるようになったことで、全てが習いごと化している影響があると思います。親が子どもをその場に連れて行き「さあ、ここで教えてもらいなさい」とやるわけです。それは塾もそうだしスポーツもそう。子どもは我々の時代のように勝手に公園で遊んでいるのではなく、親が全てコントロールしている。そんな状況ゆえ「監督、今日は何を教えてくれるんですか?」という受け身のスタンスを取る新入生の選手が時々います。

阪長:よく分かります(笑)。

森林:中学時代の環境のせいか、ミスをすると「叱ってください」という顔でこっちを見る選手がいるんですよ。ミスを強く叱責する指導者のもとで野球をしていると、そうなってしまう。こちらとすれば、そんなことをしている暇があるなら、次のバッターを見ろと言いたいんですが(笑)。

阪長:中学生はミスをした時、親を見る選手もいますね。ああ、家で色々と言われるのかなと想像してしまいます。

慶應義塾高校に入学したそういった選手たちは、どれぐらいの期間でどのように変わっていくのですか? 

森林:半年ぐらいですかね。選手によっては1年ぐらいかかります。高校生はまだ思考が柔軟だから、変われる余地も柔軟性もある。そういう環境ではないと分かれば、叱られるのを待つのではなく、自然に変わっていきます。こちらは彼らの人生を長い目で見て「こういうふうに考えた方がいい」「こういうことを習慣づけてほしい」という、僕の価値観で今思うことを伝えていくだけ。もしかすると、それがいいかどうかも分からない。なので、恩義なんてまったく感じてもらわなくていい。

阪長:監督の言うことをあまり信じ過ぎるな、ということですね(笑)。

森林:人生は「幸せ探し」です。自分自身と向き合わない限り、本当の幸せは見えてこない。だから自分と向き合う習慣をつけることが大事で、野球を通じて考える力を育ててほしい。自分の中で何が大切なのかを、人生についても考えてほしいですよね。仕事なのか、お金なのか、やりがいなのか、休みなのか。何を大切にして、何が幸せなのか。それを自分で決める「考える力」が必要なんです。特にこれからの時代、誰かが「君の幸せはこれだ」と教えてくれることはない。自分の幸せは自分で見つけるしかない。だからこそ自分と向き合ってほしい。そこに尽きます。

後編に続く)

聞き手/橋口寛 文/前田成彦 撮影/小野瀬健二