タレント発掘の低年齢化は、選手育成に有効か?
広瀬氏は、数々のプロサッカークラブのユースチームにて、フィジカルコーチ、コンディショニングコーチを務めており、小学生から高校生まで3,000名以上もの選手をサポートしてきた。10年以上指導を続けてきたなかで、プロになる選手とそうでない選手とのある特徴に気付きを得たとのこと。今回は「タレント発掘と育成〜成長期アスリートの土台づくり〜」をテーマに、若いスポーツ選手の成長に必要なこと、指導者が心掛けるべきポイントをお話しいただいた。
前提として、若いスポーツ選手は身体的にも運動能力的にも、成熟度に個人差があり、ある時点で他の人に比べて劣っていても、将来逆転する可能性があることを実例を交えながら指摘。
スポーツ選手の育成プロセスには大きく4つあると解説する。「探索」、「識別」、「選別」、「育成」だ。中でも現在は、なるべく若いときから適切な環境で育てることが必要との考え方のもと、探索・選別の対象となる子どもの年齢が低くなっているのだとのこと。その背景には1973年にSimonとChaseによって提唱された「1万時間ルール」がある。
「1万時間ルールとは1つの分野でエキスパートになるための目安時間です。1日平均2〜3時間の練習をすると仮定すると、約10年かかる計算になります。日本では、この数字から逆算して考え、できるだけ低年齢のうちからスポーツ選手を優れた指導環境におくことが重要だと考えられているのです」
実際に、オリンピック選手を見てみると8〜9歳で競技を始めた選手が多いという。しかしそのやり方は、本当に将来のエリートスポーツ選手を育てる上で有効なのか、広瀬氏は疑問を投げかけた。
「根拠とされている研究は時間をラフに概算していますし、主観的な情報も多いので、必ずしも信頼できる定説ではないと思います。この研究に限らず、根拠が曖昧なまま信じられている定説は多く、指導者は情報の適切さを判断するため、正確な情報を集める姿勢が必要だと思います」
広瀬氏はスポーツ指導の現場において、根拠が曖昧なまま導入されている育成理論が多いことに警鐘を鳴らす。
将来的に伸びる選手を見落とすリスク
続けて、広瀬氏は低年齢化が必ずしも有効とは言えない根拠について、実例を交えながら説明した。
「まずは、ドイツのプロサッカーリーグのデータをご覧ください」
「このグラフは、アンダーカテゴリーの代表選手に、最初にどの年代で選出されたか(横軸)と、それらの選手が24歳までにプロとしてどのレベル(1部リーグ、2部リーグ、それ以下)に到達したかの調査結果です。
棒グラフ上で白塗りされているのは1部リーグの選手ですが、グラフをみるとわかるようにU16で代表に初選出された選手で1部リーグに到達した選手は20%に満たないのに対して、U19で初選出された選手の約半数はその後に1部リーグレベルに到達しています。また、U16で代表に初選出されたうちの約60%は1部や2部で活躍できていないことがわかります。早い時期に選抜されることで、将来が保証されるとは限らないことがわかります」
(注:タイトルには代表選手とありますが、本グラフにはそのデータは反映されていません)
さらに、タレントの識別や選別の方法自体にも問題があるのだと広瀬氏は続ける。
「日本の場合、試合でのパフォーマンスを基に、スカウトが主観的な評価で選抜を行います。しかしその方法では、早熟なスポーツ選手だけをセレクトしてしまう傾向があります。スカウトが見るパフォーマンスの良し悪しには、早熟であるかどうかや、体格差が3割ほど影響を与えるというデータもあります。
晩熟なスポーツ選手は、12〜13歳で他の人に勝てなくても年齢が高まっていくにつれその差は縮まり、30歳で逆転するケースもあります。にもかかわらず、早熟なスポーツ選手だけを選ぶと、将来的に伸びる人を見落とすことになるのです」
トップレベルの選手は子ども時代によく遊んでいる
次に、広瀬氏はトレーニングのあり方について言及した。
「強調したいのは、成長の土台づくりを意識することです。多くのこれまでの研究で、早い時期に専門的なトレーニングを施すことが良いとされてきました。例えば、世界大会で活躍するレベルのスポーツ選手たちは、10歳のとき、4,500時間程度の専門的なトレーニング(Deliberate Practice)を累積で受けており、地域レベルの選手よりもその時間が多いことが報告されています。
一方で、実際にトップレベルのサッカー選手たちのデータを見ると、専門的なトレーニングが早急に必要とは言えないという結果も報告されています。次のグラフをご覧ください」
「このグラフは、ドイツのサッカー選手のうち『代表選手』『1部リーグの選手』『アマチュア選手』がそれぞれ子どもの頃にどんな練習を何時間行っていたのか比較したものです。データを見て分かるように、代表選手は若いとき、他の競技を遊びでやっていたり、他の競技の専門的な練習を行っていたことが分かります。他の競技に触れることが代表選手の特徴の一つであると言えます。
また、一つの競技のみを専門的にやることは、怪我を引き起こすリスクがあることも分かっています。専門的な練習に対して、遊びで他の競技を5倍行った人は怪我を繰り返さないというデータもあります」
以上のことから広瀬氏は、早期からの専門的なトレーニングが必ずしも有効でないと話した。若いうちは、運動能力、技術、戦術、そして思考や感情といった要素をバランスよく伸ばし、成長の土台を構築することが大事なのだ。
「準備」と「本番」のための目標設定、課題解決を繰り返し、思考力が成長する
ではどうやって安定した土台を作れば良いのだろうか。広瀬氏はまず、思考の土台づくりにフォーカスし、その成長を促すメカニズムについて解説した。
「多くの人はスポーツで人は成長できると思っています。ではなぜ成長できるのか答えられる人はいるでしょうか。指導者はこの『なぜ』を知っておくべきだと思っています。
私の考える解答の一つは『準備と本番の2つの場があるから』です。本番で起こった課題を分析し、課題の絞り込みと目標設定を行う。そして目標達成に向けて練習する。そんな二つの過程を繰り返すことで人は成長できるのです」
続けて、広瀬氏は自ら成長できるスポーツ選手を育てるための、指導のあり方を説明した。
「指導者に求められる役割は大きく二つで、一つは『問題発見者』になることです。そのためには、自分の固定概念にとらわれず、全ての課題に対して真摯に取り組み、正解のない問いに対して多角的に問題を分析し、仮説を立てる能力が求められます。
ただし、自身が適切に問題発見したとしても、それを選手に押し付けるのではなく、選手がその問題を分析できるように投げかけることがさらに重要です。その点では、選手に問いかけて問題を認識させ、そして課題を分析させるように仕向けることが重要だと考えています。
二つ目は、『問題解決者』になることです。すなわち、スポーツ選手が課題を克服するためのスモールステップを複数作り、目標達成までの過程を設計する必要があります。特に、設定するスモールステップの難易度は大切です。簡単すぎるわけでもなく、難しすぎるわけでもなく、かつ、スポーツ選手にとって、成功した時、自信が高まっていくような難易度に設定する必要があります。
このような練習のなかでも選手は成功したり失敗したりして成長を続ける。このプロセスにおいても指導者は『なぜ失敗したのか』『なぜ成功したのか』を選手に問いながら、選手自身で問題分析と問題解決をできるように関わっていくことが必要だと考えています」
さらに広瀬氏は、指導者に求められる別の側面についても言及した。
「常に自分は成長できるんだ、という『Growth Mindset』を育むことも指導者の重要な役割です。Growth Mindsetを持つスポーツ選手は、人からの批判や、他のスポーツ選手の成功から学べます。また、他人の評価ではなく、やりたいからやるんだという内発的な動機付けで挑戦できるようになります。
そんなマインドを身につけさせるため、指導者ができることのひとつが『褒める』こと。ただし、褒めるポイントは気をつけねばなりません。重要なのは、結果だけではなく過程に着目し、行動と結果をセットで褒めるのです。そうすれば、褒められた側は、行動が結果につながるのだと分かり、改善には行動が伴うと考えられるようになります。結果が出れば、自己肯定感も育まれます。声かけは今日からでもできることなので、指導者の方々は意識してもらえればと思います」
スポーツ選手の未来をつくる、ジュニア期の「身体を上手に使うための土台づくり」
思考の土台づくりだけでなく、「身体を上手に使うための土台づくり」も同時に行わなければならない。身体の土台づくりに必要なトレーニングとはどんなものか。
「若いときに重要なのは三つの基礎動作を円滑に行えることと、それらを統合できるコーディネーション能力を鍛えることです。三つの基本動作とはそれぞれ、移動動作、操作動作、姿勢制御動作です。
移動動作とは、歩いたり走ったり、滑ったり跳ねたりすること。操作動作とは、打ったり持ったり支えたりとモノを操作する動作のこと。姿勢制御動作とは、文字通り自分の姿勢をコントロールすることです。そして、この三つの動作を組み合わせ、頭で考えたことを身体で表現する力がコーディネーション能力です。
スポーツは、毎回同じ条件下で行えることはほとんどありません。したがって、いろいろな条件、刺激を与えて、選手たち自身が自分で情報収集し、力の調整を覚えられるようにサポートしなければなりません」
最後に広瀬氏は指導者が持つべきマインドについて述べ、話を締めくくった。
「思考や身体の土台を作るのは、最終的にはスポーツ選手たち自身です。しかしそれをガイドするのは大人です。この土台が未来のパフォーマンスに影響を与えることを自覚し、我々指導者は常にスポーツ選手の未来に触れていると感じながら指導すべきだと思っています。
私自身も、スポーツ選手の未来を豊かにするために、今何ができるのか考えながら、選手たちに向き合い続けていきたいです」
※講演全編(51分)はこちらからご覧いただけます。
文/種石 光(ドットライフ)