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プレーヤーズセンタード=プレーヤーがネットワークのセンターにいる。コーチとプレーヤーは師弟関係ではなく、互いに影響し合うパートナー
第一部は、指導概念(コンセプト)としても注目される「プレーヤーズセンタードコーチング」について、伊藤雅充さん、村上貴弘さんのお二人にお話しいただきました。伊藤さんは、日本における「プレーヤーズセンタードコーチング」の第一人者ともいえる存在。日本体育大学でコーチング学をリードし研究を続けています。村上さんは、ラグビー日本代表チームのストレングス&コンディショニング(S&C)コーチ(当時)として指導にあたる中、「プレーヤーズセンタードコーチング」の考え方に出合い、実際に指導にも取り入れられました。
まず「プレーヤーズセンタード」とは何か?
文字通りプレーヤー本人がセンターにいて、周囲にコーチをはじめとする多くの人が囲んでいる状態があり、そのネットワークの中で互いが関わりあって成長していくという考え方です。プレーヤーズファーストのように順番をつける考え方ではなく、また従来の師弟関係のように上下を作ることもしない、フラットで双方向な関係性を重視しています。国際的にはこのセンタードという言葉が使われることが多いようです。
続いて、伊藤さんから「プレーヤーズセンタードコーチング」を理解するための3つの視点が提示されました。村上さんからは現場での気付きなど、より現場に近い立場からお話がありました。
視点① —動機—本人の意志で始めたスポーツは、パフォーマンスが上がりやすく長続きする
1つ目の視点は、モチベーション(動機)が結果に影響するということ。(スポーツ心理学の)「自己決定理論」によると、本人の内側から湧き上がってくる「やらずにいられない!」というような動機(内発的動機)があることが重要で、同じ練習メニューでも「やらされる」より「やりたい」と感じるほうがパフォーマンスは高まります。
これらを裏付けるデータも紹介されました。イギリス・プレミアリーグのユースチームを経てプロになった子どもたちは、練習以外にも遊びでサッカーを楽しんでいる時間が多かったという統計です。つまりサッカーが好きで自ら遊んでいた子どもたちのほうが上達していた。能力を伸ばすためには、子ども主体で自発的にやる活動=創造的学習(デリバリットプレイ)が重要だということです。
人間の基本的な3つの心理的欲求は、「有能感」「自律感」「関係性」だといいます。特に自律(自分で自分をコントロール)をすることがやる気を高めるキーになります。自分で選んだことは一生懸命チャレンジし、パフォーマンスが上がりやすいので有能感にもつながり、周囲との関係性も良くなるという好循環が生まれます。
では具体的に「やらされている感」を持たせないように指導者はどのような関わり方をすると良いのでしょうか?
伊藤さんによるとポイントは2つ。①練習メニューの内容を楽しめるものにすること。子どもたちのやりたいことができる場を提供する。②コミュニケーションでやる気(“やりたくなっちゃう”気持ち)にできるかどうか。
そのためにコーチはトレーニングの際、TELL(指示)・SELL(提案)・ASK(質問)・DELEGATE(委譲)という4つのアプローチを状況によって使い分けます。中でもASK=さまざまな種類の問いかけが効果的。コーチが日頃より質問力を鍛え、双方向のコミュニケーションを活発に行うことがプレーヤーの自律につながり、指導者にとっても学びになる「学びのパートナーシップ」を築くことができるでしょう。
コーチングについては、よくティーチングなのかコーチングなのか、という対比で語られることが多いですが、伊藤さんは「相対するものではなく、ティーチングもコーチングの一部」と言います。コーチングは、プレーヤーの自己決定を引き出すことに主眼を置きます。
視点② —運動学習—コーチの役割は環境づくり。複雑な環境の中でタスクを与え、発問し、支援する。プレーヤーは、そのプロセスの中で考え学んでいく
2つ目の視点は、運動学習理論の観点からのコーチングです。
線形の(従来型の)運動学習理論では、プレーヤーは一連の運動スキルを習得するにあたって、身体と五感をフルに使って修正を繰り返しながら身につけていきます。この場合コーチの役割は、プレーヤーが主体的にフィードバックのサイクルを回せるよう観察し、足りない視点を与えたり支援したりすることです。プレーヤーは自ら学習していきます。
伊藤さんが注目する「非線形の運動学習理論」では、人は与えられた環境の中に適応していくといわれます。ゲームで起こり得る状況を再現するような小ゲームを作り、そこにさまざまな制限を設けると、プレーヤーはその制限を刺激としてうまくやっていく方法を自分で発見し、学びます。コーチはそのプロセスに口出しせず、環境・タスク設定・発問に徹します。
村上さんから、エディ・ジョーンズ氏(前ラグビー日本代表ヘッドコーチで、現イングランド代表ヘッドコーチ)が指揮するラグビー日本代表チームのS&Cコーチを務めていた時のお話がありました。環境の変動にどう対応するかをプレーヤー自身が考え問題解決していくハイレベルな練習を続ける中、伊藤さんとの出会いがあったそうです。プレーヤーの成長を支援するコーチ側も学び、成長しなければいけないと感じたと言います。コーチも、変化する環境のひとつにならなくてはいけないと。
視点①に出てきた4つのアプローチ(TELL・SELL・ASK・DELEGATE)は個々のプレーヤーやチームの状況、時期によっても変わります。相手を観察し、質問し、傾聴・共感して相手を理解して次の一手を考える。これはとても難しいことで、コーチ自身も質問の練習をしないといけない、と伊藤さん。ひとくくりに質問といっても、オープンクエスチョン(何がわかった?次に何をする?など)とクローズドクエスチョン(はい/いいえで答えられるもの)があり、オープンの中にも上位(抽象的)と下位(具体的)の質問があるので、プレーヤーのレベルによって変える。なるべくオープンクエスチョンの引き出しを増やす努力をするべきとのこと。
視点③ —ライフスキルの獲得—予想できないことが起こった時、どう解決し、目標を達成するか。スポーツを通じて身につける「問題解決力」は、社会でも必要とされる重要なスキル
3つ目は、「プレーヤーズセンタードコーチング」によって育まれるのは、スポーツの場面だけではなく、社会に出てからも役立つライフスキルを磨いているということです。
現代社会は、VUCA(ヴーカ)=先行きが不透明で、将来の予測が困難な時代といわれます。予想外のことが次々に起こる状況というのは、まさにスポーツそのもの。スポーツを通じて鍛えられる問題解決力や判断力といったスキルは、そのまま社会人として生きていく上での強みにもなるというのです。現在はもちろん、将来的にますます大切になっていくスキルです。
ビジネスの世界でも重視されるフレームワーク「OODAループ」は、Observe(観察)・Orient(状況判断、方向づけ)・Decide(意思決定)・Act(行動)のステップを回し、素早く意思決定していく方法ですが、これは、スポーツの中でプレーヤーが自然にやっていることと同じなのです。
最後に。今回お話しした「プレーヤーズセンタードコーチング」は、VUCA、カオスな世の中、ダイバーシティなど現代社会の複雑な課題に向き合うためにも役立ち、スポーツ全体の価値向上にも貢献する、と村上さん。伊藤さんは、「プレーヤーズセンタードコーチング」の目指す姿は、スポーツを、プレーヤーまたはコーチだけではなくお互いに支援し合ってコミュニティとして成長していけるものにすること。スポーツが世の中を良くしていくことを目指している、と話されました。
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文/河津万有美 スライド資料/伊藤雅充教授提供