女子セブンズ日本代表チーム「サクラセブンズ」での事例から学ぶ「女性スポーツ選手のコンディション管理」

多様なバックグラウンドを持つ方が集い、専門性を越えてつながる場として毎回好評を博してきた、ユーフォリア社が主催するセミナー「丸の内スポーツラボ」(2017年から2019年にかけて全15回開催)から、アーカイブをピックアップ。今回は2017年8月に開催した第5回目に登壇した平井晴子氏の講演をお届けする。

講師

講師
平井 晴子
女子ラグビー日本代表コンディショ二ングコーディネーター/日本オリンピック委員会医科学スタッフ/公益財団法人日本ラグビーフットボール協会メディカル委員会トレーナー部門委員・安全対策委員会委員

1981年生まれ、大阪府出身。高校時代、アメリカンフットボール部にてマネージャーを務め、怪我をした選手に対する応急処置やテーピングの方法などを独学で勉強。2011年にサンディエゴ州立大学を卒業し、帰国後は鍼灸接骨院や専門学校の講師を経て、2013年から女子セブンズ日本代表のアスレティックトレーナーとして活動。 【略歴】 立命館大学卒業  製薬会社営業担当 サンディエゴ州立大学運動生理学部AT学科卒業 藤村女子中学高等学校新体操部アスレティックトレーナー(2011年12月~2018年3月) 女子セブンズ日本代表ヘッドアスレティックトレーナー(2013年4月~2016年8月) 女子ラグビー日本代表コンディショ二ングコーディネーター(2017年1月~) 【資格】 NATA公認アスレティックトレーナー(ATC) NSCA認定ストレングス&コンディショニングスペシャリスト(CSCS) JASA認定アスレティックトレーナー(AT) 【専門】 女性スポーツ選手のコンディション管理

データを活用し、効率的かつ質の高いトレーニングを継続する

平井氏は、2016年リオデジャネイロオリンピックから正式種目になった7人制ラグビー「セブンズ」の、女子日本代表のコンディショニングコーディネーターを務めている。日々、選手のコンディション向上に向き合い、世界大会への出場など実績を残してきた。

今回は女子セブンズ日本代表チーム・サクラセブンズでの取り組み事例を基に、女性スポーツ選手のコンディション管理について講演していただいた。
平井氏によると、コンディション管理は大きく2つに分かれるとのこと。

「一つは、試合当日に選手たちのピークを持ってくること(ピーキング)。トレーニングによる競技力向上と外傷・障害予防がこれにあたります。もう一つは日常的なトレーニングをいかに良い状態で継続してもらうかということ。リカバリー(疲労回復)や栄養管理など幅広い内容を考える必要があります」

平井氏は世界一になるには世界一のトレーニングとリカバリーが必要だと考え、そのための環境づくりを重要視している。実際に日本代表チームが採用していたコンディション管理の方法が紹介された。

「選手のコンディションを管理・分析するツール『ONE TAP SPORTS』を使ってデータを集め、選手それぞれの調子やチーム全体の調子を分析していました。集めていたのは客観的なデータと主観的なデータの2種類で、それぞれの項目はスライドをご覧ください」

ONE TAP SPORTSで毎朝のコンディション入力&チェック
選手に入力してもらったのは、体重や体温、脈拍など客観的データと、食欲、コンディションレベル、各部位の疲労度といった主観的データ。それらのデータを総合的に判断し一人ひとりのコンディションを毎日確認

「集めたデータを基に、トレーニング内容の策定・変更やケア・リカバリーの指示、一日のタイムスケジュールの変更などを臨機応変に行っていました」

月経周期のメカニズムを理解し、個々のコンディションを把握

続いて、男性指導者にも知っておいてほしいと前置きをした上で、女性スポーツ選手特有のコンディション管理の方法について解説を始めた。 まず最初に説明されたのは、指導者が理解しておくべき、月経周期のメカニズム。
「月経周期と女性ホルモンの分泌、基礎体温には下の図のような関連性があります」

月経周期と女性ホルモン分泌・基礎体温の関係
女性スポーツ選手については、月経周期を理解したうえで、コンディション管理に生かすのが重要

「女性ホルモンにはエストロゲンプロゲステロンの2種類があり、それぞれの分泌量が変わることで、身体にも変化が起こります。排卵後の黄体期と呼ばれる期間は分泌されたホルモンを溜め込む時期で、むくみや頭痛、胸痛などが引き起こされることがあるほか、精神的にもイライラしたりやる気が出なかったりとさまざまな症状が出ます。
この期間を過ぎると、エストロゲンの分泌量が増え、身体の調子を良くしていってくれます。そしてこのエストロゲンの分泌がピークに差し掛かると排卵のスイッチが入り、次の排卵期を迎えるというサイクルになります」

サイクルについては、一般的には28日周期だが、人によって差があるとのこと。ただしこの差があまりに大きすぎる場合は、要注意だ。

「1サイクル25日〜38日であれば正常だと言われています。少ない場合は頻発月経、多い場合は稀発月経と言い、それぞれ対処しなくてはなりません。特に女性スポーツ選手にとって問題なのは続発性無月経と呼ばれる、3カ月以上月経が停止している状態です。すぐに産婦人科にて診てもらう必要があります」

また、月経困難症や、いわゆる生理痛が辛いと感じる選手も多く、コンディショニングコーチはそのメカニズムについても理解しておかなければならない。

「月経困難症は、機能性月経困難症器質性月経困難症の2種類に分かれます。機能性月経困難症は、プロスタグランジンによる子宮の過度な収縮により痛みが引き起こされます。スライドの右側をご覧ください」

月経困難症(生理痛)の解説
生理痛が辛い選手はその理由を把握しておく必要がある

「子宮内膜が剥離され、月経が始まった時には、プロスタグランジンがどんどん合成されている状態です。このプロスタグランジンによって、子宮筋が収縮されて虚血状態になることで下腹部痛や腰痛が起こると言われていますが、病気ではありません。15歳~25歳の若い人に多く、加齢とともに軽くなっていくのが特徴。痛みの持続期間は数時間から2日間などばらつきがあります。鎮痛剤やピルを使用して症状を緩和させることができます。鎮痛剤はプロスタグランジンが出た後は効かなくなるので、出血があったらすぐ飲むようにすると効果的です。
器質性月経困難症は、子宮内膜症子宮筋腫といった疾患によって引き起こされるもので、30歳以上に多いと言われています。特徴としては痛み止めがまったく効かないことです。治療が必要なのでドクターに診てもらうように、アドバイスしてあげてほしいですね」

月経により、女性の身体に引き起こされるのは痛みだけではない。
「月経開始の3日から10日前に起こる精神的または身体的な不調としてPMS(月経前症候群)があります。精神的には情緒不安定になったり、身体的症状としては身体のむくみ、体重の増加、乳房の膨満感などが表れる人もいます」

「低用量ピル」についての誤った認識を正したい

女性スポーツ選手を指導する指導者は月経周期による身体の変化について把握し、コンディション管理の方法を選手ごとに考えなければならない。研究によると、一般的には月経後数日間は調子が良いことが多いとされているが、なかには月経中が一番調子が良い人もいる。一人ひとり症状の表れ方も異なるので、個別性を踏まえた管理方法が必要となる。

また、「低用量ピル」は、月経周期をずらしたり、症状を緩和したりすることが可能で、コンディション管理に有効だとのことだ。
「例えば『ルナベル』という薬なら、3週間同じ時間に一日一錠飲みます。その後7日間休薬するんですね。そうすると21日目が終わって2、3日後ぐらいに月経が来るようになります」

欧米では40%以上の女性スポーツ選手がピルを活用しているのに対し、日本では月経周期をコントロールできること自体がほとんど知られていない現状がある。その背景にはピルに対する間違った認識があるのだと言う。

「ピルに対する認識について選手に聞いてみると、『将来、子どもを産めなくなるって聞きました』『ドーピング検査に引っかかるんですよね』『太るらしいですね』と間違った認識をしている人がとても多い。もちろん副作用もまったく無いわけではないので、ピルを使用する場合はドクターに相談すべきです。ただ、月経困難症やPMSで困っている選手には積極的にピルを勧めてほしいなと思います」

「貧血」によるヘモグロビンの低下は走行距離にも影響を与える

続いて、多くの女性スポーツ選手が悩まされている貧血についても解説された。鉄欠乏性の貧血は、女性だけでなく、男性スポーツ選手も気を付ける必要があるという。

「貧血の原因は大きく4つあります。それぞれ、激しいトレーニングによる鉄分の排出量増加、偏食ダイエットによる鉄分の摂取不足、成長期や妊娠・授乳期の鉄分の需要増加、月経・痔・子宮筋腫などが原因の出血過多、の4つです」

貧血はスポーツ選手のパフォーマンスに影響を与えると言う。
「貧血の選手は酸素を運搬するヘモグロビンが少なくなり、最大酸素摂取量が低下するというデータがあります。また、走行距離とヘモグロビンには相関関係があるとも言われています」

サクラセブンズでは、貧血によるヘモグロビンの低下を防ぐべく、専用の測定機器を導入し、毎日ヘモグロビンの動向調査を行っている。その結果、練習が激しくなる強化期間中はヘモグロビンの量が少なくなっていることが判明。そこで、チーム全体で「鉄分強化月間」を設け、貧血を防止する取り組みを始めたという。すると、選手それぞれのヘモグロビン値への意識が向上し、その効果は数値としても表れてくるようになった。

ヘモグロビン動向調査で貧血チェック
ヘモグロビン値を定期測定することで、パフォーマンス向上につなげる

卵胞期と排卵期に高まる、前十字靭帯損傷リスク

続いて、平井氏は女性に多い怪我として前十字靭帯の損傷について解説した。
前十字靭帯(ACL)の損傷は私がチームに所属するようになって、初年度に立て続けに3件発生しました。ACL損傷はサッカーやバスケットボール選手に多い怪我です。ストップ動作の多さが特徴的ですが、それはラグビーも同じ。さらにタックル動作も加わるので、ACL損傷が起こりやすいのではと考えました。 

ただし、女子ラグビー選手に関するデータが少なく、私たちのチームがほかと比べて特に多いのか平均的なのかすら分からなかったので、それならと自分たちで調べ、予防策を見つけようとチームドクターと一緒にプロジェクトを立ち上げました」

平井氏によると、ACL損傷は女性に多く見られ、その背景の一つにはホルモンの影響があるとのこと。
「いろんな研究を参照してみると、卵胞期と排卵期にACL損傷のリスクが高まるということが共通していました。その時期はミスが増えることがデータとしても出ています。ですから、月経周期に合わせた怪我予防プログラムを作るべきだと考えています」

暑熱環境対策としての「プレクーリング」

続いて、平井氏は東京2020オリンピック・パラリンピックに向けた暑熱環境対策について紹介した。

国立スポーツ科学センター(JISS)により『暑熱対策セミナー』が各競技団体の代表チーム向けに開催されました。そこでは練習や試合前に身体を冷やしてパフォーマンスを上げる「プレクーリング」の重要性について触れられていました。
具体的には、アイススラリーと呼ばれる、コンビニによく売られているフローズンドリンクのような、体の中から冷やす飲み物が良いそうです。我々も、ミキサーで氷とスポーツドリンクを混ぜ、フローズンドリンクにして選手に飲んでもらうことを始めました。
また、手掌部や首を冷やし、より深部の体温を下げることについてもおすすめされていましたね。運動継続時間が増えたり、脳への血流量低下を抑制したりもするようです。副次的に気持ちがリフレッシュしたりといった効果もあるそうです」

アスレティックトレーナーと選手が共に考え、コンディション管理に対する共通認識を

最後に、ユース世代の育成で大切にしている考え方を話し、講演を締めくくった。サクラセブンズには(本講演の2017年8月当時)、13名のメンバーが所属しており、そのうち20歳以下の選手は3名いた。

「サクラセブンズでは、ユースの世代から『自分の身体は自分で守る』というマインドを育成するようにしています。選手たちがシニアチーム、トップチームに入ったとき、怪我や不調に悩む期間をなくし、身体づくりやラグビーのスキルを磨くことに時間を割いてほしいからです。ACL損傷リスクを下げる観点からも、動きの『くせ』がつく前の14〜18歳のときに、正しい動きを教えることが重要だと研究で述べられています。
これからは、スタッフだけで考えるのではなく選手たちにも参加してもらい、怪我をしにくい身体づくりや、コンディショニングに関して一緒に考え、共通認識を作っていければと思います。それによって、選手たちが普段の力をしっかり発揮できるようにし、東京2020では金メダルを目指します」

講演後、積極的な質疑応答が行われ、コンディション管理指導の現状や、女性スポーツ選手と男性スポーツ選手の性差など、参加者の関心も高く活発な議論が行われた。

文/種石 光(ドットライフ)