1つの競技に絞るリスク|オーバーユースと燃え尽き症候群
身体機能が成長中、つまり未発達の年齢である8歳から12歳の時期までに、ほかのスポーツはやらずに1つのスポーツだけに特化してしまうと、同じ動きの繰り返しでオーバーユースによるケガのリスクが高まります。野球であれば、投げる動作を繰り返すことによって、肘や肩を痛めるリスクです。サッカーであれば、蹴る動作で膝や股関節を痛めやすくなります。
1つのスポーツだけに取り組むことで、筋肉や骨などのケガだけでなく、燃え尽き症候群という心理的なリスクも高まります。
燃え尽き症候群(バーンアウト)とは、高い意欲を持っていた人が何らかの原因によって、やる気を失い無気力になってしまう状態のことです。スポーツ選手が燃え尽き症候群になってしまうきっかけは、引退や手術・入院を要する大きなケガだけではありません。休息を十分にとらずに練習し過ぎる状態などさまざまです。
スポーツ選手の燃え尽き症候群と聞くと、プロ選手が引退した後や大規模な国際大会に出場した後などをイメージする方もいるかと思いますが、中学生や高校生、大学生などが部活動を引退した後など、競技レベルや年齢などに関係なく、陥るリスクがあります。
燃え尽き症候群になりやすい特徴として、「練習通りにプレーできなかった」などスポーツ中の心的ストレスをうまく発散できていないという点も挙げられます。
1つのスポーツに注ぎ込む想いや時間が集中し、スポーツ以外でストレスをうまく発散できないケースでも、燃え尽き症候群になりやすくなります。
運動能力と社会性が育つ|マルチスポーツの科学的メリット
マルチスポーツのメリットは、1つのスポーツに特化して高まる前述のリスクを減らせるだけではありません。
たとえばドイツでは、学校部活動はありません。地域クラブは多種目多世代型で運営されているため、生涯を通してスポーツ・運動に参加することができます。一方、アメリカの部活動はシーズン制で行われているので、子どもたちはシーズンごとにスポーツを変えることができます。
中長期的に見ると、複数のスポーツをすること(=マルチスポーツ)によって基本的な運動スキルが身に付き、高いパフォーマンスを発揮できます。一般的に運動神経と呼ばれている身体の動かし方のうまさを高めるには、子どもの時にさまざまな運動やスポーツをすることが重要なため、マルチスポーツが推奨されています。
また、継続的に運動する機会を生涯にわたって増やすことでウェルビーイングを高めることにつながります。ウェルビーイングは、身体的・精神的・社会的に良い状態にあることを言いますが、マルチスポーツには、社会的なメリットもあります。複数のスポーツそれぞれのコミュニティに参加することで社会性を身に付けることにも役立ち、多様な人間関係を構築し、「つながり」が生まれます。
導入の壁となる「お金・時間・休養」の課題
一方で、子どもたちがマルチスポーツをするにあたって、「お金」・「移動」・「時間」・「休養」という4つの課題があります。
![]()
マルチスポーツに挑戦する際の「お金」と「移動(手段の確保)」は、保護者の方々にとっての直接的な負担です。スポーツをするための用具代や会費、遠征費、送迎などが含まれます。
「時間」は、送迎など保護者の方々への負担だけでなく、練習や試合のスケジュール調整などが難しくなり、子どもたち自身や指導者にとっても負担が増えます。
さらに、「お金」・「移動」・「時間」をクリアしたとしても、「休養」という課題があります。反復動作を回避できるマルチスポーツへの参加はケガの予防になりますが、詰め込み過ぎてしまうと休息不足となり、ケガのリスクが高まるという矛盾が起きる可能性があります。マルチスポーツのために単純にスポーツスクールに複数通うことを考えてしまうと、運動量が多くなりオーバートレーニングのリスクが高まるので注意が必要です。指導者はチーム全体の運動量と選手個々の運動量の両方を考慮するようにしましょう。
動き始めた「日本型マルチスポーツ」整備へ
日本は残念ながら、「こうすれば子どもたちがマルチスポーツに取り組むことができます!」と断言できるような環境はまだ整っていません。しかし、令和6年度からスポーツ庁が、日本に適した「日本型マルチスポーツ」環境を構築・充実させていくための取り組みを始めました。
また、中学校の部活動の地域展開によって地域クラブ活動がさらに活発化していくことが期待できます。スポーツ庁は日本医師会と連携して、「運動・スポーツ関連資源マップ」の実用化に向けた取り組みを行っています。取り組みは始まったばかりですが、これからの日本ではマルチスポーツの環境が整っていくことが期待できます。
今すぐできる実践法|「遊び」や「ポジション変更」から始めよう
海外のように複数のスポーツチームに所属してマルチスポーツをするのは日本ではなかなか難しいのが現状です。できる範囲で、チームや家族で工夫しながらマルチスポーツにチャレンジしてみましょう。
![]()
たとえば、サッカーチームであれば、雨の日は体育館でバスケットボールやバレーボール、卓球などをレクリエーションやチームビルディングとして取り組むのはひとつのアイデアです。
同じ動きを繰り返すことがデメリットになるという点を考えると、同じスポーツであっても、いつもとは違うポジションでプレーするという取り入れ方も良いでしょう。