Session1:スポーツで子どもが成長する秘訣・うまくなる力の育て方〜スポーツ科学入門〜
「パフォーマンスを上げる=大きな家を建てる」ことになぞらえ、大きな家を建てるには「広く・安定・整った土地=土台」が必要
これまでサッカー指導に長く携わり、小学生から高校生までの育成年代を中心に、女性アスリートや成人アスリート、多様な特性を持った人たちなど幅広い人たちへコンディショニング指導や競技力向上をコーチングされてきた広瀬氏に、「ジュニア世代」に向けての指導ポイントや実践に使えるスポーツ科学理論を教えてもらった。
「代表チームなどで長くプレーしている選手に共通しているのは、自ら成長し続けられる人、そのプロセスを理解している人だと思います。自ら成長し続けるために必要なものは何かと言うと、私は『土台づくり』が重要だと考えます。家を建てるときに、しっかりと土地の基礎整備をすれば、大きく頑丈な家が建てられる。それと同様に、スポーツも土台をしっかりつくることでパフォーマンスが高まるのです。それを特に育成年代でやっていくことが肝要です」と広瀬氏は指摘する。
今回のセッションでは、育成年代の「土台づくり」をテーマに展開。土台と言っても、フィジカルだけではなく、心・技・体・知、全てにおいてバランス良く行うことが必要だと言う。ここから、「心の土台づくり」「からだの土台づくり」「知の土台づくり」と順を追って説明してもらった。
「心の土台づくり」とは、思考や感情、動機を育てること
パフォーマンスの構成要素は、運動能力、技術、そして思考・感情である。技術や運動能力があっても、思考や感情が動かなければパフォーマンスにつながらない。では、思考の土台はどうやって育てるのか。
スポーツには、準備と本番(練習と試合)という、2つの場がある。本番(試合)の後には、振り返りと目標設定を行う。これが「課題の分析」。そこから準備(練習)として、目標の焦点化や、負荷のある行動を行う。これが「課題の解決」。この分析と解決という2つのプロセスが繰り返されることによって成長につながるのだそうだ。
課題分析のために、仮説をたくさん立ててアプローチし続ける
「と言っても課題分析は容易ではありません。指導者、保護者はいろいろな視点で、客観的に、時には子どもたちの主観的な情報を取り入れながら、仮説を立てます。正解は1つではないので、仮説をたくさん立ててアプローチし続けることが大事。そのためには、常に観察し、対話し、オープンマインドになること。
これは悪い経験談になりますが、ある程度経験を積むと、自分の中の方程式を全ての子に当てはめてしまいがちです。それでは個性に合わせた指導ができません。経験豊かな指導者ほど、改めてオープンマインドに白紙の状態で見ようとしなければ」と広瀬氏。
将来的に子ども自身が課題を発見できるように、「どうだった?」「なぜやったの?」「結果はどう?」「何が問題だった?」「何が良かった?」「どうすればよい?」などと問いかけ、一緒に分析することも有益だそう。
負荷をかけるポイントは、スモールステップ&プロセスを認めること
「分析ができれば、今度は課題を解決するために、今の能力でできることよりも少し高い負荷をかけた練習をします。負荷がなく成功ばかりでは学びにならないからです。成功と失敗の割合はその子のプレーヤーとしての発達度によります。成功と失敗の比率が50/50になることを目安として、成功率を30%程度にしたり、時には70%程度にしたりと調整していきます。また、負荷とは身体的な負荷だけでなく、技術や戦術的な難易度、そして心理的な負荷もすべて負荷になることを知っておく必要があります。
ポイントは、少しずつクリアして最終的に大きなハードルが越えられるような課題を設定すること。そして、結果だけじゃなくプロセス(行動)をしっかり見て認めてあげることです。結果だけを褒められると、チャレンジしなくなる傾向があるので。行動やチャレンジを認めることでモチベーションは高められます」(広瀬氏)
「からだの土台づくり」には、コーディネーションが不可欠
次に身体の土台づくりについて。小学生であれば、まず身体を上手に使う力(可動性、安定性、協調性)を養うことが重要で、そのためにはコーディネーショントレーニング(神経系統のトレーニング)が有効だと広瀬氏は言う。
「コーディネーション能力には、バランス、反応、リズム、変換能力、定位能力、識別能力、連結能力の7つの能力があり、これらを経験することで、状況変化に合わせた動きが行えるようになります。
例えば20m先の人にボールを投げる、という動きをいろんな条件設定で経験する。同じ動きを反復するのではなく、変化をつけること。完全にできなくてよいので、習得する前に次の条件(刺激)に移るようにします。さまざまな動きを経験するほど、コーディネーション能力が高まります」(広瀬氏)
「知の土台づくり」=フィジカルリテラシーがより良い社会をつくる
「運動中の怪我や事故を低減させ、パフォーマンスを向上させるためには、“整えてから鍛える”ことも覚えなければなりません。栄養・運動・休養のバランスを考えたり、運動前にコンディショニングを行ったり。プロのアスリートもやっていることを、子どもの頃から習慣づけられるとよいですね」と広瀬氏。
このように、心身ともに健康で幸福な社会生活を営む上で持っておくべき基礎的素養=フィジカルリテラシーは、スポーツの中で思春期までに身につけたい。
身体…基礎的動作
認知…スポーツ関連の知識や理解
心理…意欲や動機
社会性…人との繋がりや関わり
スポーツの中だけでなく、心身ともに健康で幸福な社会生活を営むためにも必要な能力と言える。
最後に広瀬氏は「子どもたちがフィジカルリテラシーを養うために、指導者・保護者は、機会を提供し、共に学ぶ姿勢を見せ、スポーツを通じて成長していくロールモデルにもならなければならない。そうすることで子どもは育ち、将来は次世代のロールモデルにもなる。全ての子どもがそう育っていけば豊かな社会、未来をつくることができます。スポーツにはその価値があります」と締めくくった。
Session2:2,000人が通うスクールが本気で取り組んだ 業務効率化と指導改革
【Misson】チームを取り巻く全ての人たちと共にハッピーになる
【Vision】千葉県をバスケットボール王国にする
ミッション・ビジョン実現のために始まった、指導改革のためのDX
千葉ジェッツふなばしは、2010年に設立された船橋市をホームタウンとするプロバスケットボールクラブ。「バスケ界日本人初の1億円プレイヤー」である富樫勇樹選手が所属し、現在のBリーグ体制になった2016-17シーズンから4年連続で観客動員数リーグNo.1を記録。
戦績面でも天皇杯は2017年からの3連覇と、昨年からの連覇で計5回の優勝。また、2020-21シーズンには悲願であったリーグ戦初制覇を達成し、昨シーズンはB1リーグ最多の24連勝とシーズン最高勝率を記録するなど、名実ともにBリーグを代表するクラブだ。
田代氏は、Bリーグ初年度の2016年に、新卒で千葉ジェッツへ入社。「当時はバスケでは食べていけないというイメージがあったので、新卒でこの業界に飛び込んだのは珍しいと思います。バスケが好きで、好きなことを仕事にしたいと願っていたので迷いはありませんでした。日本で活躍するコーチになりたいという強い思いもありました」と言う。
2011年に設立された千葉ジェッツアカデミーは、バスケやチアリーディングのスクールなどを運営しており、現在会員数は約1800人。田代氏はその部長を務める。
「千葉ジェッツのミッションとビジョンはスタッフやコーチはもちろん、アシスタントの学生などすみずみまで浸透し同じ思いで活動している。その上で、千葉ジェッツらしい指導スタイルを追求し提供していくためには、指導者の指導力アップデートや学びの時間が必要だと感じたのです」
DX導入による「業務効率化」で、学びの時間が確保する
コーチたちが自らのアップデートをするために、学びの時間を捻出しなければならなかった。時間がかかる目の前の煩雑な業務を効率化する必要があったのだ。
「現状分析のために、私たちの仕事を重要度と緊急度のマトリクス図で4つに分類したときに、緊急で重要な仕事が多すぎて、“重要だけど緊急ではないこと”になかなか手が回っていないという組織の課題に気付きました。具体的には、研修、インプット&アウトプット、方針策定、マーケティングなど学びに充てる時間が足りませんでした。
そこで時間確保のために導入したのが、ONE TAP SPORTSとSgrumです。導入前には4社ほどのサービスを検討し、自社の課題を一番解決してくれるシステムを選びました。ONE TAP SPORTSを導入して、選手のコンディションの状況が可視化され、練習強度などを事前に検討できるように。コーチが替わっても問題なく引き継ぐことができるようになりました。Sgrumを導入することで、月謝管理や問い合わせ対応がアプリで完結し、1日の業務時間がかなり短縮できました。月謝の未集金の対応やメールが届かないといったことへの対応が一気に減りました。
「大袈裟ではなく、月の3分の1の業務が減りました。それまでの、時間が足りない、コーチがいない、勉強の機会・時間がないという負のスパイラルから脱出できたんです」と振り返る。
プレーヤーセンタードを目指し、「指導改革」に着手
田代氏は次に、業務を効率化することによって余裕ができた時間で「指導改革」に取り組む。
「以前は、各コーチが各々の経験を基に指導していて、エビデンスや理論が統一されておらず、新たな学びを得てアップデートする機会もありませんでした。
一般的にコーチングにはコーチセンタード(チームの勝利の身にフォーカス、型にはめ、すべてコーチが意思決定する)、プレーヤーセンタード(個々のプレーヤーを育成する視点を持つ、プレーヤーが主体的にスポーツに取り組む)の2つのスタイルがあります。バスケのみならず、スポーツコーチはコーチセンタードになる傾向があるといわれています。
私たちが目指したのは、プレーヤーセンタード(個々のプレーヤーを育成する視点を持つ、プレーヤーが主体的にスポーツに取り組む)でした。そのため、引き出したい技術が出やすい環境を指導者がつくって練習する「制約主導型アプローチ」(=制約をかけて目標達成を目指すこと)を中心にプログラムを考えています。
これは一例にすぎないですが、ほかの競技と同様にバスケでもプレーヤーセンタードのコーチングが必要だと思います。情報をアップデートするためにDXし、生み出した時間を使ってスタッフたちが新たな学びが得られるよう努めています。新たな学びがない状況は、ハッピーではないですから」(田代氏)
好循環が生まれ、安定したスクール運営が可能になってきた
このように、日々の業務効率化により、勉強への時間が確保され、コーチングスキルの底上げと均質化が実現。
暗黙知や個人の経験に頼らず、エビデンスを明確にし、言語化する。そして週に1度はナレッジシェア(知識の共有)を行う。現場でうまくいかなかったことをブラッシュアップしてより良くしていく。千葉ジェッツとしてどう指導していくか、コーチ育成のための議論にも時間を使えるようになったという。
「コーチングを勉強したいという応募も増え、安定したスクール運営が可能になりつつあります。ほとんどが新卒の社員になってきて、好循環が生まれています。
コーチは、『このメニューでOK』ではなく、『このメニュー以上のものはないか』と日々アップデートを考え続けなければならない。経営も同様で、『現状で問題は起きていないからそのままでOK』ではなく、より良い状態にするっことはできないかと考え続けることが重要ですね。
私たちは、DX導入も含め、変化をボジティブに捉える人でありたい。子どもたちにチャレンジを求めるなら、大人がチャレンジしなければ。学びを止めてはならないし、ポジティブに学び続けることが、子どものお手本にもなると思っています」と田代氏。今後も前向きに改革を継続すると強調した。
文/河津万有美