成長期のスポーツ指導:子どもたちの怪我を防ぎ才能を伸ばす「成長度別」チーム分け

スポーツにおける「勝利」と「育成」の両立は、多くの指導者が向き合う永遠のテーマだ。特に、身体の成長が著しいジュニア・ユース年代では、画一的な指導がかえって選手の可能性を狭めてしまう危険性も指摘されている。2025年2月に開催された「スポーツパフォーマンスカンファレンスONE」。セッション(2)では、選手の「成長度」という視点から育成年代の指導を捉え直す、画期的な取り組みが紹介された。 登壇したのは、NPO法人前橋中央硬式野球俱楽部理事長で、前橋中央ボーイズ監督の春原太一氏と、ベースボール&スポーツクリニック理事長の馬見塚尚孝氏。現場の実践例と医学的知見を交えながら、これからの選手育成の在り方を探った。その内容をレポート記事でお届けする。

講師

講師
春原 太一
NPO法人前橋中央硬式野球俱楽部 理事長 / 前橋中央ボーイズ 監督

1974年生まれ。1998年から前橋中央ボーイズ(中学硬式野球クラブチーム)の監督となり、2007年にNPO法人前橋中央硬式野球俱楽部を設立し理事長に就任。設立と同時に保護者会や当番を廃止、選手の成長過程に合わせた2チーム体制など選手が野球を続けやすい環境づくりを続けている。現在は前橋中央ボーイズ・前橋ボーイズ、前橋中央ボーイズ小学部・完全個別指導SMK前橋中央ゼミを運営。OBには元埼玉西武ライオンズの星秀和や2024 U-18日本代表の髙山裕次郎など。

講師
馬見塚 尚孝
ベースボール&スポーツクリニック 理事長

野球医学専門の整形外科医として、保存的治療、手術、リハビリテーションのイノベーションを目指す。医学×コーチング学という新しいシステムをデザイン。全日本野球協会医科学部会委員・日本野球学会理事を務める。

「早熟」か「晩熟」か。選手の成長は一人ひとり違う

セッションは、春原氏が監督を務める中学硬式野球チーム「前橋中央ボーイズ」のユニークなチーム運営、年齢・学年別ではなく成長度別のチーム分けの紹介から開始された。

春原太一氏と馬見塚尚孝氏
写真左から:NPO法人前橋中央硬式野球俱楽部理事長で、前橋中央ボーイズ監督の春原太一氏と、ベースボール&スポーツクリニック理事長の馬見塚尚孝氏

春原太一氏:「ボーイズリーグに所属する中学生のチームを2チーム運営しています。一つは比較的成長過程の早い子どもたちが所属する『前橋ボーイズ』。もう一つは、私が監督をしており、比較的成長過程の遅い子どもたちが所属する『前橋中央ボーイズ』です」

学年や年齢ではなく、選手の成長度、いわゆる「早熟(そうじゅく)」と「晩熟(ばんじゅく)」でチームを分けているという。この取り組みの背景には、どのような医学的根拠があるのか、馬見塚氏に「成長速度曲線」を用いて解説してもらった。

馬見塚尚孝氏:「身長の伸びが最も大きくなるタイミングをPHVa(Peak Height Velocity Age)と言います。男の子の平均は13歳頃ですが、女の子ですと9歳ぐらいから身長の伸びが始まって、11歳頃にピークを迎えます。ピークの差は2歳ぐらいの差があります。特に中学生年代は、この早熟と晩熟の選手が同じチームで一緒にプレーするため、指導が非常に難しくなります」

成長速度曲線(「野球医学の教科書」より)
馬見塚氏が提示した成長速度曲線。横軸が年齢、縦軸が1年間の身長の伸びを示す。ピークが平均グラフのピークより左にあると早熟、右にあると晩熟となる。左のグラフは晩熟の選手、右はピークの山が3回ある選手のグラフ。PHVaのタイミングには個人差が大きいことが分かる

さらに馬見塚氏は、成長期における身体のアンバランスさについて警鐘を鳴らした。

馬見塚:「身長が急激に伸びる時期、骨の密度や筋肉量の成長は、身長の伸びに追いついていません。半年から1年ほどのズレがあります。車で言えば、ボディサイズだけ大きくなって、骨格にあたるフレームやタイヤの強度が追いついていない状態。このアンバランスな時期に、パフォーマンスが上がるからといって大人と同じようなトレーニングをすると、怪我のリスクが非常に高まります」

選手の成長には個人差があること、そして急激な成長期は身体的に非常にデリケートな時期であることを、指導者や保護者がまず理解する必要があると訴えた。

「成長度」に合わせた指導に行き着いた、春原監督の原体験

春原氏がこの取り組みを始めるきっかけとなったのは、約20年前に遡るある大会での苦しい経験だった。

NPO法人 前橋中央硬式野球倶楽部 前橋中央ボーイズ/前橋ボーイズ

 

春原:「ジャイアンツカップという全国大会に出場した際、チームは20人いたのですが、ベンチ入りは15人までとのことでした。勝利にこだわる中で、どうしてもその時点で使いやすい選手を選抜しました。スタンドには、当時は結果が出なかったサイドスローの投手や、確実性は低いもののチーム一の長打力を持つ選手がいました。

しかし、その子たちが高校を卒業する頃には立場がまったく逆転していたのです。スタンドにいた投手が高校でエースナンバーを背負い、長打力のあった選手が学年で唯一公式戦でホームランを打った。この経験から、中学時代に勝ち上がることだけが本当に正しいのか、自分の育成方法に疑問を感じるようになったのです」

この原体験が、目先の勝利やその時点での実力だけでなく、一人ひとりの成長のタイミングに寄り添う指導法へとつながる大きな転換点となったと話してくれた。

成長度に合わせたアプローチとコミュニケーション

では、具体的にどのようなアプローチを行っているのか。セッションでは、すぐにでも現場で実践できるヒントが数多く紹介された。

1)成長の「見える化」で、選手のモチベーションを維持する

晩熟型の選手は、体格の良い早熟型の選手と比較して自信を失いがちです。そこで春原氏のチームでは、将来予測を「見える化」することに取り組んでいる。

春原:「身長予測などから『自分の身体が大人の身体に近づくのはいつ頃か』という将来予測をデータで示し、選手と保護者に理解してもらいます。うちのチームでは『ONE TAP SPORTS』というアプリを使い、選手自身が毎月、身長・座高・体重を入力し、成長グラフを手元で見られるようにしています。これが少しでも自信につながればと思っています」

まずは毎月身長と体重を測定し、記録し続けること。これが、個々の成長に合わせた指導の第一歩となると語る。

ONE TAP SPORTSの成長予測機能
ONE TAP SPORTSでは、緑の線が成人時の身長予測を表す

2)成長フェーズに合わせたトレーニング内容の変更

身体がアンバランスな時期には、トレーニング内容の調整が不可欠です。馬見塚氏は、トレーニングを「エネルギー系体力(筋肥大など)」と「情報系体力(巧みさ)」に分け、成長段階に応じた指導を提唱した。

馬見塚:「身長がぐんと伸び始めた時期(PHVa前後)は、巧みさを上げる『情報系体力』のトレーニングを中心にすることを提案しています。野球で言えば、大谷翔平選手や松井秀喜選手のようなフルパワーで振るのではなく、イチロー選手のようなバッターを目指す時期。そして、身長の伸びが落ち着き、骨や筋肉の成長が追いついてから、筋肥大を目的とした『エネルギー系体力』のトレーニング効果が高まります」

成長段階を見極め、トレーニングの「量」だけでなく「質」を変えることが、選手の将来の選択肢を広げ、個の才能を最大限に引き出す鍵となるようだ。

子どもたちの怪我を防ぎ才能を伸ばす「成長度別」チーム分け練習

 

3)OBの成功事例を伝え、多様なキャリアパスを示す

晩熟型の選手にとって、身近なロールモデルの存在は大きな希望となる。

春原:「中学時代はオスグッドや成長痛などで苦しみ、なかなか試合に出られなかった晩熟型の選手が、大学2年生で球速150kmに迫る投手に成長した事例などを細かく後輩に伝えています。少年野球のエリート街道といった画一的なサクセスストーリーだけでなく、晩熟型の選手にも多様な成長と成功の道筋があることを伝えるようにしています」

写真提供:NPO法人 前橋中央硬式野球倶楽部 前橋中央ボーイズ/前橋ボーイズ

 

成長期のスポーツ指導に求められる視点とは

一般的な野球チームに比べ、練習量はそれほど多くないという春原氏。保護者から「もっと鍛えてほしい」「勝たせてほしい」といったプレッシャーはないか、との問いに次のように答えた。

春原:「まず入部説明会で、『戦術に偏らず、個の力を集結させて勝利を目指す』というチームの方針を伝え、ご理解をいただいています。その背景には、中学年代ならではの特性があります。選手一人ひとりの成長スピードや過程は異なり、目指す目標も多様です。そうした選手たちが集うのが、中学生のクラブチームだと考えています。

野球は練習時間が長いと言われますが、実は連携プレーなどの時間を減らせば、個人練習が中心となり、意外と時間は短くできます。ほとんどの選手は、中学卒業後にまた新たなチームへ進むことになるため、次のステージで活躍するためには、目先の戦術練習よりも、個々の能力を伸ばすことが重要です。選手の将来の可能性を広げるという長期的な視点から、今やるべき練習を逆算して取り組んでいるのです」

続いて、春原氏から馬見塚氏へ、「成長期のスポーツ指導において、指導者が一番大事にすべきことは何か」という問いが投げかけられた。

馬見塚:「日本のスポーツ指導には、技術だけでなくマナーやモラルを無償で教えてきた素晴らしい文化があります。ただ、その伝え方がハラスメントになるなど、手法に課題があったことも事実ですが、教える内容そのものは、非常に価値のあるものだと私は思います。これからは、選手の個性を尊重し、自己決定を後押しするようなコーチングのアプローチを学び、指導の手法をアップデートしていくこと。それが、日本の優れたスポーツ文化を継承していく道ではないでしょうか」

データに基づき選手の成長を科学的に捉え、一人ひとりの未来を見据えたアプローチを計画する。そして、選手自身の考えを尊重しながら、対話を通じて共に成長していく。

このセッションは、成長過程が一人ひとり異なる選手と向き合う、長期的視点を持った指導の「新常識」を示す、具体的な事例紹介であった。まずは選手の身長を測り、その成長を指導者と保護者が共に見守ること。それが、この指導を実践する第一歩となるだろう。

 

スポーツパフォーマンスONE 2025 Spring

写真提供NPO法人 前橋中央硬式野球倶楽部 前橋中央ボーイズ/前橋ボーイズ
文/TORCH編集部