熱中症のリスクを下げる「暑熱順化」とは?
重度熱中症「労作性熱射病」の危険性を知ろう
暑い中で運動すると、気温や湿度など環境条件によっては体内で発生する熱が十分に発散できなくなり、熱中症を引き起こすリスクがある。WBGT計を用いて活動場所の暑さ指数を測り、運動指針に従って活動内容や用意する備品を検討してもらいたい。
「熱中症」とは暑さによって生じる障害の総称で、症状の程度によって(1)熱失神、(2)運動誘発性筋けいれん、(3)熱疲労、(4)労作性熱射病、この4段階に分けられる(「労作性」とは、労働やスポーツ活動など身体を動かすことによる、の意味)。
(こちらの記事もご参考に)
中高生部活動の「労作性熱中症」を防ぎ、暑い季節にも効率良く運動を行うには?—知っておきたい、予防から応急対応まで(TORCH)
(4)労作性熱射病になると、積極的な全身冷却と救急搬送が必要となる。最悪の場合死に至ることもあるので、軽症のうちに早めの対処が鍵となる。
「40度以上に上がってしまった深部体温を30分以内に下げることができないと、内臓に損傷をきたし重篤な後遺症が残るケースがあるので、異変に気付いたらすぐ冷却を開始してほしいです。『熱中症』は、年齢や性別に関係なく誰にでも起こりうる傷病です。特に、部活動を行う選手の中には、自分の状態に気付かなかったり、不調を感じても言いづらかったり、モチベーションが高く責任感が強い選手の場合、不調を我慢して『大丈夫です』と言うことも。熱中症のリスクを減らすには、チームで共通認識を持つことと、体調不良を訴えやすい環境づくりが重要ですね」(アスレティックトレーナーの山中美和子氏)
気温が高くなくても湿度が高いと汗が蒸発しにくく、体温が下がりにくい。涼しい日であっても練習前には気温、湿度、風をWBGT計でチェックし、練習内容を調整することも予防につながる。また脱水状態で練習することも熱中症のリスクを高めるので、給水はこまめに実施しよう。
「運動前後の体重を量ることで練習による発汗量の目安を知ることができます。体重減少率が普段の体重の2%を超えると脱水状態と言えるので、2%未満に収まるように水分補給していただきたいです。体重を量ることができないなら、尿の色をチェックするのも使える方法だと思います。尿の色がレモネードならOK、リンゴジュースはNGというと分かりやすいでしょう。尿の色は薬やサプリメントでも変わりますが、選手が毎朝自分の尿の色を確認する習慣をつけておくと安心です」(山中氏)
気温が上がり始めたら、身体を暑さに慣らす「暑熱順化」をスタート
熱中症を防ぐヒントは暑くなる前にある。そのキーワードは「暑熱順化」だ。暑熱順化は、暑さに身体を慣れさせることをいう。気温が高い中で運動をしてもパフォーマンスが落ちないよう、よりたくさん汗をかき効率的に体内の熱を放散できるような、暑さに対応できる身体をつくる必要がある。
米国では、夏の競技シーズンに入ると最初に10~14日程度かけて暑さに慣らしていく期間が設けられているという。
「日本の部活動はシーズンのオンオフの概念なく年中活動していると思いますので、米国のガイドラインより柔軟な対応ができると考えられます。5月に突発的に暑くなる日や梅雨の晴れ間は運動の強度を落として対応するのがよいでしょう。梅雨明けなど、継続的に暑さが増してくるような時期には徐々に身体を暑さに慣らすことを心がけてください。具体的には、強度を落とした60~90分ほどの運動を1日1回行うというところから開始し、7~14日かけて徐々に運動の強度をあげていきます。1日に何度も暑い中で運動をしたり、暑い中で高い運動強度で無理をしたりしても、暑熱順化を早めることはできず、むしろ熱中症のリスクを高めてしまうので、1日1回適度な運動をしたら、そのほかの時間は涼しい場所で回復に充てます」(山中氏)
暑熱順化を経ると「汗をよくかけるようになった」「呼吸が楽になった」「持久走でバテなくなった」「暑さを感じにくくなった」など、選手の実感にも変化が生じる。暑熱順化を行った上で、指導者が選手一人ひとりの様子に目を配ることで、熱中症のリスクを最小限に抑えていく。
暑さに対する身体の変化に関して注意したいのは、暑熱順化を経て身につけた暑さへの耐性はずっと継続するわけではないということだ。急に涼しさが一定期間戻ったり、期末テストなどで運動をしない日が続いたりすると、暑さへの耐性は暑熱順化の前の状態に徐々に戻っていく。涼しい環境が14日間続くと、暑熱順化で獲得した身体の適応の1/3程度は失われてしまうという研究もある。その際は、改めて暑熱順化を行うのが望ましい。
「2度目の暑熱順化は、早く適応が起こるので2〜4日くらい設ければよいでしょう。1度実施したからいいということではなく、状況の変化に応じて再び行うことが大切です」
熱射病発症時には「クールファースト」。体表面を広範囲に冷やす
万一労作性熱射病を発症した場合に忘れてはならないのが「クールファースト」だ。救急搬送の到着前から、現場で冷却を開始することが選手の命を救う。備えておくとよいのは、全身を冷却できるアイスバス(氷の入った水風呂)だ。専用の道具を用意できない場合には、大きなレジャーシートをプール代わりに、大人が持ち氷水をためてアイスバスの代用をすることもできる。労作性熱射病の選手を中に入れ、氷水をかけて冷却する。
万一いずれの方法も取ることができない場合、とにかく体表面を広範囲で冷やすことが重要だ。氷水で濡らしたタオルで全身を覆い、何度も繰り返し交換するなどして、冷却し続ける。
「倒れたり吐いたりという明らかな症状でなくとも、ふらついたり会話がおかしいと感じるときは要注意です。熱射病ではヒステリックに叫んだり怒ったりすることもあります。指導者は選手の状態をこまめにチェックしておくことが必要です」
なお、救急搬送が必要かどうかの判断に迷う場合などには、日本スポーツ協会発行の『スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック』7ページ、「CHECK 熱中症になってしまったら」フローをご参考に。
矢板中央高校サッカー部に聞く:新たな暑熱対策として冷却ベストを試用体験
学校の部活動の暑熱対策の実際について、全国的にも知名度の高いサッカー強豪校である矢板中央高校サッカー部を取材した。239名という部員を抱えるチームは、練習や試合の場でどのような工夫をしているのか。新たな暑熱対策アイテムとして注目される「ザムスト アイス&チャージベスト」を約3週間、試用体験してもらった感想も併せて聞いた。
夏季の活動は、気温や湿度、選手の体調をより細かくチェック。必要な備品をすぐ手に取れる場所に用意
暑い季節に練習を行う際、注意していることは?
高橋監督:まず練習前の選手の健康チェックですね。前日の休息や睡眠、食事がどうだったかを通して、選手の身体の状態をつぶさに把握するようにしています。練習がある日はWBGTの数値から練習に適した環境かどうか、また気温が低くても湿度が高いなど、注意すべき点を判断しています。
熱中症対策として、現場には何を用意していますか?
高橋監督:水分補給としては、試合があるときは20~25人の生徒につき、2リットルのスポーツドリンクを6~7本用意しています。普段の練習場には、選手が好きな時にOS-1を買える自販機を設置しました。また塩分補給用に、選手がいつでも手につけてなめられる塩も常備しています。
冷却を目的としたものは、水を出しっぱなしにできる大きなプールですね。練習場には大きな製氷機があるので、氷をふんだんに使えるようにしています。
熱中症対策に感じている課題は?
高橋監督:選手一人ひとりの状態を正確に把握する難しさです。モチベーションが高く責任感が強い選手は無理をしがちで、不調を言わないことがあるんです。本人の性格や言葉に関係なく、選手の状態をデータとして把握できるツールの活用が必要だと感じています。
炎天下で動きの少ない指導者やハーフタイムの選手の暑熱対策にも、ザムスト アイス&チャージベストの冷却力が有効
今回試していただいたザムスト アイス&チャージベストは、タンク一体型の水冷ベストだ。背中のタンクに少量の水を入れ、スイッチを入れるとベスト内側に張り巡らされたチューブに水が流れ、身体を冷却する。タンクの中に水と一緒に氷や凍ったペットボトルを入れることで、冷たさを増すことができる。バッテリー内蔵で、連続稼働は約7時間。動きやすく重さを感じないライトなベストは、スポーツ現場でどう受け止められたのか。
アイス&チャージベストをどのように使いましたか?
石河愛輝さん:今回ベストを着用したのは、怪我をしてリハビリ中の選手数人です。リハビリ中は軽い練習のみ参加し、ほかは選手のサポートに回るんですが、その間ずっとベストを装着していました。ゴールデンウィークに気温が30度を超えた日を含め、これまで何回も使っていますが、動いていないときに特に冷たさを感じますね。
浅木野優斗さん:私も怪我でリハビリ中なので、ボール拾いや飲み物の用意をする中、ずっとこちらのベストを着ていました。スイッチを入れるとすぐに冷たくなることに驚きました。
満田琉雅さん:私はタンクに製氷機で作った氷と水を入れて使っていました。動くと氷の冷たさを感じて涼しいですね。暑い日は氷が解けるのが速かったですが、製氷機から氷を補充すればすぐにまた冷たくなりました。
木村コーチ:今回、指導者も練習中にこちらのベストを試しました。保冷剤を入れるタイプのベストもありますが、遠征先では保冷剤を用意できないことがあるので、バッテリーで使えるこのベストは場所を選ばず便利ですね。個人的には、スイッチを入れると水が回っていることを感じるのがいいと思いました。音で涼しさが実感できました。装着した際の冷たさも問題なしです。選手には特に使い方の説明なしで渡しましたが、スムーズに使い始めていました。コンパクトで軽いので、軽い動きであれば妨げにもならないと思います。
アイス&チャージベストに期待することは?
高橋監督:今回ベストを試用して感じたのは、試合や練習の合間に活用する可能性です。試合前、ハーフタイム、試合後の動かないときに選手たちの熱をベストで冷やすことができれば、選手の安全とパフォーマンス向上につながると感じました。チームメンバー全員分は難しくても、10~15着用意して交代で使うようにできるといいなと感じました。
木村コーチ:熱中症に対する理解は、この5年ほどで大きく変化したと思います。選手の身体をいかに冷やすかという課題を多くのチームが感じているはずで、そこにこちらのアイス&チャージベストのようなテクノロジーを駆使していくことは、有効な選択肢になっていくでしょう。今回のようなアイス&チャージベストをチームの安全対策に揃えることができれば、熱中症への関心を高めると同時に、選手、スタッフ両者の安心感につながると感じます。
多くのスポーツ現場における選手の熱中症対策はいろんなことを試している一方で、指導者やスタッフは二の次という傾向が少なからずあります。選手と違って動かない指導者は、首にネッククーラーを巻いている人が多いんですが、ベストだと上半身全体が冷えていいですね。選手はもちろん、現場にいる人間全ての安全を高める動きがこれからも加速してほしいです。
さまざまなシーンで進む暑熱対策は、より安全で効率的な方法が模索されている。選手を支える指導者の方々が快適に指導でき、そして選手が持つポテンシャルを最大限発揮するために、これからも試行錯誤が続いていくだろう。
・ザムスト アイス&チャージベスト試用期間:2023年5月2日〜5月20日
・試用協力チーム:矢板中央高校サッカー部 指導者・選手の皆さん
取材・文/はたけあゆみ 撮影/小野瀬健二