Day1|トークセッションは「子どもたちのやる気を引き出す指導法」と「スポーツをする子どもの親がすべきこと」
オープニング
今回のイベントは2020年5月に「TORCH」を公開してから初めて開催するイベントでした。そのため、改めてユーフォリア社代表の橋口から、TORCHを開始することになった背景や主旨をご紹介しました。
ユーフォリアの創業は2008年。その後2012年にラグビー日本代表チームから2015年ラグビーW杯を視野に入れた、選手のコンディショニングを可視化するツールの開発を打診されたのがONE TAP SPORTSの誕生のきっかけとなりました。
2015年ラグビーW杯で強豪の南アフリカを破った日本代表の取り組みが注目され、現在ONE TAP SPORTSはプロチームを中心に国内外で71競技、日本代表26競技、1700チーム以上で利用されています。残念ながら新型コロナウイルスの影響で東京2020オリンピック・パラリンピックは延期になりましたが、ONE TAP SPORTSをご利用いただいている日本代表の皆さんを縁の下から支えていきたいと考えています。
スポーツ×科学で指導をアップデートするメディア『TORCH』がオープンした2020年5月は、新型コロナウイルス感染症の猛威の真っ只中のタイミングでした。防げるはずの怪我で苦しむ選手を減らし、ポテンシャルのある選手が本来の力を発揮できる世界をつくりたい。そして子どもが大好きなスポーツを楽しく長く続けられるように、ジュニアスポーツ指導を考えていきたい。『TORCH』はそのための情報発信を目指しています。私たちがONE TAP SPORTSを通じて、スポーツ界の一流の方々から得る情報を皆さんにもお伝えしていきます。
Session1:「発想で勝負する、子どもたちを『やる気』にする指導法」
一つ目のセッションでは、星野明宏さんとモデレーターの富田欣和さんのお二人が子どもたちのやる気を引き出す指導法をさまざまな角度から議論しました。
生徒の自主性を引き出すために
強豪校でもないラグビー部を、週に3回、1日1時間の練習、グラウンドの4分の1しか使えない環境にありながら、指導者に就任してからわずか3年で、初の「花園」(全国大会)へ導いた星野さんから、勝利に近づくために選手の自主性を育てるエピソードをご紹介いただきました。
最初に取り組んだのは、練習時間が短いゆえに、教員や指導者と一緒にいないときに何をすればよいかという細かなレクチャーです。具体的には、40日ある夏休みの中で、選手が完全オフの時間に何をするか。星野さんは24時間の生活サイクルなどを細かく指示しました。練習がないことで生徒のモチベーションが下がる中、筋トレなど結果が出やすいものから始めることに。
1日60分の練習にベンチプレスやアームカールを取り入れ、筋肉がついてくるおもしろさを実感してもらうことから始めました。「熱血教師がきた」と最初は懐疑的だった保護者も、筋肉がついてきたことを喜ぶ息子を見て変わってきたそうです。体格がよくなり始めた選手に影響され、周りも影響を受けるというプラスのサイクルも生まれました。
自主性を育てる際の初めの一歩として、目に見える結果をすぐ得られる取り組みを選ぶことは大きなヒントです。たとえ実現が難しい未来であっても「こうなったらいいな」というイメージを言語化して描き(ポスターなど)、選手の目にとまるところに貼ることで、自主的に目標に向かうマインドを養いました。
この結果や目標を「可視化する」という手法について星野さんが大切にしたのは、毎年毎年最大限の努力をし、最大限の結果を残すという点です。部活動改革は3~5年かけて行うケースもありますが、高校生時代の2年半しかないラグビー部の活動の中では、何年生であっても全員が集中してやる気を出せるように「1年」という短いサイクルを星野さんは意識しました。3年生なら1年計画、2年生なら1年+1年計画、1年生なら1年+1年+1年計画、というように複合的な計画を立てて指導を行っていました。
指導の前に「選手一人ひとりをよく知る」
大手広告代理店から高校教諭という転身を果たした星野さんの場合、指導法はやりながら学んでいったそうです。指導の根幹にあるのは、「セルフプロデュース」。選手を駒として適材適所に活用するのではなく、選手一人ひとりがどうありたいかを理解し、それを伸ばすことで強いチームをつくることを目指しました。そのために意識したのは、選手を知ること。選手自身はもちろん、選手をとりまく地域や生活環境の背景をしっかり知るようにしています。
例えば夏休み中の練習については、選手の環境の整理から。家にバーベルがあるか、坂道が近いかなどを把握し、選手自らが強化したいと考えている能力に対して、一人ひとりが持つ環境に合わせた指導を行います。どうすればよいか(対策)の前に、その選手がどういう傾向を持っているかを重視し、自主性を育てる指導につなげています。自主性を身に付けた選手は、その次に自ら考えて試す主体性を身に付けていきます。コーチがいない所でも何をしたらよいか分からないではなく、「自分を鍛える最高の時間」ととらえてもらうように促してきたそうです。
指導者としてのあり方も「セルフプロデュース」
「小学生からラグビーをやっている選手は、ラグビーにおいては自分よりはるかに先輩だった」と苦笑する星野さん。新任の指導者に対する選手たちの目は厳しい。そこで星野さんは自身の強みである「分析力」をセルフプロデュース。練習を撮影した動画を編集しロジカルに分析して伝え、ビデオを共通言語として話し合い、選手との信頼関係を少しずつ構築していきました。そして必ず毎回練習が始まる前の3分間、今日の練習の意味を説明することに注力していました。効率よく集中して練習を行うためです。
「時間が限られていたので工夫せざるを得なかった」と星野さんは言います。もしまったく経験のない競技の指導者になった場合、必要なのはマネジメント。私立学校の場合、ステークホルダーは保護者、組織の上司、経営者ですが、そこでwin-winの関係が築けるストーリーを語ることが重要だと話します。さらに指導者として「自分がどんなタイプの指導者なのか」をセルフプロデュースし、一目置かれるポイントを打ち出すこと。それには日頃から指導者自身も自分の強みを知っておくことが役に立ちます。指導者もセルフプロデュースの観点を持つことで、より柔軟に指導のヒントが得られると星野さんは語りました。
さらに話題は学校改革や部活改革へ。指導者はなぜスポーツをやるのか、そしてそこから何を得られるのか、スポーツの存在意義とは何かについて熱く議論が続きました。
Session2:「スポーツをする子どもの親がすべきこと—日本代表選手の育て方—」
続くセッションでは、スポーツ一家の三浦孝之さん(父)と三浦優希さん(息子)をお迎えし、スポーツをする子どもを持つ親としての心構えを語っていただきました。セッションは「I love watching you play(君がプレーしているのを見るのがとても好きなんだ)」という米国の動画からスタート。優希さんも父である孝之さんからそう言われて育ったそうです。動画のように練習場所への送り迎えの道中の親子のコミュニケーションの中で、結果が出せないことをプレッシャーに感じる子どもがたくさんいます。子どもにそうした想いをさせてはいけないと孝之さんは感じていました。優希さんにとって孝之さんは自身のチームのコーチでもあったため、厳しい指導者と感じていたそうですが、それは優希さんが自分で定めた目標からずれていったときの指導について。普段は同じアイスホッケーを愛する2人の選手として、競技について熱い議論をする場面も多かったそうです。
「ちょっと恥ずかしいですが」とご紹介いただいた三浦家の子育て方針は、夫婦仲良く。安心できる家庭環境の中で、失敗を怖がらずやってみる意欲を育てることを大切にしていました。さらに「やらないで後悔するより、やって後悔するほうがよい」という考えのもとで育ったため、今もポジティブに新しいことに挑戦することができると優希さんは笑顔で語りました。その挑戦の一つが、17歳の優希さんが自身で決意したチェコへのアイスホッケー留学でした。その後20歳で優希さんは米国NCAAへ。新しい環境への不安よりそこで得られるチャンスに期待し、二つ目の大きな決断をしました。「チャレンジをするなら応援するしかない」とご両親は送り出したそうです。
優希さんが孝之さんに今でも感謝していることとして語るのは、結果よりもプロセスを大事にし、そこに至るまでの結果を注意深くチェックしてくれたこと、そして成長を急かさないでいてくれたこと。ひとつのことができるようになるまで見守ってくれたことが、いま大きな壁に直面したときに乗り越えようとする原動力につながっていると言います。それを聞いた孝之さんは、20代の若い頃に比べると、年を重ねることで焦らずに子どもを見守る受容の幅が広がったように思うと答えました。
最後のまとめとして、孝之さんから息子の優希さんには「アイスホッケー日本代表になるまでに、多くの人から受けてきたサポートを何かのかたちで還元していってほしい」とのメッセージが。優希さんからは、やりたいこととずっと応援してくれた、家族への感謝の気持ちが伝えられました。
※Session1の動画(59分)はこちらからご覧いただけます。
※Session2の動画(63分)はこちらからご覧いただけます。
取材・文/はたけあゆみ