サッカー育成年代におけるチーム育成の本質とは〈後編〉

元プロサッカー選手で近江高校サッカー部の監督を務める前田高孝(まえだ たかのり)さんが近江高校サッカー部に就任したのは2015年。3年後には滋賀県大会優勝。しかし、夢中で結果を出してきたものが、いつの間にか必死に変わり、上手くいかないことが増えていた時、元サッカー日本代表・菊原志郎さんと仲山進也(なかやま しんや)さんの著書『サッカーとビジネスのプロが明かす育成の本質』と出合う。仲山さんに連絡を取ったことが二人の始まりだ。「夢中と必死の違い」というまさに求めていた答えを得、自己理解が深まったという。そんな前田高孝さんと、組織・コミュニティ育成の専門家である仲山進也さんとの対談を通じて「育成年代におけるチーム育成の本質」を紐解いていく。

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前田 高孝
近江高校(滋賀県彦根市)サッカー部監督

元プロサッカー選手。シンガポールやドイツでプレー経験があり、世界を旅しながら見聞を広める。帰国後は大学サッカー部の指導に携わり、2015年4月より近江高等学校教員・サッカー部監督に就任。2年目にして滋賀県大会を制覇し、全国大会出場。3年目の2018年、高円宮杯JFA U-18 サッカープリンスリーグに昇格。

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仲山 進也
楽天株式会社楽天大学学長/仲山考材株式会社代表取締役

創業期(社員20名)の楽天に入社、楽天市場出店者の学び合いの場「楽天大学」立ち上げ。2004年にヴィッセル神戸の経営に参画。2007年には楽天で唯一のフェロー風正社員となり、2008年には自らの会社である仲山考材を設立。2016〜2017年にかけて横浜F・マリノスでプロ契約し、ジャイアントキリングファシリテーターとしてコーチ向け・ジュニアユース向けの育成プログラムを実施。個人・組織・コミュニティ育成支援の専門家として活動している。著書『今いるメンバーで「大金星」を挙げるチームの法則』『組織にいながら、自由に働く。』『サッカーとビジネスのプロが明かす育成の本質』など。

〈前編〉から読む

感情表現ができるようになるには、「心理的安全性」と「夢中」を引き出す環境をつくる

現代の高校生って、僕らが高校生だった頃とは違いますよね。あまり感情を出さないというか。

前田僕は勝気な人間だったので、サッカーなら1対1で絶対に負けたくなかったし、試合で負けると悔しかった。今の子たちは勝気なところを持っていますが、他人に見せないし、どう表現していいのか分からないところがあるような気がします。感情を出すことで周囲から「なんだよ、それ」と指摘されることを恐れているのではないかなと思っています。僕は、グラウンドは喜怒哀楽を表現できる場所であってほしいと思います。仲間たちの前でサッカーしているときは感情を出してやっていました。今の選手は周りからどう思われるかを恐れているし、気にしていると思います。

仲山まさに心理的安全性の話につながると思います。「こんなこと言って大丈夫かな?」と不安に感じてしまうのは、心理的安全性が確立していない状態なので。昔のように、強気な選手がいて、負けてくやしい感情のまま激しく本音を言ったとしても監督が咎めなかったら、「あんな風に感情を出してもいいのか」と分かるので、ほかの選手もその後、感情を共有しやすくなります。そういうことが積み重なって心理的安全性はできていきますが、みんな大人しくて最初に感情を爆発させる子がいないと、いつまでも「あれでいいんだ」と気付けません。

感情表現することは大事だと思うのですが、日本の子どもたちは自己主張すること、自分を表現することを良しとしない空気感のなかで生きていると思います。それがサッカーに悪影響を及ぼしている気がします。そんな中で、夢中になるのって難しい気もします。

仲山夢中になる秘訣は、サッカーを遊ぶことです。「勝たなければならない」というのは仕事っぽいけど、「俺たちより強いところに勝てたら面白くない?」というノリは「面白い遊びがあるからやろうぜ!」というのと同じですよね。遊びって、「退屈な状態を抜け出して夢中になるための活動」です。だから、遊んでいる人は、退屈や不安を感じたら夢中になれるようチューニングを変える工夫をしています。近江高校も、最初は遊びのような感覚だったから、みんなで夢中になってやれていたのでしょう。でも、負けてはいけないという雰囲気が生まれると、仕事をやらされているような気分になって、うまくいかなくなります。

前田夢中になれているかどうかは、良いトレーニングか悪いトレーニングかを見分ける視点だと言われていましたよね。夢中になれている時は、強度が自然と上がっていることに気付きましたし、彼らがトレーニングしているときに気を配るようになりました。

仲山マリノスのスクールコーチに同じ話をしたら、「子どもの見方が変わってきた。前は自分が言ったことをきちんとやっているかを見ていたけれど、夢中の図を知ってからは退屈そうじゃないか、夢中でやれているかを見るようになって、お題のチューニングを変えてみようと思えるようになった。そうすると子どもが楽しそうにやるようになって、手ごたえが変わってきた」という話をしていました。

前田幼稚園や小学校くらいの子どもと一緒にサッカーをやっていたときは、「どうやったら話を聞いてくれるかな」「こうしたら楽しんでくれるかな」を考えていました。彼らは夢中になれることしかやらないですからね。

仲山ただし、「夢中にさせる」という表現には要注意です。ある学校の先生が、子どもを夢中にさせるためにいろいろな遊びをやらせていたら、女の子が「先生、もう遊んでいい?」って聞いたという話があります(笑)。夢中にさせようとすると、やらされ感が出るのです。だから「夢中にさせる」のではなく、「夢中になりやすい環境を作る」ことが大切ですね。

前田仲山さんの話で「夢中になれるような人を育てたら良い育成」という言葉が印象に残っています。自分の人生を振り返ったときに大事なことだなと思いました。夢中になれたら、サッカー以外のどんなことをしていてもハッピーになれると思います。

サッカーを知るために、サッカー以外のものを見る。そのために、世界を旅する

前田大学に入ってから休みのたびにバックパッカーをやっていました。カバン1つで南米の国に行くとヒッピーのような人と出会う機会がありました。そのなかの1人が「自分の理想やあるべき姿で、社会のなかでうまく生きていけたら格好いい」と言っていました。同じ生活をしているのは簡単だけれど、違う世界に飛び込んで自分の思いを周りに伝えながらグレーな色でやっていくのが良いと言っていたことが印象に残っています。白か黒かではなくグレーなところでしか社会では生きられないと思います。そのなかで自分で夢中になれるようなチューニングができるとハッピーだし、そういう子たちになってほしいなと思っています。

仲山みんな、「自分が正しくて、相手が間違っている」と思いがちですが、実際は「どちらもそれぞれ正しさがある」んですよね。お互いの正しさの「間が違う」のが間違いということで、後はすり合わせながら「間」をチューニングして、ほどよい「間合い」を見つけることが「グレー」のニュアンスですよね。

前田仲山さんとお会いした1週間後には、ヨーロッパに1カ月行っていました。つい先日までイタリア、イギリス、オランダ、スコットランド などのヨーロッパにいて、新型コロナと入れ違いで帰ってきました(笑)。

仲山イタリアには何を目的に行ったのですか?

前田サッカーの試合を観に行くこともそうですが、感度の高いものに触れるというのも目的のひとつでした。普段目にしない芸術的な場所やミュージカルを見るなど、本物と呼ばれる物を見た時に自分はどう感じるのかを知るためです。

仲山どんな学びがありましたか?

前田サッカーは7試合ほど観たのですが、ヨーロッパはサッカーがひとつの文化になっていて、熱狂的な観客が多かったです。相手チームに中指立てて「F××k!」とか叫んでいるお爺さんもいたのですが、日本ではほとんど見ない光景ですよね。そこまで熱狂できるような、素晴らしいものに接しているのだなと思いました。美術館やミュージカルも観ましたが、生と死がリアルなほど人間は熱狂するのかもしれないと感じましたし、とても感動が大きかったです。美術館のなかには面白い言葉がたくさん落ちていたのですが、面白かったのは仲山さんも言っていた「一つの分野を極めた後にほかの分野を極めると掛け算でものすごいものができる」というものです。掛け算を実践している芸術家の方もいて、こういうところからインスピレーションがあるのかなと1人で想像して楽しんでいました。

ピッチへ指示を送る前田さん (撮影:森田将義氏)

指導者は「視点」を与えるだけ。自分で気付くことで身に付いていく

仲山現時点での課題や問題意識は何ですか?

前田最近だと3月の頭から20日まで滋賀県では練習が自粛になっていて(取材は2020年4月3日)、生徒は家にこもりっぱなしの状態になっていました。自粛明けからのトレーニングでは、インターハイまで残り少ないし、チームを作らないといけないという意識で最初の1週間ほど接していたことに気付きました。今年に入るまでは自分がやるよりも選手がどう思うかを高めなければいけないと思っていたのに、また同じことを繰り返してしまっている自分に気付いて、次の1週間からどう立て直すかを考えていました。僕もまだ未熟なので反省しながらやっています。

仲山自分で「必死モード」になっていると気付けるようになったのですね。それは夢中体質になれてきた証拠ですね(笑)。

前田まさにそうです。なので、仲山さんの本は職員室と自宅に1冊ずつ置いてあります。いつもそばに置いて、繰り返して読み返せるようにしています。

仲山育成で大事なことのひとつは「視点を与える」ことだと思います。「視点がないものは見えない」んです。どういうことか、僕の経験でお話しすると……、息子が1歳の時に車に興味を持ち始めたのですが、子ども向けの本は薄くてすぐ飽きてしまうので、『カーセンサー』を渡してみました(笑)。そうしたら夢中で読み始めて、3歳で道路を走っている車の車種をほぼ言えるようになりました。僕も付き合って読んでいたら、車に興味がなかったのに車種がわかるようになりました。その後、名古屋に出張したときに、「名古屋の車はトヨタばかりだ」ということに初めて気付きました。名古屋には何度も来たことがあるのに、今までは車種に対する視点を持っていなかったので気付けなかったわけです。そうやって視点を獲得することで、自分で気付いて考えられるようになります。ただ、視点を教えるよりも、答えを教えたほうが早く結果が出るから、正解としての判断を教えたくなってしまいがちです。

前田「自分で気付かなかったら身に付かない」ということが仲山さんの本にも書いてありましたよね。教えてできたことはなかなか身に付かないけれど、彼らが自分で気付いたことは身に付きやすい。しかし、何もやらなければ視点がないから気付けない。それぞれの選手が視点を持てるようにしてあげることが育成では大事だと思っています。

仲山「教えすぎ問題」と「教えなさすぎ問題」というやつですね。

前田視点も何も教えないままで「自分で見つけてください」と言ったところで、何も見つからないままになってしまうと思います。

「ふりかえり」がチームを前進させる

仲山選手が自分たちでチームとして「ふりかえり」ができるような習慣が作れると、学びが劇的に早くなると思います。みんな自分が見ているものが真実だと思っているけれど、みんなそれぞれ見えているものが違ったりしますよね。まずは「自分には何が見えているのか」を共有する習慣を作るだけで、かなりの変化が生まれると思います。見えているものが揃えば、意見が合いやすくなります。裁判と同じだと思っていて、裁判ではまずは証拠を確定してから話し合いをしていきますよね。見えているものを揃えてから、解釈することが大事だなと思っています。

監督と選手でも同じですよね。伝える側が同じ景色を見せられないと本質が伝わらない。最初から選手同士でやらせるのは難しいと思うけれど、コツがうまく伝わればできるようになっていきますよね。

仲山映画を観て感想を言い合うのは、「何が見えたか」を事実として切り出して、話をする習慣を作ることにつながります。「サッカーでも同じようにすればよいのか」とみんなが思えるようになれば、うまくできるようになるはずです。

前田「ふりかえり」会を定期的にやるともっと良くなると思いました。あとは僕らが介入し過ぎると違う話になってしまうので、そこも配慮しながらですね。逆に僕ら指導者は感度が高いものにたくさん接して、拾い出さなければいけないと思っています。生徒には本当に良いものを見せないと時間の無駄になってしまうから、僕らはその倍以上は見てサッカー以外の分野で良いものを探していかなければいけない。

仲山まさに「イタリアでこんなものを見つけてきたけれどどう思う?」ということですよね。

前田そうですね。自分が本当に面白い、楽しいと思ったことを見せないといけない。

仲山イタリアまで行った価値が高まりますね。とても良いと思います。「ふりかえり」をサッカーだけでやると、勝ったときは別にふりかえろうとしないし、負けたときは感情が先に立って話し合いがしにくくなってしまう。普段から話をする3~4人では話すけれど、全体で「ふりかえり」ができているチームは、世の中にほとんどないかもしれません。だからこそやってみてほしいです。

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聞き手・文/今井 慧  写真/森田将義、守谷美峰