スポーツする全ての子どもたちにアスレティックトレーナーのサポートを届けたい〈後編〉

アスレティックトレーナーとしてJリーグの複数クラブで活動した後、なでしこジャパンをサポートするなど、日本サッカー界に長年にわたり多大な貢献をしてきた広瀬統一氏。現在の日本のスポーツの課題、スポーツ界・アスリートの価値を高めるための施策についてお話を伺った。前編と後編に渡ってお届けする。

インタビュイー

インタビュイー
広瀬 統一
早稲田大学スポーツ科学学術院 教授、元なでしこジャパン フィジカルコーチ

1974年生まれ、兵庫県出身。大学卒業後から東京ヴェルディでフィジカルコーチとして活動。2006年に東京ヴェルディを退団後、早稲田大学教員として従事しながら、名古屋グランパスに入団。2008年からは名古屋グランパス、JFAアカデミー、なでしこジャパン(サッカー日本女子代表)、大学教員の職に並行して携わる。2009年に名古屋グランパスを退団し、京都サンガへ。スポーツ外傷・障害予防とコンディショニングをテーマに、若年層から成人まで幅広い年齢層を対象に研究を行う。2009年、早稲田大学スポーツ科学学術院専任講師に就任し、2015年より現職。

〈前編〉から読む

大切なのは子どもたちの良いところを伸ばして、自信を持たせること

育成年代やユース年代にはどんな伝え方をしますか?

子どもたちを対象に話をするときは、もう少し実技を交えて身体の動きに合わせてどんなことができるかを体験してもらいます。そして、自分がどんな選手になりたいかを文章で書いてもらいます。

たとえば、憧れの選手を挙げてもらいます。そしたら「メッシになりたい」という子がいる。「君のポジションはどこ?センターバックだよね。本当にメッシになる必要があるかな?」というように解像度を上げる手伝いをします。そうするともう少し明確な目標ができるので、「じゃあそこに近付くためにどうしよう?」と考えてもらう。

自分の欠点に目が行きがちなので、「自分の良いところを伸ばして自信を持とう」と伝え、そこからどうやって改善していくか考える。そんなことを実技をしながら話しています。

スポーツするすべての子どもたちが、アスレティックトレーナーのサポートを受けられる環境整備に取り組みたい

今後、広瀬さんが取り組んでいきたいことはなんでしょうか?

中高生がアスレティックトレーナーによるサポートを受けられる環境を広めていくことですね。最終的には全ての子どもたちが良いサポートを受けられる状態を作りたいです。私がヴェルディユースを担当した当時は、Jリーグの中でも育成年代のフィジカルコーチは二人ぐらいしかいませんでした。でも今はほぼ全てのチームにいます。

そういった面では、Jリーグは変わってきています。では部活動はどうか。高校だと私立校にはいても、公立校にはいなかったり、サッカー部にはいても他の競技にはいなかったりします。中学校はほとんどいないですよね。サッカーに限らず、そこまでサポートが行き届く環境を作りたいと考えています。

サポートが足りていない、指導者一人でチームを見ているような場合に、どのような形でサポートを実現しようとしていますか?

総合型の地域スポーツクラブは日本に約3,500あるんですね。それぞれのクラブにアスレティックトレーナーやコンディショニングコーチが所属すれば、近くの学校はサポートを受けられますよね。例えば週に1校ずつ学区内の学校を担当するとして、3,500名所属すれば網羅できるはずなので、そのようなネットワークを実現したいと考えています。

今はスポーツクラブの方と話していますが、昨年スポーツ庁の委託事業に承認されましたので、情報発信とモデルケースとしての成功を目指しています。困ったときに近くに頼れる場所があるということが大切だと思うんです。

「適切な競争」を用意し、成長する機会に

勝ち負けで言えば、結果がはっきりすることは大事だと思っています。競争がないと人は成長しにくいですから。ただその競争が個別性や年代に合った競争を用意できてるかという点に気を付けなければなりません。

人が成長するときというのは、本番で課題が出てきて、それを分析し、準備過程において負荷ある行動によって改善していく。そのサイクルが成長につながります。真剣に本番に臨まなければうまく回りませんよね。その真剣な本番が試合であり、競争につながっている。あるいはチーム内で試合に出るための競争もある。

ただし、その競争が子どもにとって過度なものであったり、結果しか見ず課題を認識しない、相手を落として結果を出すような方向性では成長できません。状況を俯瞰して適切な競争を用意してあげる、それが指導者のあるべき姿ですね。

トーナメント制が良くないと言われる理由は、負ければ次の本番が無くなってしまうからです。もちろん負けたら次が無い、という大きなプレッシャーは成長するための大事な要素なので悪くはないと思いますがそれだけになってしまっては良くないので、リーグ制とトーナメント制をバランスよく経験することが必要ですよね。

だからといって、小学校低学年に過度なストレスは不要だと思います。だいたい高学年ぐらいから競争を経験していくのが適切ではないでしょうか。人間的成熟が進んできた段階でそれを経験させる、それより前の段階ではチャレンジする機会や楽しさを教えてスポーツを好きになってもらうことがまずは必要ですね。

日本を引っ張るリーダーが、スポーツ界から輩出される環境づくり

子どものスポーツへの親の関わり方も変わってきましたね

早稲田大学スポーツ科学学術院 教授/なでしこジャパンフィジカルコーチ 広瀬統一氏

親の関わり方もずいぶん変わりました。20年ほど前は、サッカー経験者の親がいなかったので、指導者に全て任されていたように思います。だから指導者も、親の評価を過度に気にせずに指導できたんですが、今は親の中にも経験者が増えてきたので、親の考え方と指導者の考え方が一致しない状況も生まれてしまいます。

そうなると、親の関わり方によっては、選手である自分が上達しないのはトレーニングのせい、ひいては指導者のせいだと考えてしまうこともあります。このような状況で生じる問題として、自分と向き合うことができないと成長が止まってしまうので、その考え方になってしまう子どもたちがかわいそうだなと思いますし、そうなってほしくないので親の皆さんには気を付けていただきたいと思います。

期待や応援、サポートをしてあげて自己分析を手伝ってあげる、難しければ共感してあげるだけでもいいと思います。そこで親が子どもにダメ出しをしてしまうと、その言葉は子どもの中に強く残りますから。試合でも親の目線を気にして試合に集中できなくなってしまう。そんな状況は避けるべきだと思います。期待しすぎるというのは、「強いる」ことにつながってしまいます。子どもが好きでやっていることをただ応援してあげる、それで良いのではないでしょうか。

先生のお話を聴いていると、現状存在する仕組みや、やり方はそれぞれに良さ悪さがあり、人を育てるという大前提のもとで個々に活用していく、という風に感じたのですが、一番根底にあるのはやはり人づくりですか?

自分と向き合って成長する考え方を身に付けてほしいと考えています。大きくなってから身に付けることもできますが、20歳で知るのと10歳で知るのでは30歳になったときに大きな差ができますよね。

スポーツ界に限らず、日本を引っ張るリーダーがスポーツを通して育つようになれば、スポーツの価値ももっと上がりますよね。スポーツ出身の方のセカンドキャリアが注目され、その選択肢が増えていけばよいと思っています。スポーツ選手は、スポーツを通じて問題分析や問題解決をしつづけ、そして内省的な目を持つ経験をしてきている。すなわち、成長し続ける土台を身につけているはずなんです。このような人たちがもっと社会で活躍し、スポーツ選手あるいはスポーツを行うことに対する社会の評価が高まることで、スポーツの価値も再認識されていくと思います。

〈前編〉を読む

聞き手・文/今井 慧  写真/小野瀬健二