意外なところから舞い込んだ、サッカーカンボジア代表チームとの接点
まずチーム構成について教えてください。
- 選手人数/26名
- チームスタッフ構成/監督2名、アシスタントコーチ2名、GKコーチ1名、ホペイロ(用具係)1名、チームマネージャー1名、フィジオ(トレーナー)2名、栄養士1名、ビデオアナリスト1名
チームでのお二人の役割は?
市川さん:こちらのチームでは栄養士を担当しています。就任したのは2018年10月ですね。チームでは栄養サポートが主なサポート内容ですが、体組成やコンデションなどのサポートも行っています。
以前は管理栄養士として医療機関で勤務後、福岡大学大学院のスポーツ健康科学部で運動生理学などの研究をしていました。、現在は、帝京大学スポーツ医科学センターで勤務しています。そこで帝京大学と提携しサッカーカンボジア代表の実質的な監督に就任した本田選手から、「選手たちの栄養をみてもらえないか?」と打診をいただいたのがきっかけでした。
木崎さん:私の担当は、ビデオアナリストです。就任は市川さんと同じ2018年10月でした。ビデオアナリストの仕事はおもにチームの練習や試合の動画撮影と分析、対戦相手の分析などですが、スタッフの人手も足りていないので、いろんなことを担当しています。
就任のきっかけは、私も本田選手ですね。2018年9月にライターとして取材させてもらっているうちに、サッカーを書いて観てきた経験を買っていただいたようで、依頼を受けるに至りました。
「日本でやっていたことと同じことをやりたい」から始まった
ONE TAP SPORTS導入までの経緯は?
木崎さん:ある時、本田選手から日本代表は主観による疲労度を数値として記録(主観的運動強度、RPEなど)しているという話が出て、本田選手が「それを紙でいいからやりたい」と言ったんです。そこで本田選手の指示のもと、スタッフが作った表に手書きで体重、主観的な疲労度、睡眠時間などを記録することにしました。選手は朝、食事会場で体重や睡眠時間を記入。夜にスタッフがそのデータをチェックしていました。
それがだんだんバージョンアップして項目が増え、体重(起床時・練習前・練習後)、睡眠時間、主観的運動強度、朝起きた時のコンディション、体調や怪我も記録するようになりました。データを一覧にできるのはいいのですが、グラフで見られない不便さを感じていました。
この頃、私がユーフォリア社代表の橋口さんと接点があったんです。これがONE TAP SPORTS導入のきっかけになりました。私はスタッフの1人として、選手にはなるべく最新のツールを準備してあげたいという思いがあったんですね。そうした事情を橋口さんに相談する中で、ONE TAP SPORTSの導入が実現しました。使い始めたのはW杯一次予選をクリアし、次は二次予選となった2019年8月でした。チームがもう一段階上に行くために意識を上げたかったのが、導入における一番の目的でした。
ONE TAP SPORTSはどのように活用していますか?
市川さん:私は選手の体組成や栄養といった視点でONE TAP SPORTSを活用しています。こちらに来たばかりの頃は、選手に栄養管理という概念はほとんどありませんでした。数人の選手から「足がつる」という相談をされたのですが、試合の日の朝食を見て驚きました。ドーナツとクロワッサンだけといったように、プロとしては考えられないメニューでした。
カンボジアには甘党な人が多いようです。選手の栄養状況はONE TAP SPORTSに食事の写真を送ってもらって管理していますが、選手たちの食事を実際に見ると、牛乳に砂糖を5パック入れていたり、100%のオレンジジュースにも砂糖を入れる光景を目にしました。写真だけでなく、実際に目で確認することの必要性を改めて感じました(笑)。
カンボジアでは、日本で栄養サポートするのとは違う問題がありました。
先ほども話したようにカンボジアでは、砂糖の摂取が多く、飢え対策の名残から主食でお腹いっぱいにする人が多くいます。糖質は、エネルギー源として使われるものですが、糖質をエネルギーに代謝するにはビタミンB1が必要になります。ビタミンB1の主な供給源は豚肉ですが、カンボジアでは宗教的な問題で食べられない人がいます。摂り過ぎた糖質をエネルギーに変えられず、疲れやすい状態になっていたのかもしれません。体重や体組成についても意識が低い選手が多かったです。
木崎さん:市川さんはONE TAP SPORTSを使いこなしていますよね。食事以外のコンディションも選手にデータを入力してもらっていますが、体重管理の意識はまだ低い。なぜ体重を量るのかこちらが伝えきれていないのかもしれませんが、汗をかいた服をきたままだったりスパイクを履いたまま体重計に乗る選手がいたり。常に同じ条件で量ってほしいのですが、意識が徹底されておらず、まだまだ時間がかかりそうです。その辺は試行錯誤しながらやっています。
日々の食事から、選手のパフォーマンスを上げていく
ONE TAP SPORTSの導入で良かったことは?
市川さん:以前は「食事の写真を送って」と言っても送られてこないことがありましたが、ONE TAP SPORTSの導入で選手からの情報が確実に増えました。導入前はグループチャットで選手たちに食事写真を投稿してもらい、選手ごとにまとめていました。グループチャットでは前の写真にさかのぼるのが大変だったのですが、ONE TAP SPORTSになってからは選手の情報を簡単に追えるので助かっています。
木崎さん:私はシンプルなことですが、紙に記入していたことをスマートフォンでできるようになってうれしかったですね。選手ごとにデータを確認できるので、見返す時にもとても便利です。
選手にはどんな変化が起きていますか?
木崎さん:少しずつですが、選手の食事が変わってきたのを感じています。試合の補食はガラッと変わりましたよね。補食を試合の前に必ず摂るとか、いつ何を食べるのかとか、しっかり考えるようになってきたと思います。試合の直前、ハーフタイム、試合後の栄養補給などは、確実に良くなったのでは、と思っています。
市川さん:そうですね。選手だけでなくスタッフも食事を意識するようになりました。最近では「今日の補食はこれでいいかな?」「この時間に補食入れた方がいいよね?」など、私に言われなくても気づいたことを確認してくれます。
ジョインして数カ月後くらいから足がつる選手の数が減り、選手から「前より走れるようになった」という声をもらうようになりました。もちろん食事だけではなく、戦術や技術的・フィジカルなどの変化も大きいと思いますが……。
木崎さん:たしかに2019年6月のW杯一次予選では、足がつった選手はいませんでしたよね。このとき選手は乾燥豚肉や青魚の缶詰、南蛮漬けなどを補食として持ってきていました。それまでアウェーではカップラーメンを持参する選手がいたくらいなので劇的に変わりました(笑)。ヨーグルトやバナナなど、身体にいいと知るとすぐ取り入れる柔軟さが、カンボジアの選手には感じられます。
市川さん:たしかにみな素直で熱心ですよね。そのほかには選手の体脂肪率も下がりました。ONE TAP SPORTSで見ることができる全てのデータを選手と共有しています。チームのアベレージがここであなたはここだと伝えると、体脂肪率が高かった選手もチームの平均くらいまで下がってきます。測定することが自分を見直すきっかけとなり、データを共有することで、行動を変えるモチベーションにもつながっています。
今後の目標を教えてください。
木崎さん:チームの直近の目標としては、今W杯の二次予選の最中(取材時点:2020年2月24日)なんですが、カンボジアは二次予選で一度も勝ったことがないので今回はぜひ勝利をあげたいですね。残りの試合がアウェー:バーレーン、ホーム:イラン、アウェー:イラク、という難しい相手なんですけれど、3試合のどこかで初めての勝利を挙げるのが今掲げている目標です。
市川さん:この仕事を通じて、同じプロ選手でも日本人とカンボジア人の感覚は大きく違うことを実感しました。最初は「代表選手なのにこれでいいの?」と驚くことがありましたが、こちらから情報を提供すると彼らはスポンジのように吸収し、すぐ取り入れてくれるんです。食事を通じて自分のコンディションをしっかり管理することが、良い結果につながるという実感をさらに強くしていってほしいと思います。食習慣や文化の違いを越えて、選手たちが最高のパフォーマンスを出せるよう、これからもサポートしていきたいですね。
※本記事の取材は2020年2月24日に行われました。なお、2020年3月と6月に開催予定だったサッカーW杯アジア二次予選はそれぞれ2020年10月、11月に延期となりました。
聞き手/大家純子 文/はたけあゆみ 撮影/堀 浩一郎