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低用量ピルの継続的な服用で、年単位での月経コントロールを
低用量ピルによる、具体的なコンディショニングの方法を教えてください。
トップアスリートの世界では、超低用量ピルを継続的に服用し、大事な試合や合宿とかぶらないよう1年というスパンで月経時期をコントロールする方法が主流です。月経を移動させるだけでなく、月経痛やPMS、過多月経(経血が多い)などの治療も同時に行えるメリットがあるのです。中用量ピルを活用して1回だけ月経をずらす方法は、最近ではほとんど取られることはありません。
人によっては副作用がメリットを上回る場合もありますが、その場合別の薬剤に変更し自分に合う薬を探すことはできるので、あきらめず、医師と相談しながら自分に合った方法を探してもらえればと思います。
副作用が気になる人もいるかと思います。そんな選手は低用量ピルを使うかどうか、どう判断すれば良いでしょうか。
まず、月経周期とコンディションに関連がないか、自分で基礎体温をつけたり、症状を記録することから始めると良いと思います。気分が落ちるのでPMSかなと思っても、実は別の心理的な問題がある場合もあります。自分で2〜3カ月記録をつけてみて、月経周期がパフォーマンスに影響を与えていると思った場合、つけた記録を持って医師に相談すると良いと思います。記録は、ルナルナスポーツ、ONE TAP SPORTSなどのアプリを活用しても構いません。
月経の周期や期間、痛みの程度や感じ方、そしてコンディションへの影響などには個人差があります。また、月経をコントロールしたい、自然のまま付き合いたい、など価値観は人それぞれ。女性なら誰もがホルモン製剤を使うべきという話ではなく、最終的には自分で決めるべきだと考えています。
たとえ10代であっても、私は保護者だけでなく、必ず女子選手本人に意思を確認するようにしています。よく、「ほかの病院や、知り合いの選手から低用量ピルを飲みなさいと言われた」と言って受診する選手もいらっしゃいます。でも、私は強制するものではないと思っています。自分でこのままだとつらいと思えば飲めばいいですし、ちょっと試してみるのでもいいです。その場で決められないようなら、次回診察までに考えてください、とお伝えするようにしています。
「心配事」を取り除き、競技への集中力を高める
では、低用量ピルの活用により、月経をコントロールするメリットを教えてください。
まず、月経困難症の改善が期待できます。それ以外に、女子選手にとって特に重要な効果として、コンディションを整えられるというメリットがあります。
女性トップアスリートへ実施した調査では90%以上が、「月経周期と主観的コンディションに相関がある」と回答していました。低用量ピルを使うことで、月経周期に伴うコンディションの変化という不安要素を気にせず試合を迎えることができます。
また、月経に伴う症状がない選手においても、競技中の不安を解消するのにも有効です。例えば、競泳選手のように水中で行う競技や、新体操など特定のユニフォームを着用する競技の場合、白いユニフォームを着る機会が多い競技の場合、経血を心配する選手は多いです。
また、遠征などで移動中に休憩時間が確保できない場合、試合会場でトイレが近くにない場合に、経血が漏れてしまう不安を解消できるのも大きなメリットだと思います。女子選手が少ない状況でほかの選手と同じように移動しているなか、自分だけ生理用品の交換のために休憩がほしいとは言い出しづらく、ずっと心配の種を抱えたままにしてしまう選手も多くいるのです。
特にパラアスリートは、障害別や障害のレベル、基礎疾患などにより抱えている問題はさまざまであり、個別の対応が必要となります。たとえば、全盲の選手の場合は頻発月経や過多月経があるとトイレへ誘導してもらう機会が増えるなど、介助の方の手をわずらわせてしまい申し訳ないという気持ちを抱えることも。 こういった切実なアスリートの声はなかなか聞こえてこないので、私たちも積極的にサポートしていきたいと考えています。
異常を放置しない、早期発見のために指導者ができること
ジュニア・ユースの年代別に注意すべき健康問題はありますか?
まず、年代によって起こりやすい問題を知っておくことが重要です。10代では遠征中に初経がきてしまうこともあるので、そうなったときに適切に指導できるように準備しておくと良いでしょう。
小学生だと、無月経の問題、初経遅延の問題、月経不順の問題が起こりやすいです。中学生ぐらいになるとそれらの問題に加えて、月経困難症の問題が出てきます。さらに、高校生になるとPMSの問題、過多月経の問題が出てきます。一つ一つの問題と、それらが発生する時期について把握しておくことが大事です。
選手の健康上の異変・異常に素早く気づくために、できることはなんでしょうか。
まず、すでになんらかの問題が起こっている場合はすぐに受診してほしいです。例えば、15歳で初経がきていない、3カ月以上月経が止まっている、月経痛が辛くて練習を休んだことがある、などです。
私が勤める東京大学医学部附属病院女性診療科・産科で制作・発行した『Health Management for Female Athletes Ver.3』の巻末に載せたチェックリストを活用いただくのも良いと思います。
男性指導者のなかには、月経について選手とコミュニケーションをとるのが難しいと考える人も多いかと思います。
選手が不調を訴えてきた場合は「最後に生理がきたのはいつだった?」と聞いてもらい、その時点で3カ月以上きていなければ婦人科を勧めてもらうのが良いと思います。それ以外の場合には、選手に記録をつけてもらい、口頭ではなく紙やデータ(アプリやExcelなど)を使ってやり取りするのが良いのではないでしょうか。紙やデータへの記録であれば、たとえ話しづらくても指導者が状況を把握できますし、病院にとっても受診の際に重要な情報になります。
私の個人的な意見では、女子選手が指導者に相談をしている段階で何かしら問題があると捉え、記録をつけてもらった上で受診するように勧めると思います。指導者にとっても、選手が受診しその結果が分かると自身の学びの機会になるのかなと思います。
指導者が個人的な経験談や限られた自分の知識から「こうすべき」などと選手に勧めるよりは、ぜひ専門家を頼っていただき、正しい情報を得てから判断してください。女性アスリート健康支援委員会のホームページでは、アスリートの問題に対し診察可能な全国の婦人科医を検索することができます。
学校全体で教育やスクリーニングを行い、部活だけ・指導者だけに頼らない体制づくりを
育成年代の女子選手の健康を守るために、どんな体制があると良いでしょうか?
そもそもこの問題は女子選手だけのものではありません。だからこそ、性教育のあり方自体を見直す必要があると個人的には考えています。ネット社会においては10代でもスマホでいろんな情報を集められます。ただ、集めた情報が正しいとは限らず、その出典元を吟味しなければなりませんが、10代にそこまで求めるのはなかなか難しいです。
したがって、なんらかの健康問題がある女子選手を早期発見するために、学校の養護教諭の方にキーパーソンになっていただけるんじゃないかと考えています。例えば、3〜4カ月ごとに「最後の月経はいつか」「月経が辛くて薬を飲んでいるか」など5問ぐらいの簡単なアンケート調査を行い、異常があれば校医や婦人科につなげるという仕組みがあると、学校規模で健康問題にアプローチできます。
このような体制があると、「月経が止まって一人前」といった古い考えで指導が行われているケースを拾いあげ、学校規模でスクリーニングすることができるので異常を早期に発見することが可能です。
私たちも、婦人科は妊娠や出産のときだけでなく、無月経や月経困難症の問題も含めて女性のヘルスケア全般に関わる場所だということをアピールして婦人科へのハードルを下げる努力が必要だと考えています。何かあったときにすぐ相談できる場所になっていかなければいけないですね。
※参考資料(東京大学医学部附属病院 女性診療科・産科より発行)
・Conditioning Guide for Female Athletes 1-無月経の原因と治療法について知ろう!-
・Conditioning Guide for Female Athletes 2-月経対策をしてコンディションを整えよう!-
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取材・文/種石 光 撮影/堀 浩一郎