指導経験ゼロから名門を再び優勝へ。「言語化で勝つ」チーム作り

勤めていた会社を辞め、指導経験ゼロから早稲田大学ラグビー蹴球部監督に就任した中竹竜二氏。その後ラグビーU20日本代表ヘッドコーチを務めるなど、世界トップレベルの指導者になった背景には、選手一人ひとりの個性を伸ばすことに注力する指導方針があった。指導者の仕事は、教えることではない、誰よりも学び続けることだ。そう言い切る中竹氏に、選手を育てる極意を伺った。

インタビュイー

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中竹 竜二
株式会社チームボックス代表取締役、公益財団法人日本ラグビーフットボール協会理事

1973年生まれ、福岡県出身。早稲田大学卒業、レスター大学大学院修了。三菱総合研究所ロンドン勤務を経て、早稲田大学ラグビー蹴球部監督に就任。2010年より日本ラグビーフットボール協会の指導者を指導する立場であるコーチングディレクターを務め、協会理事就任。兼務しながらU20日本代表ヘッドコーチを3期、日本代表ヘッドコーチ代行も務めた。2014年、企業のリーダー育成トレーニングを行う株式会社チームボックスを設立。2018年一般社団法人スポーツコーチングJapanを設立、代表理事を務める。著書に『新版リーダーシップからフォロワーシップへ カリスマリーダー不要の組織づくりとは』(CCCメディアハウス)など多数。

指導経験がないから「教えられること」がないところからのスタート

早稲田大学在学中にラグビー部のキャプテンを務め、卒業後は三菱総合研究所へ入社しコンサルタントとして働いていたとのことですが、会社員から一転、早稲田大学ラグビー部監督に就任された経緯についてお聞かせください。

株式会社チームボックス代表取締役/公益財団法人日本ラグビーフットボール協会理事 中竹竜二氏

当時、早稲田大学ラグビー部を率いていた清宮克幸監督から「次の監督を託したい」と連絡をもらったのがきっかけです。「考えとけ」と言われたのですが、ほぼ決定事項でしたね(笑)。すぐに決断し、会社を辞めて監督に就任しました。

早稲田大学ラグビー部といえば、全国大学ラグビーフットボール選手権大会で最多優勝を誇る名門校。前任の清宮監督は、素晴らしいリーダーシップを発揮し華麗にチームを勝たせる指導者でした。カリスマ性も高く、多くの人の憧れの存在でした。

けれど、指導経験のない私に同じことができるはずもありません。何も教えられることがありませんから、「教えようとすること」を手放しました。

強いリーダーシップを発揮して選手を引っ張る清宮監督のやり方とは真逆のやり方だったのでは? 選手たちの反応はいかがでしたか。

選手たちからの批判や文句をいっぱい浴びました。「何で監督になったんだ! 」「今すぐ辞めてください! 」と。私も彼らと同じ立場だったら同じことを言ったと思いますよ。急に何も教えてくれない監督に代わったわけですから。名将の後任がサラリーマン上がりの指導未経験者となると、文句や不満が出ても仕方ないですよね。選手たちとの関係は最悪なところからのスタートでした。

よって、私が何かを教えるのではなく、選手一人ひとりの「個の力を引き出す」監督のあり方を築いていこうと思ったんです。なぜなら、私には「監督の指示通りに練習をしていたら勝てる!」というチームはつくれない。選手自身が考える自立したチーム作りをしようと考えました。

「どんなラグビーをやりたいか?」に答えられない選手

そこからどのように、選手との信頼関係を築いたのでしょう?

「どんなプレーがしたいのか? 」「どんな選手になりたいのか? 」「なぜそうしたいのか?」などとチームに問いかけ、一人ひとりと面談していきました。最初は、面談?なんで?って言われましたね。問いを続けることで、選手が自分自身と向き合い、チームとしてどうなりたいか、考えてもらいました。私は一人ひとりに適切なスキル指導はできない。それよりも、選手が自分らしいプレースタイルを見つけられるようサポートしようと思ったんです。

これまでは、「自分らしさ」なんて問われたことがないから、やはり最初は誰も答えられませんでした。今でも覚えているのは、「どんなラグビーをやりたいの? 」と聞くと「監督が考えてください。僕ら勝ちたいんで。言われた通りに一生懸命やるんで」と返ってきたことです。私も一応考えますが、プレーするのは私じゃない。選手自身で考え、自分の言葉で答えられるようになるまで、気持ちに寄り添い問いを投げかけ続けました。

ときには、文句ばかりを言う選手に、「リーダーがそんな態度でいいの? 不満や文句言ってて良いチームになるんだっけ?」と、率直に問うこともありましたね。最初は、面談をして何の意味があるんだ! と不満を漏らしていた選手たちも、自分自身と向き合ううち、だんだんと変化していきました。

選手へ「問い」を続ける期間はどのくらい続いたのでしょうか? チーム作りがうまくいき始めたきっかけなどありましたか。

変わるのにだいたい1年はかかりましたね。ある日、一番文句を言っていた副キャプテンが、試合に負けた3日後、頭を丸めてきたんですよ。そしてこんな言葉を言ったんです。

「これまで中竹監督のせいにしてたんですけど、負けた原因をつくっていたのは僕でした。ずっと人のせいにして向き合ってこなかったから。こんなチームの状態になったのは僕のせいです」と。

感激しましたね。「お前すごいね」と、率直に伝えました。だって、みんなと一緒に監督の不満を言っていた方が居心地がいいはず。それをたった一人で断ち切ってきた彼の行動は、相当勇気のいることだったと思うんです。

決定的だったのは、4年生最後の試合の決勝戦で惨敗を喫したことかもしれません。その姿を見ていた3年生は「監督に頼るんじゃなく、自分たちで勝たなきゃ」という責任感と自覚が芽生えたんだと思います。そのあたりから、自分たちで考えて行動するようになっていきました。選手の意識が変わったと同時に、勝つチームに生まれ変わっていきました。

一人ひとりが言語化し、「言葉で勝つ」チーム作り

選手たちが当事者として責任感を持って、どうやって勝つかを考え始めたんですね。

株式会社チームボックス代表取締役/公益財団法人日本ラグビーフットボール協会理事 中竹竜二氏

そうですね。スポーツに限りませんが、人の行動はほとんどが自身に対する「問い」から生まれます。例えば、試合中にボールを持ったとき、このボールをどうするか?と、問いを立てますよね。パスなのか? キックなのか? ランなのか? と。

内発的な動機が生み出され行動となっていく。指導者が深く「問い」について学び、適切な「問い」を選手に投げかけることができれば、選手はもっと成長するし、良い指導ができるでしょう。
そして、「問い」の後の行動につながる「意思決定」も大事です。適切な意思決定ができないと、ミスを繰り返したり、チームメイトとのコミュニケーションがうまくいかなかったりします。

適切な意思決定ができるようになるために、とにかく選手たちに話させることをしました。ミーティングでも私が「問い」を立てて、選手たちが発言する時間を多くとり言葉にするようにしてもらいました。自分で考えたことをとにかく「言語化」していく。一方的に説明を聞いて理解したつもりで、「できるようになった」と結論立ててしまうのは勘違いなのです。

まずはいかに自分は言語化できないか、と気づくことが意思決定の精度を磨くスタート地点ですね。

意思決定において、プレーそのものに改善の目を向けるのではなく、言語化のトレーニングに着目するのは面白いですね。

自らの考えを言語化し、正しい意思決定へと導くことが、何よりも指導者の大事な仕事です。選手たちにも、「パニックになったときこそ言葉にしよう」と伝えていました。例えば、トライを取られて点数が入ってしまったとき。選手同士で交わされる言葉が、他責的だと次のプレーでもまた同じミスをするでしょう。

そのため私は、ハーフタイムや点数を取られたときの会話にはとても重きを置いていました。ミスが起きたときのプレーをビデオで見返して「ここで何を話したの? 」「話してないよね。ちゃんと言葉にしてないよね」と確認し、早送りで次のプレーを見る。「ほら見て、同じミスが起こってるよ。ここで話をしないと。言葉にしないと」そんな指導を繰り返しました。習慣になると、自然にそのような会話が生まれます。この繰り返しで、試合中の悪い流れを変えられたり、同じミスを繰り返さないチームになっていきましたね。

言語化することを意識した練習をしたい場合、どんなことをすればいいでしょうか。また練習では、言語化をどのように使えばいいのでしょうか?

例えば、オープニングとクロージングの時間をきちんと取ります。練習が始まる前と、終わった後に言語化する機会を設けます。練習を始める前には、選手自身に「今日は何をどこまでやるか」という目標を決めてもらうといいでしょう。人から言われてやるのと自分で目標・計画を立てるのでは達成度合いが違ってきます。「この時間をどう使うのか?」を意識した方が集中できますし、「自分ごと」になりやすいですから。

また、練習が終わった後も、立てた目標が達成されたかどうかを振りかえる時間を設けるといいと思います。できれば練習時間内に。経験することと認知することは違うので、練習がどんな時間だったのかを脳に認知させておかないと、経験が身にならず流れていってしまいます。そして時間が経つと、思い出せなくなります。だから、練習を自分で意味づけする過程は重要なのです。

質問するだけが「問い」ではない

「問い」といってもどのように「問い」かけると良いでしょうか。考えやすくなるサポートも意識したほうが良いように感じます。

大人もそうですが、「自分はどうしたいのか」と問われても、なかなかすぐに答えられませんよね。同様に、私が監督をしているとき、最初は選手が答えられなくても至極当然だと思っていました。難しいことに取り組んでいることを伝えた上で、寄り添う姿勢が重要です。

自分を例にして見本を見せるのが最も簡単ではないでしょうか。「自分は昔、こんな選手になりたかった。コーチとしては、こんなふうになりたいと思っている」。何か例があると、選手もイメージが湧いて考えやすくなりますから。あるいは、「昔は俺も、どうしたいかと問われても分からなかったんだ。でも、分かった方がいいから、一生懸命考えよう」と言ってあげるのも大事ですね。選手が悩んでいるんだったら、悩んでるところから一緒に一歩を踏み出すのも指導者の役割です。

「自分の弱さを認め、相手にさらけ出せるか?」リーダーや指導者に求められる資質

最後に、中竹さんの思う良い指導者とは何かを教えてください。

株式会社チームボックス代表取締役/公益財団法人日本ラグビーフットボール協会理事 中竹竜二氏

自分の弱さをさらけ出せるかどうか、ですね。「自分もできない。分からない」と言えるかどうか。これはビジネスリーダーでも同じです。経営している株式会社チームボックスでは、事業のひとつに、顧客企業が執行役員などリーダーを選定するためのプログラムがあります。何を基準にリーダーを選ぶかというと、「弱さをさらけ出せるマインド」です。高いビジネススキルを持っていることよりも、ここを一番重要視しますね。スポーツの指導者に限らず、人を育てるリーダーの大切な資質はどの世界でも同じです。

選手に弱みを見せると、信頼を失ってしまう・不安にさせてしまうと言う人がいるのですが、ただ打ち明けるのが恥ずかしいだけだと思うんです。人は弱さを見せることで、信頼関係を築いていけるもの。できないことを認められる人ほど、実は人からの信頼をどんどん掴んでいます。

弱さを打ち明ける最初の一歩として「これ、言うのが恥ずかしいんだけど」と冒頭に一言つけ加える。それだけで、ずいぶん言いやすくなります。最初は形式的でもいい。繰り返すうちに習慣化しますから、だんだんと言えるようになっていきます。

それでも人に言うのは難しいと感じる方は、「日記」に書くのも方法です。頭の中に留めるよりも、「いやね、自分は悔しくて恥ずかしくて情けない人間でさ。分からなくてモヤモヤしているんだ」と、ノートに書いて言語化するんです。書くと自分で振り返れるので効果的です。その積み重ねで人は変わっていきますよ。

まず、指導者が学び、成長し続ける必要があるんですね。

おっしゃる通りです。主宰するスポーツ指導者のコミュニティでは、『No pain, No coach(痛みを伴わなければコーチではない)』を合い言葉にしています。学ぶことは、これまでの経験や価値観が覆されることでもあるので痛みを伴うでしょう。ですが、より良い指導者になるには、過去にしばられず今の自分と向き合い、学び続けることが重要です。教えるのではない、「学ぶこと」が指導者の仕事でしょう。

残念ながら、人は一人で成長するのは難しいですから、弱さを打ち明け、人の手を借りることは成長するために必要なスキルです。孤独で戦うことが美学ではない。その認識を持って、人に頼りながら学び、指導者として成長していってほしいですね。

株式会社チームボックス代表取締役/公益財団法人日本ラグビーフットボール協会理事 中竹竜二氏

取材・文/貝津美里  撮影/堀 浩一郎