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テーマ1:さまざまなカテゴリーの育成を経験して得られたこと
海外から日本のサッカーを俯瞰して
現在、シンガポールプレミアリーグ「アルビレックス新潟シンガポール」の監督を務め、2022シーズンは、チームをリーグ優勝に導いた吉永氏。チームの編成は日本人中心だが、シンガポールの若い選手の育成にも取り組んでいる。海外から俯瞰し日本のサッカーの良さや課題に気づくこともあるという。
「やはり決められたことを守るとか我慢強く戦うという点では、日本人らしさがあると思いますね。ただ、試合でのとっさの決断、対応力については課題もある。もっと指導者の想像を超えるような選手が出てきてもいいんじゃないかなぁ」と感じるという。
指導者としてもチャレンジを続けてきた、異色の経歴
吉永氏の指導経歴は、三菱養和サッカースクールに始まり、福岡ブルックス(U-12、U-15)、アビスパ福岡(U-15、U-18)、日本サッカー協会ナショナルトレセン、清水エスパルス、サガン鳥栖、山梨学院大学附属高校サッカー部、ヴァンフォーレ甲府、アルビレックス新潟と、アカデミーやJクラブ、高校部活と実に多岐にわたる。尽きないチャレンジ精神はどこからくるのだろうか。
「選手たちに常々チャレンジしてほしい、プレーを続けてほしいと言い続けている以上は、やはり自分自身も同じ場所、レベルで停滞したくないし、チャンスがあればチャレンジするべきだと。新しい場所で新しい出会いがあって新しい刺激をもらって。その中でベストを尽くす、その繰り返しです」(吉永氏)
その吉永氏にとって最大の出会いは、S級ライセンスを取得するための養成講習会で長谷川健太氏をはじめとするトッププレーヤーたちと交流したことだという。さらに上を目指したい、トップチームで指導したいという意欲が芽生えたという。
プロと育成世代、指導スタンスの違いは?
小学生からJリーグのトップチームまで、あらゆる年代の育成を経験してきた吉永氏にぜひとも聞いてみたかったのは、プロと育成年代の指導スタンスの違いについてだ。
「育成年代に対しては、優しくミスを認めて見守るような、我慢することが必要なのかなと思います。トップレベルになれば当然、チームの勝利、結果が求められますが、育成年代にそれを求めると、失敗を恐れてチャレンジしなくなる可能性があります。選手が大きく成長していくきっかけをなくしてしまうんじゃないかと感じます」(吉永氏)
また、いずれの年代についても、“優しさと厳しさのバランス”を考えるとも。
「育成年代であってもダメなものはダメと言わなければならない。ただ、その瞬間に伝えなきゃわからない選手もいれば、逆にその場で伝えない方がいい選手もいる。いろいろなやり方があって、数字を使って理解を促すのもひとつの方法。今はトレーニングや試合でGPSデータを取ることも増えているので、データを見せて伝えると伝わりやすい。テクノロジーを活用し、エビデンスを用いて理解をしてもらうこともできるんじゃないかな」と話す。
選手一人ひとりと、どう向き合ってきたか
吉永氏が山梨学院大学附属高校サッカー部のヘッドコーチとして赴任した日に「寮の監督室の扉はいつでも開けているよ」と言って選手たちを招いたという逸話がある。サッカーのピッチ以外での生活態度や性格なども知り、選手一人ひとりとコミュニケーションを取ろうとする姿勢が表れているエピソードだ。
「10 人いたら 10 人とも個性は違うので、指導の方法・タイミングも変えているところはありますね。褒めた方が伸びる選手もいれば、要求度を上げた方が成長する選手もいる。その見極めは日々の練習のちょっとした変化だったり、その選手の性格だったり、いろんなことを見ながら決めていく感じです」(吉永氏)
自身が選手だった頃は、自分にも周囲にも非常に厳しいタイプだったという吉永氏が、現在のオープンマインドなスタイルに変化したきっかけは、最初に指導した三菱養和サッカースクールだった。自分をさらけ出すことや、自分自身がまず楽しむべきだということを、子どもたちから学んだという。
テーマ2:「今」だけでなく、選手たちの「未来」にも責任を持つ
選手のその後を見守りながら、指導もアップデートしていく
吉永氏は、教え子たちが卒業した後もSNSなどを通じて交流を続けている。誕生日にはメッセージを送って近況を聞いているというのも関係者の間では有名な話だそう。そこまでマメに教え子と関わり続ける指導者は稀だろう。
「自分は本当に大勢の人から影響を受けて成長させてもらい、今もこうやって仕事ができているので、人のつながりを大事にしたいという思いがあります。指導の期間が終わったらそこで終わりじゃなくて、その子たちがどういう風に成長していくかっていうことを知ることの方が大事かなと。よくも悪くもそこに自分がやったことの結果がついてくると思っている。それを見て、今やらなきゃいけないことをまたブラッシュアップしていくっていう。それを繰り返していかないと自分も成長しないので」と語る。
目の前の勝利だけでなく、選手の将来も見据えた選択
指導者が長い目で子どもたちの成長を考えている一方で、本人たちは目の前の勝利、結果を強く求めている。頂点に向けて全力を出し切った結果、燃え尽き症候群になってしまうこともあるという。
「当然、自分も勝ってもらいたいという思いでやっています。でもそこでダメだったから全てが終わっちゃうようなことにはしたくないですよね。先にもまたチャンスはあるし勝てるかもしれない。例えばサッカー競技は離れたとしても、そういう思いで仕事をし、生きていくことはすごく価値のあること。だから育成年代の指導者に対する評価って、勝ったからいい指導者というだけではないと思っています。巣立っていった選手がどういう人になっていくのか、社会でどう頑張って活躍していくのかというところまで見て評価をするべきじゃないかな」(吉永氏)
情報が溢れているこの時代、改めて人と向き合うことの重み
吉永氏が指導の現場に携わってきた30年あまりの間に、サッカーを取り巻く環境も変化し、指導者に求められる役割も変わってきた。戦術的な情報は簡単に手に入れられるようになり、指導者よりも選手の方がたくさん映像を見たり、言葉を知っていたりすることも多々あるそうだ。誰もがさまざまな方法でサッカーを勉強できる時代だ。そんな時代だからこそ、指導者が指導する相手、「人に向き合い、人を理解すること」が大事だと吉永氏。昨今の指導者が軽視しがちな部分でもあると指摘する。
やる気スイッチは人それぞれ。個別の育成プランを積極的に取り入れる
選手との信頼関係を築き、個性にあった指導をするということはもちろん簡単なことではない。多くの指導者の方々がどうやれば選手のスイッチが入るかを模索しているだろう。ひとつの手法として、IDP(インディビジュアル・デベロップメント・プラン=個別育成プラン)を取り入れることも有効だと吉永氏。
「あなたはどういう選手になりたいんですか? をまず明確にします。僕はメッシのようになりたいとか、それでもいいと思うんです。逆算して、じゃあ今、何をしなきゃいけないんだろうね?と考えてもらい、選手自身が思う課題と私たちが思う課題とを擦り合わせしながら、こういうことしていこうねって課題を共有する。
選手たちは与えられたものだけで成長するわけではなく、自分にはこれが必要だ! と自ら気づくことで取り組み方が変わると思います。そのきっかけを作るひとつの方法ですね。IDPという形式に限らず、サッカーノートや、面談の機会などを利用して一人ひとりとやり取りをする機会を作るというのはすごく大事かなと思います」(吉永氏)
交流の中で、選手や子どもたちが思ったことを自由に表現できる環境を作っていくことも、また指導者の使命だという。指導者に対して物怖じせず「僕はそう思わない、こうやりたい」とぶつけてくるような子が増えれば、日本のサッカーはもっと強くなっていくのではないだろうか。
子どもたちが必要なものを身につけて、私たちは未来に送り出す役割
今回のセッションでは、育成年代の指導に携わる視聴者の方々から吉永氏への質問も多く寄せられ、「伸びる選手の特徴」や「指導者に求められる知識や経験」、「スポーツ全体に共通する子ども人口減少の問題」など、多くの指導者が抱える悩み・課題が投げかけられた。その中で吉永氏は、ポニーリーグ(中学生の硬式野球リーグ)の取り組みについて言及。「良いものは取り入れたい」と、競技に縛られず、幅広い視野で情報収集を行う姿勢についても示してくれた。
最後は視聴者に向け、「子どもたちに触れている僕ら指導者が長期的な未来を考える。そこに向かって必要なスキルや考え方をちゃんと身につけられるよう、子どもたちを未来に送り出すという作業は、我々にしかできないこと。今を大事にして、ちゃんと未来につなげるっていうことをみんなが考えるようになると、もっともっとスポーツの持つ価値が高まってくんじゃないかなと思います。みんなで頑張っていきましょう」とエールを送った。
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文/河津万有美