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現代女性の月経の総回数が増加。それに伴い疾患も増加
女子選手特有の健康問題を教えてください。
主に無月経と月経随伴症状の2つが挙げられます。メディアなどでよく取り上げられるのは無月経ですが、女子選手全体で見ると圧倒的に月経随伴症状を抱えている人の方が多く、その対策も重要です。
月経随伴症状の代表的な例を教えてください。
大きくは、月経困難症、PMS(月経前症候群)、過多月経、主観的コンディションの変化の4つに分かれます。
一つ目の月経困難症のなかでも、月経痛があるものの子宮や卵巣に異常がみられないものを機能性月経困難症と言い、子宮内膜症などの疾患が月経痛の原因となっているものを器質性月経困難症と言います。機能性月経困難症は10代後半から20代半ばくらいまでに特に多く、主な痛みの期間は月経中のみです。
一方、器質性月経困難症は20代〜40代で多いのですが、近年若い女性においても子宮内膜症などの疾患が増えています。現代女性は、初経が早まり、また閉経が遅くなっています。また、出産の回数が減っており、一生のうちに経験する月経の総回数が増えていることも原因のひとつです。子宮内膜症は月経の回数が多いほどリスクが高くなる病気で、10代からこの疾患を抱える女性もみられます。海外の調査によると、月経困難症が強い思春期の女性の7割くらいが、子宮内膜症を抱えているというデータもあります。
二つ目に、PMS(月経前症候群)とは、月経前3〜10日の間続く精神的・身体的症状のことで、月経発来とともに減退・消失するものを指します。精神的症状としては、イライラする、怒りっぽくなる、落ち着きがなくなる、などがあり、身体的症状としては、下腹部膨満感、下腹部痛、腰痛、頭痛、乳房痛などがあります。
三つ目に、過多月経とは、その名の通り経血量が多くなることで、他人と比較することが非常に困難な症状でもあります。目安として「血の塊が出る」「夜用のナプキンが1〜2時間ごとに交換が必要」であれば、経血量が多いと判断してよいでしょう。貧血をもたらすので、女子選手のパフォーマンス低下の原因にもなります。さらに、水泳など水中で競技するの種目や、ユニフォームが白い場合、経血が漏れないかという選手の不安要素になってしまうことも。
四つ目に、主観的コンディションの変化とは、月経周期に伴うホルモンの変動によって起こる身体の調子の変化のことです。女子選手それぞれで個人差がありますが、月経中から月経終了後数日後までが最もコンディションが良いと感じているアスリートが多い現状です。
さらに、これらの問題は年齢別に捉える必要があります。初経が来る小学校後半くらいでは月経不順や無月経、月経痛の問題が起こることが多く、月経から数年たち、排卵が確立する高校生後半になるとPMSの症状が増えてきます。
問題の放置は、競技中だけではなく将来にわたって影響を与える
女子選手特有の健康問題を放っておくことに、どんなリスクがあるのでしょうか?
無月経になると、エストロゲン分泌量の低下により、骨密度が低下します。高齢者の骨粗鬆(しょう)症の治療と異なり、若年のスポーツ選手における低骨量や骨粗鬆(しょう)症の治療法は確立されていません。このため、競技生活中の疲労骨折のリスクを高めますし、現役引退後も骨折のリスクを抱えながら生活することになります。高齢になってからの骨折は寝たきりや認知症を引き起こし、死亡率が高まる原因になるので、予防医学の観点からも10代の頃からきちんとケアすることが重要だと思います。
また、無月経の場合、血管内皮機能が落ちてしまうことで血圧上昇のリスクが高まったり、脂質異常症になったり、さらには、更年期の女性が鬱傾向になりやすいのと同じで、メンタル的にも鬱っぽくなってしまう可能性があります。私のところに相談にいらっしゃる無月経の女子選手は、鬱や摂食障害などいくつかの症状が合併している人が多く、表情から見てとれる時もありますね。
能瀬先生に相談に来られる女子選手には、どんな人が多いのでしょうか?
オリンピアンから部活動に励む女子学生まで幅広く来られます。競技レベルに関係なく、同じような悩みを抱えていらっしゃいます。さまざまな競技・種目の選手が受診されていますので、競技特性を理解した対応を心掛けて診療を行っています。
問題の根っこにある「思い込み」
無月経が引き起こされる原因を教えてください。
無月経は、いろんな原因があるのですが、そのほとんどは運動量に対して食事量が少なく、エネルギーが足りていないことによって引き起こされます。持久系や審美系の競技の選手によく見られる症状で、その原因は「体重が軽い方が記録が伸びる」といった競技指導者や保護者の思い込みによるものが大きいです。
ある程度身体を絞ることは競技特性上必要かもしれませんが、特に、身体が一番成長する10代の時期に、過度に体重を落とすことだけに注力すると、長期的にその競技を続けられなくなってしまいます。仮に中学や高校での記録が良かったとしても、その後疲労骨折を繰り返すなど、長く競技を続けられない選手が多くいます。
過度なトレーニングによるエネルギー不足の問題は深刻で、月経と骨の問題だけではなく、パフォーマンスに影響が出ます。その意味では、女子選手だけでなく、男子選手も含めた日本のスポーツ選手全員が抱えている問題です。ガス欠の状態では、いくら速く走ろうとしても長くはもたない。そのことを指導者はしっかり認識する必要があると思います。
ある程度の減量が必要な場面ももちろんあります。トップアスリートの世界では、重要な試合の前は絞らなきゃいけない状況も分かります。それでも、試合が終わればきちんと食べて戻すことが重要で、年間を通して慢性的にエネルギー不足になっている状態は避けるべきです。
データがまったくない状態から立ち上げた「女性アスリート外来」
「女性アスリート外来」の立ち上げに至ったのはどんないきさつだったのでしょうか。
実は、スポーツの現場に広がっている「思い込み」は今に始まったことではなく、何十年も前から存在します。そもそも、私自身が女子選手の健康問題に関わるようになったきっかけは、過度なトレーニングによる無月経や骨密度低下の問題をなんとかしたいと思ったからでした。
当時は、女子選手の婦人科系の問題について表に出ているデータはまったくなく、700名くらいの選手を調査するところからのスタートでした。そこで初めて、さまざまな問題を女子選手が抱えていることを明らかにし、メディアや産婦人科の先生方などにも注目していただけるようになりました。
そんな世論の高まりを感じつつ、2012年頃から少しずつ準備をし、2014年に女性アスリート健康支援委員会を設立。そこで、ようやく本格的に女子選手が抱える問題について啓発を始めました。
当時は、選手たちすらも自分たちの抱える問題を知らないし、どこに行けば解決できるかも分からない状態で、産婦人科の先生方もどう対応すればいいか分からない状態でした。全国で講習会など続けるうちに、少しずつ正しい知識が広まり、今では、産婦人科医でも女子選手の婦人科系の問題を診察できる医師が増えました。また、日本スポーツ協会が指導者研修会の中で女性のコンディション管理の重要性についても触れるようになり、指導者やトレーナーが積極的に婦人科の受診をすすめてくれるようになってきています。
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取材・文/種石 光 撮影/堀 浩一郎