月経を正しく管理してこそパフォーマンスは向上する〜女性アスリートのコンディション管理の基礎知識〜

2月24日(水)にユーフォリア社主催で開催された「TORCH Live Meeting vol.2」(オムロン ヘルスケア社協賛)。レポート後編ではアスリートのコンディション管理の専門家である須永美歌子教授によるセッションにフォーカス。女性アスリートが抱える健康障害の実態から、無月経と運動パフォーマンスの関連性、月経周期にあわせたコンディション管理のコツまで実践的な内容をお話いただきました。

講師

講師
須永 美歌子
日本体育大学児童スポーツ教育学部教授、博士(医学)

日本オリンピック委員会強化スタッフ(医・科学スタッフ)、日本陸上競技連盟科学委員、日本体力医学会理事。運動時生理反応の男女差や月経周期の影響を考慮し、女性のための効率的なコンディショニング法やトレーニングプログラムの開発を目指し研究に取り組む。大学・大学院で教鞭を執るほか、専門の運動生理学、トレーニング科学の見地から、スポーツ現場での女性アスリートのサポートに携わっている。著書に『女性アスリートの教科書』(主婦の友社)、『1から学ぶスポーツ生理学』(ナップ)

Session 2:月経を正しく管理してこそパフォーマンスは向上する

月経管理の前に理解すべきは「女性の身体的特性」

Session2を担当するのは日本体育大学で教鞭を執るほか、オリンピック委員会の医・科学スタッフとしても活躍する須永氏。女性のための効率的なコンディション管理法やトレーニングプログラムの開発に取り組んできた専門家だ。

須永氏は、まず「パフォーマンスの向上のために、コンディショニングが必要なことは、みなさん理解しているはず」と視聴者に呼びかけた。

「コンディショニングとは、ピークパフォーマンスの発揮に必要な全ての要因と定義されています。なかでも人的要因と呼ばれる、指導者や保護者、チームメートなどスポーツ選手のまわりにいる人たちの関わりは非常に重要。選手のパフォーマンスに大きく影響します」

パフォーマンス向上にはコンディショニングが必要

「特に女子選手が理解しておくべきなのは『女性の身体的特性』です。思春期以降、男性が筋肉質になっていくのに対して、女性は脂肪がつきやすい体質に変化していきます。中学生くらいの女子選手はこの変化に対し葛藤を抱えることも多いですが、これはトレーニングによってある程度コントロールできます。

その一方で、絶対に覆らないのは、女性のみに月経があり、出産・妊娠ができるということ。月経があり妊娠・出産できる状態というのは、生物学的に女性として健康な状態であるということです。まずはそのことをしっかりと認識してほしいですね」

食事制限やオーバートレーニングで身体にエネルギーが不足する

女性アスリートの三主徴

それではこうした身体的特性を持ちながら競技に打ち込む女子選手は、どのような健康上の悩みを抱えているのだろうか。須永氏は女子選手に多く見られるという健康障害、女性アスリートの三主徴ついて、それぞれ解説した。

「まずは『利用可能エネルギー不足』。これはひと言でいうと『トレーニングなどによって消費するエネルギー量が、食事から摂取するエネルギーを上回っている状態』のこと。

この状態が続くと、無月経をはじめ、心肺機能や認知機能、免疫機能など、身体のあらゆる部位に悪影響を及ぼします。身体面だけではありません。精神面も不安定になり、結果的にパフォーマンスの低下につながります」

しかし、利用可能エネルギー不足に陥っているかどうかを判断することは難しいという。

「摂取カロリーにしても消費カロリーにしても、厳密に計測することは難しいです。そのためアメリカスポーツ医学会などが推奨するのが、BMI(Body Mass Index)を用いた判定方法。体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)の値が、18.5未満の場合は、利用可能エネルギー不足を疑いましょう。また中学生など成長期の選手の場合、標準体重の85%未満だと利用可能エネルギー不足の疑いがあるので注意が必要です」

利用可能エネルギー不足のスクリーニング

「無月経」は身体からのSOS

次に、女性アスリートの三主徴の二つ目「視床下部性無月経」について解説した。

視床下部性無月経とは、体重の急激な減少やオーバートレーニング、そのほかさまざまなストレスが原因で、脳のなかでホルモンの分泌を司る「視床下部」の機能が低下し、月経がこなくなってしまう症状のこと。

視床下部性無月経

「視床下部は女性ホルモンだけでなく、さまざまなホルモンの分泌をコントロールしています。それが全てうまく調整されてはじめて、月に1回月経がやってくる。つまり女性の身体を健康に保つことができるのです。無月経というのは、身体からの『助けて』のサインなのだと考えましょう」

無月経の原因の全てが視床下部にあるわけではない。例えば、18歳以上で一度も月経がこないというのであれば、原発性無月経という先天性の疾患を抱えている可能性も考えられる。ほかにも、多嚢胞性卵巣症候群のように、体重や体脂肪率がそれほど低くなくても無月経になってしまう疾患もあるという。

このようにさまざまな病気の可能性があるからこそ、無月経になったら、すぐに婦人科を受診することが大切だ。

「無月経」によって骨がもろくなる

女性アスリートの三主徴の三つ目は、骨粗鬆(こつそしょう)症。骨の密度が低くなってしまい、軽い衝撃でも骨折しやすくなってしまう病気だ。特に軽い負荷が何度も加わることで起こる疲労骨折は多いという。

「特に折れやすいのは足の甲と脛骨(すね)。同じ場所に何度も力が加わることでヒビが入り、最終的には折れてしまう。しかも、折れるまでに痛みを感じない例もあるようなんです。ある女子選手は、大腿骨を疲労骨折しても痛みを感じないと言っていました」

疲労骨折の有無と月経状態

また、疲労骨折と月経状態は密接な関わりがあると話す。

「実は、骨の代謝には女性ホルモンが関わっています。特にエストロゲンですね。骨を壊す働きを抑える力を持っていて、女性ホルモンが低くなってしまうと、骨を壊す力に骨をつくる力が負けてしまうんです。ですから無月経になると、骨がもろくなり疲労骨折を起こしやすくなります」

正常月経の人に比べて、無月経の人は疲労骨折の発症率が高いことは医学的にも証明されている。

「骨粗鬆症は10代の選手にとって深刻な問題になります。なぜなら骨密度を高められるのは、おおよそ20歳までだからです。つまり、10代を無月経で過ごすと、骨密度が低いままで骨の成長が止まってしまう。女性はだいたい50歳で閉経を迎えると、骨密度は急速に低下するため、老後はさらに骨折しやすい身体になってしまいます。そのため、中高生の選手を抱えるコーチには、その子の遠い将来の健康リスクまでイメージしながら責任感をもって指導する姿勢が求められます」

加齢にともなう骨量の変化

正常月経が成長ホルモンの分泌を促す

さまざまな悪影響をもたらす無月経だが、運動パフォーマンスの低下とも関連性があることが明らかになりつつある。須永氏は、筋力トレーニングと成長ホルモンに関する研究を示しながらその関連について説明した。

筋肉トレーニング時の成長ホルモンの変化

「上記のなかで黒い実線で示されるのが、正常月経の選手の成長ホルモンの推移です。筋トレ後に成長ホルモンがグッと上昇していることがわかります。一方で、青い点線で示されるのが月経異常の選手。筋トレ後に成長ホルモンが上昇しないどころか、その値はずっと低下し続けています。成長ホルモンは筋肉や骨の成長に深く関わっているため、月経異常の選手は中長期的にトレーニングの効果が出にくくなることが予想されています」

さらに須永氏は興味深い報告として、カナダで実施された研究報告を紹介。この研究では、15歳から17歳までの女子水泳選手を対象に、12週間の強化練習でパフォーマンスがどの程度向上するのかを調査。すると、正常月経の選手は強化練習によって泳ぐ速度が向上したのに対して、月経異常の選手は練習前よりもパフォーマンスが低下していたという。

無月経と運動パフォーマンス

「ホルモンが出ていない=パフォーマンスが低いというわけではありません。しかし、身体が正しく機能するためにはホルモンの分泌が欠かせないことも事実です。実際に、いくつかの研究で月経異常群のパフォーマンス低下が結果として出ています。一概には言えませんが、無月経と運動パフォーマンスの間には何らかの関連性があると考えるのが自然だと思います」

月経前や月経中のコンディション変化と上手に向き合おう

月経周期とは

月経が正しくきていても、問題が起きる場合があるという。なんとなく身体が重い、いつも通りのパフォーマンスが発揮できないなど、月経周期によるコンディション変化を気にする選手も少なくない。それもそのはず。実は女性ホルモンは生殖機能だけでなく、筋肉や血管、心臓、腸、神経細胞など、さまざまな部位に影響している。女性ホルモンの分泌量が変化する月経の前後で、コンディションが変化することは当然ともいえる。

「実際にトップアスリートを対象にした調査では、91%の選手が『月経中や月経前に、コンディションに変化がある』と回答しました。私が日体大の女子学生1,771名を対象に実施したアンケートでも『コンディションが悪くなる時期はいつですか?』という質問に対して、多くの学生が『月経中と月経前』と答えています」

月経周期とコンディションの関係

月経中にコンディションが低下する最大の要因は月経痛。医学的には月経困難症と呼ばれる症状のひとつだ。月経困難症の原因は2つあり、一つは「機能性月経困難症」。排卵に伴う自然な子宮の収縮の結果として痛みが引き起こされるもので、ほとんどの場合がこれに当てはまる。もう一つは子宮内膜症などの病気によるもので、痛みが年々ひどくなる場合は疑ってみてほしい。

「試合や練習に影響が出るようなら、迷うことなく痛み止めを使ってください。『痛み止めは癖になる』との俗説もありますが、痛みが特にひどい数日間服用するだけであれば、そうした心配はいりません。『痛くなる前に飲む』ことも素早く症状を抑えるためのテクニックとしておすすめです」

また月経前のコンディション低下の原因となるのが「PMS」という呼び方でも知られる「月経前症候群」。月経の始まる3〜10日前に現れる精神的、身体的な症状の総称で、特徴的なのは月経の開始とともに症状が弱まることだ。

月経前症候群の症状

「代表的な症状は乳房の張りや腹部の膨満感。頭や腰が痛くなったり、むくんだりすることもあります。精神面にも影響があり、ネガティブになったり、イライラしやすくなったりすることも。『食欲が増加して困る』という人も多いですね。女子選手は、こういった症状が月経周期に伴って現れることを理解して、そのうえでどう付き合っていくかを考えて行動してほしいです」

月経に備えて、身体には「水分」を貯める機能を持つ

体重の増減を気にする選手は多い。須永氏は「そんなに体重にとらわれる必要はない」と語る。

「女性の体重は月経周期によって大きく変化します。最も体重が重かったのが月経前、逆に最も痩せていたのは月経後。最も変化が大きかった子では2kgも増減がありました。しかし、こんな短期間で筋肉や脂肪の量が大きく変化することはありません。では何が増減しているのか。答えは『水分』です。

もちろん、月経周期に伴っていない体重の増減であれば脂肪が増えている可能性もあります。だからこそ、月経周期の記録が重要。最低でも週に一回は体重を測定し、月経の前後でどの程度体重が増減するのかを把握しておくことが大切です」

低用量ピルを試すタイミングは、オフシーズンに

低用量ピルを服用するという選択

こうした月経によるコンディションの変化を避けるために、低用量ピルの服用を検討している方も少なくないだろう。

須永氏によれば月経中の腹痛やPMSの症状は、低用量ピルで改善する可能性があるという。「月経と試合が被らないようにしたい」というのであれば、低用量ピルで月経をずらすことも不可能ではない。

「もちろん薬なので注意点もあります。吐き気や体重の増加、出血の長期化などの副作用を招くケースも少なくはありません。ただ、こうした副作用は3カ月ほどで改善していく場合も多くあります。最終的にはドクターと相談しつつ、自分に合ったもの、合った使い方を探していきましょう。

低用量ピルの服用を始めてみる場合は、まずは試合のないオフシーズンにお試しで服用してみることをおすすめします。低用量ピルが身体や心にどんな変化をもたらすのか、余裕を持って見極めていきましょう」

将来を見据えて、早めに婦人科へ

視聴者からは「現役選手なのですが月経が定期的にこないときがあります。なにかパフォーマンスに影響はありますか?」と質問が寄せられた。

「無月経になったからといって、急に運動能力が変化することはないと思います。それよりも覚えておくべきなのは、あまりにも長い間、無月経の状態が続くと卵巣の機能が低下する可能性があるということです。将来、子どもを産む、産まないの選択をする際に、『産めない』という状態になってしまうこともあります。『もっと早く婦人科にいっていればよかった』と後悔をしないためにも、月経に関して不安があれば早めに婦人科に相談することをおすすめします。

婦人科を探すときは『女性アスリート健康支援委員会』の公式サイトを利用してください。メニューから『産婦人科医検索』というページを選択すると、女性アスリート支援のための講習を受講した医師を地域ごとに検索することができます」

須永氏は婦人科を受診すべき症状のチェックリストも提示。

婦人科を受信すべき症状のチェックリスト

「ひとつでも症状が当てはまれば、婦人科を頼ってください。まずは自分が病気なのか否かを知ることが何よりも重要です。その上で基礎体温や月経周期を記録して、月経によって自分のコンディションがどのように変化するのかを把握すること。それが女子選手のパフォーマンス向上には欠かせません。心も身体も健康な状態でパフォーマンス向上を目指す環境を、選手も、指導者も、保護者の方も、みんな協力してつくっていただければと思います」

 

文/福地 敦