女子ソフトボール日本代表| 苦境の中でも「今できることをする」。ブレず、しなやかな選手たち

試合本番を最高のコンディションで迎えるために、選手の状態をコントロールする「ピーキング」。ナショナルチーム(日本代表)で行うピーキングとはどんなものだろうか。そして、新型コロナウイルスの影響を受ける中で、どのように戦略を練り直してきたのか。女子ソフトボール日本代表トレーナーを務める村上純一氏に伺った。(取材日=6月26日)

インタビュイー

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村上 純一
女子ソフトボール日本代表トレーナー、デンソー女子ソフトボール部トレーナー

1978年生まれ、兵庫県出身。明治国際医療大学大学院修了後、複数の病院・クリニックのリハビリテーション科に勤務した後、大学陸上部、実業団男子ソフトボールチーム、高校・大学硬式野球部などでトレーナーを務める。2012年よりデンソー女子ソフトボール部の専属トレーナー。2016年より女子ソフトボール日本代表トレーナーを兼務。

選手に対して、あえて声掛けしない場面もある

ピーキングを行う上で普段から心掛けていることを教えてください。

女子ソフトボール日本代表トレーナーの村上純一さん
女子ソフトボール日本代表トレーナーの村上純一さん

女子ソフトボール日本代表の場合は、それぞれ企業チームに所属しているので、まずは各チームのトレーナーとの連携を大切にしています。リーグ戦の間どのような状態だったか。日頃からどんなトレーニング・コンディショニングを行っているか。代表チームの合宿に入る前に確認して、選手のコンディションを把握するのです。動きと身体と心は一体なので、複合的に見ていくことも意識しています。

日々選手たちにどんな声掛けをするかも、大事なポイントです。選手の表情や様子を読み取りながら、必要なタイミングでコミュニケーションをとるようにしています。逆に、あえて声掛けをしない場面もありますね。声を掛けることで、プレッシャーを与えてしまい、パフォーマンスに影響することもあるからです。

ソフトボールの競技特性に合わせたコンディショニングとは。

ソフトボールは、陸上のタイムトライアルのような一発勝負の競技ではありません。例えばバッティングであれば、10回打席に立ったうち何回成功させるか、を考えるわけです。その瞬間に向けたピーキングを行うわけではないので、長い目で見て、失敗した時にどう上げていくか、コンディショニングが崩れたときにどうするかを意識しています。

あとはソフトボールの場合、リーグ戦の時期がだいたい4月から6月、それから9月から11月と二期に分かれていて、プロ野球などと比べると試合数が少ないんです。オフシーズンの冬に身体づくりを行って、まずは4月にピークもっていきます。6月に前半戦が終わるので、6月の半ばから8月末までは、身体のつくり直しができる時期です。そしてまた9月からのリーグ戦に備える。年間のスケジュールは、そういう流れになっています。

ただ、日本代表メンバーは所属チームの活動のほかに合宿や海外遠征があるので、オフをどの時期にどう取るかなど、コンディション調整が難しくなります。リーグ戦が終わって疲労が溜まっている時に負荷をかけ過ぎると、疲労も抜けず怪我の原因にもなりますから。

痛みを訴える選手をケアするトレーナーの村上さん
痛みを訴える選手をケアするトレーナーの村上さん

ソフトボールで多い怪我は、肩肘の傷害に加えて、足首、膝、股関節、下肢の傷害です。バスケットボールやバレーボールのようなジャンプ動作は少ないものの、野球よりもフィールドが狭いので、切り返しの動きが多くなるため、下半身の状態には注意が必要です。あとは、男性より女性の方が関節が柔らかいことも影響していますね。

「投手」と「野手」というポジションによっても違いはあります。投手については、ピッチングのスキル練習をした上で、私たちトレーナーのメディカル的ケアが必要なのか、あるいは別のトレーニングが必要なのかを、選手自身の感覚も大切にしながら、ピークに持っていきます。野手の場合は、人数も多いですからどうしても練習時間が長くなりがちで、疲労がどのように蓄積していくのかを注意して見ています。

強化合宿の位置づけや目的は。

合宿に招集するタイミングによって、目的や位置づけはそれぞれですね。最終的なピークに持っていくための調整期間のときもありますし、フィジカルの強化を主眼に置く場合もあります。あるいは、ゲームを重ねることで、実戦への慣れや試合に向けたピークの作り方を学ぶための合宿もありますね。

日本代表や企業チームに限らず、大学や高校の部活動でも、一つひとつの合宿やゲーム、練習に対して「何のためにやるのか」、明確な目的を持っていることが大切だと思います。

自粛中でも、今できることに取り組んできた、選手たちのたくましさ

新型コロナウイルスの発生当初は、チームはどんな状態でしたか。

群馬県高崎市で行われた強化合宿の様子
5月に行われた群馬県高崎市で行われた強化合宿の様子

実際に会って練習することもできなかったので、各チームの状況をトレーナー陣を通じて情報収集し、初歩的なこと、たとえば感染症対策や人数制限の方法、寮生活がある選手の出入りをどうするか。そんなことから、少しずつ始めていったんです。当時は新型コロナウイルスがどういうものか、どうすれば防げるのか、情報がほとんどなかったですから。

各チームが拠点とする地域によっても、差がありました。思いのほか、柔軟に練習できているチームがある一方で、逆に都心に近いチームでは、練習のために集まれず、ずっと自主練のみの状態でした。
正直、日本代表チームとしては、戦略の立て直しや見通しをつけることが、難しかったですね。まずは、各チームで選手がどう過ごしているか、リーグ内トレーナー間で連携し合い、情報共有を大切にしていました。

集まって練習ができない時期、どんな取り組みを行っていましたか。

所属チームの中では、トレーニング動画を送り、それをもとに選手とオンラインで会話するなどしていました。みんなが時間を共有できるような環境作りを心掛けたんです。その一つとして、ビジョントレーニングも行ったりもしていました。

ビジョントレーニングとは、目の訓練で、動体視力や集中力を高めるためのものです。スマートフォンやタブレットでも行えます。画面の中の数字やボールを追いかけることで、目の運動になるのです。遊びの延長のような感覚で取り組んでいました。

あとは、腕立て伏せや腹筋など、普段はセット数でメニューを組むトレーニングのやり方も変えてみました。時には、単純に何回できるか挑戦するように遊びを取り入れてゲーム化することで、トレーニングにもなり、なおかつ楽しみにもなる。本当にちょっとしたことですが、それもコミュニケーション方法のひとつとして、いかに選手のストレスを軽減するか考えていました。

自粛期間から活動再開、現在までのチームの活動状況を教えてください。

2020年の春以降は、五輪も含め国際大会が延期または中止されました。国内のリーグも、春からの前半戦は中止で、秋からの後半戦のみの開催となりました。

自分が所属する企業チームは、緊急事態宣言が出た地域だったので、トレーニングルームやグラウンドも、人数制限して分散練習をしていました。自主練習の延長のような形から始めていきました。それから状況に応じて人数を増やしていき、最終的に全体練習を行いました。

2020年の4月から6月は、だいぶ運動強度が落ちていたので、6月末から7月にかけて運動強度をどう上げていくかは、バランスを見ながら慎重に計画しました。一気に負荷を上げてしまうと、怪我のリスクが高くなりますから。9月開始の国内リーグ戦に向けて、スタッフで話し合いながら調整していました。

日本代表チームの合宿については、2020年の11月から12月にかけて実施されたものの、年が明けたら再び中止になるなど、ピーキング戦略を考える上でも、予定通りにはいかなかったですね。やっと今年になって、2021年の春頃から、国内リーグや代表チームの合宿なども再開されました。

選手たちの様子はどうでしたか。

振り返って考えてみても、選手たちは「今できることをやる」という明確な意志を持っていてたくましく感じました。彼女たちは、「自分たちがこの状況を動かせるわけではないから、今はできることに取り組むしかないよね」と考えていたようです。

周りのスタッフや我々トレーナーは、感染対策など通常時と違うことに意識が向いてしまっていましたが、逆に選手たちは、いつも通り大会があると思って向かっていくというスタンスでした。

もちろん、心の中には不安もあったと思います。本当に大会はあるのか、いつになったら、みんなが集まって練習できるのか、見えない時期もありましたから。久しぶりに合宿で集まれても、外出さえ自由にできず、ストレスが溜まっていたかもしれません。けれど、柔軟に新しい生活様式にも対応しながら、自分たちがすべきことをする、という一点に集中してくれていました。

精神的疲労度と肉体的疲労度が乖離した時、怪我のリスクが高まる

コンディショニングで重視している数値などはありますか。

ソフトボール日本代表村上純一さん

選手一人ひとりの「精神的な疲労度」と「肉体的な疲労度」をモニタリングし、日々の変化を見ています。

ソフトボールの競技特性として、バットを振っている数やボールを投げる数は追えますが、サッカーやラグビーのように走る距離をGPSで取って意味のあるデータにするのは難しいです。それもあって、私の所属企業チーム内でも、主観的な疲労度を重視してデータを蓄積してきています。

チーム内でのデータの推移を見ていくと、急性的な怪我が発生する時は、肉体的な疲労度と精神的な疲労度が乖離しているケースが多いことが分かってきました。肉体的な疲労度は下がっていても、競技に対しての悩みや生活面でのストレスがあると精神的な疲労度が上がり、急性的な怪我を起こすリスクが高まるのです。

精神的な疲労度が高い時は、パフォーマンスも落ちていたり、身体の使い方に違和感があったりもします。なので、走り方がちょっと鈍い、バットの振り方がおかしいなど、パフォーマンスに表れる通常時との差にいかに早く気づけるか、注力したいと思っています。

女子ソフトボール日本代表チームがこれから目指すこととは。

あくまで職業的、個人的な見解になりますが、ソフトボール界のコンディショニング、ピーキング戦略について、もう少しデータ管理、システム化していきたいという想いがあります。トレーナー以外のスタッフも含めて連携をとり、科学的なエビデンスに基づいてチームづくりを行っていけるといいですね。

まずはリーグ内各チームからでも少しずつ成功例を作っていき、最終的に代表チームにも反映していけるといいなと思っています。

トレーナーは、目の前の試合に向けて、選手たちが100%の力を発揮できるように準備するのが仕事。しかしコロナ禍で行う試合の場合は、スタッフの人数制限の想定も必要です。トレーナーだからといってメディカルの範疇外のことはやらない、ではなく、トータルにサポートできるスタッフとして準備しておかなければいけないと思っています。

それにより選手が高いパフォーマンスを発揮できて、良い結果に向かえばいいですから。現在はメンタルもフィジカルもコンディショニング面では万全の状態です。とにかく怪我がないように、この状態をどうキープしていくかを考えています。

 

取材・文/伊東真尚(ドットライフ)