[第3回]スポーツ指導者が知っておくべき、睡眠とパフォーマンスの関係性〈後編〉

スポーツ選手にとって、休むことも練習のひとつ。オーバーワークは、身体的な疲労や怪我を引き起こし、精神的にも悪影響を与え、モチベーションの低下などを引き起こす。中でも、「睡眠」が選手の身体、精神に与える影響は大きい。スポーツの現場ではもっと「睡眠」のあり方が見直されるべきだと語るのは、早稲田大学スポーツ科学学術院准教授の西多昌規氏。西多氏の研究テーマは睡眠と運動、脳の関係性だ。後編では、中学、高校の部活指導者が、睡眠についてスポーツ選手に指導すべき内容について聞いた。

インタビュイー

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西多 昌規
精神科医(医学博士) 早稲田大学・准教授

1970年生まれ、石川県出身。1996年東京医科歯科大学卒業。東京医科歯科大学助教、自治医科大学講師などを経て、早稲田大学スポーツ科学学術院・准教授に。ハーバード大学医学部、スタンフォード大学医学部にて留学研究歴がある。日本精神神経学会精神科専門医、日本睡眠学会専門医、日本老年精神医学会専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター、日本スポーツ精神医学会理事など。専門は睡眠医科学、身体運動とメンタルヘルス、アスリートのメンタルケアなど。著書に『「テンパらない」技術』(PHP研究所)、『休む技術』『集中力を高める技術』(大和書房)、など多数。

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就寝前の強い光が睡眠の質を下げる

中高生スポーツ選手の睡眠について、課題などあれば教えてください。

遅い時間まで浴びる強い光の影響で、睡眠の質が低下しているのではと懸念しています。学生にとって勉強は本分ですから、部活後に塾に行く人もいるでしょう。明るい蛍光灯の下で勉強するのは、頭を冴えさせるのには有効ですが、その後の睡眠の質を下げてしまいます。

また、同じように強い光を浴びるパターンとしてゲームやスマホ操作があります。最近はeスポーツが話題になっており、ゲームをすること自体がダメだという見方は見直されていますが、少なくとも睡眠の観点からは寝る前の長時間のゲームは良くありません。ゲームやスマホに熱中し過ぎて、寝る時間が遅くなるのも睡眠不足の原因になります。完全に禁止にするとストレスも溜まるので、時間制限を設けるなどの対応をするべきだと思います。

全体的に、スポーツ選手と指導者の両方が睡眠の重要性をあまり理解していないように感じます。栄養の偏りやテクニックなど、ほかのことにはすごく敏感で、いろいろな情報を得ているにもかかわらず、睡眠に関しては知識のない人が多いと感じます。この傾向は学生スポーツだけでなく、社会人スポーツでも同じ傾向がありますね。睡眠研究の本場のアメリカですら、睡眠が大事だとは言うものの、具体的なアクションにまでは落とし込めていないのが現状ではないでしょうか。

質の良い睡眠を実現するために必要な「リズムづくり」

スポーツ選手が良質な睡眠を取るため、指導者ができることはありますか? 

前提として、必要な睡眠時間には個人差はありますが、だいたい8時間から9時間の長めの睡眠を推奨していただきたいと思います。

加えて、1回目でお話ししたように毎日をある程度決まったリズムで過ごしてもらうことが睡眠の質を上げるうえでは重要です。リズムをつくるために大事な要素は大きく四つあります。一つ目は光、二つ目は運動、三つ目は食事で、四つ目は社会的因子と呼ばれるものです。

リズムづくりが大事なのですね。一つ目の「光」について詳しく教えてください。

光は一日のリズムを整えるうえで特に重要な要素で、なるべくなら午前中に日光を浴びる習慣をつけてください。光を浴びることで、夜に眠気を引き起こすホルモン、メラトニンの分泌量が増えます。学校に行けないときや、休日でも、ちょっと朝ごはんを買いにコンビニまで歩くだけでも効果があります。朝から外に出られない場合は、カーテンを少し開けて日が差し込むようにしてもらうだけでも良いです。

夜は逆にしっかり暗くしてもらうことが大事です。なるべく強い光が出る照明の使用は避けてもらうと良いと思います。PCやスマホなどのデバイスを寝る前に使用する場合、PCならブルーライトをカットするアプリを使う、スマホならナイトモードにするなどの対策をすると良いと思います。

二つ目の「運動」について詳しく教えてください。

これまでと同じタイミング(朝練・昼練・夕練など)や同じ量でトレーニングをしてもらうことが質の良い睡眠につながります。個人の調子の良い時間帯を尊重してあげることも重要です。

しかし、寝る直前の運動は避けてもらうべきです。血圧や脈拍が高まり睡眠の妨げになります。就寝前の運動で高まった血圧は一晩中下がらないという研究結果もあるほど。就寝前は体をクールダウンさせるストレッチ系の運動以外はしないように指導してもらいたいですね。

三つ目の「食事」について詳しく教えてください。

食事のタイミングは体内時計に影響を与えますので、運動と同じく、規則正しくとることが睡眠の質の向上には有効です。また、寝る直前の食事は逆流を引き起こすので、少なくとも寝る数時間前には食事を終えるよう気をつけてもらえればと思います。

四つ目の「社会的因子」について詳しく教えてください。

社会的因子とは社会との関わり合いや人とのコミュニケーションのことで、それらがないと睡眠の質が下がることが分かっています。学校にも行かず、日中誰とも一言も喋らないと、布団に入ってから脳が活性化してしまい寝付けなくなるケースもあります。

睡眠とは少しずれますが、コミュニケーションはメンタルにも影響を与えます。特に自粛期間中のように、外に出られずチームの選手同士が会えない場合はコミュニケーションツールを使ってオンラインで交流するなど対策をしたほうが良いでしょう。逆に、家族と過ごす時間が増えてストレスがかかるケースもあります。その場合は、少しでも一人の時間を持つようにしてもらうと良いでしょう。

指導者に求められる「傾聴の姿勢」

リズムづくり以外に、指導者が心掛けるべきことはなんでしょう?

昨今は新型コロナウイルス感染症の影響で直接顔を見ながら指導することが難しくなっていて、選手のケアに悩む指導者も多いことでしょう。

そんななか、意識して欲しいのはメンタル面のケアです。目指していた大会が中止になり目標を失ってしまったり、先の見えない自粛生活で普段よりも強いストレスを感じたりしている選手はたくさんいます。不安を抱えている選手の中には「わざわざ先生に相談できない」と考える人も多いことでしょう。そこで、週に1〜2回など定期的にオンラインでのコミュニケーションの機会を作ると良いでしょう。

SNSでグループを作っている指導者もいますが、人数が多くなると選手は自分の悩みを相談するより、流れてくる情報を見ることに終始してしまいます。可能なら週に1度程度はテレビ電話などでコミュニケーションの機会を取ってあげてほしいと思います。

その際、練習メニューなどスキルアップのためのアドバイスだけでなく、雑談も交えるのが良いかと思います。特に気をつけてほしいのは聞き役になること。これからどうなるのかが不透明な時は、やるべきことや的確な過ごし方など明確に示しにくいと思います。いくら理想を語っても、それができないケースも多いと思います。だからこそ、しっかり選手の今の状況や、悩みなど聞いて状況を理解することが何よりもまず大事なことです。

とにかく選手の声に耳を傾けることが大事なのですね。

そうです。そのうえで、選手それぞれの状況や悩みに沿ったアドバイスをしてあげれば良いと思います。

その際注意すべきは、上から一方的に「これをしなさい」と命令するのではなく、なぜすべきなのかなど根拠を交えながら話をすることです。

強制的にやらせるのではなく、自発的に継続して取り組めるよう納得感を持ってもらうことを意識してほしいです。今は、ウエアラブル端末などのIT機器も進化し、いろいろなことが可視化できるようになっています。最新のツールや情報を活用し、納得できるよう根拠を示しながら改善点を伝えれば、選手は受け入れます。自発性を高め、モチベーション高くトレーニングに取り組んでもらえるようになれば、練習効率のアップにもつながると思います。

私自身、睡眠の有用性について多くの人に伝えてきましたが、ただ「こうすればいい」とハウツーを示すだけでは誰もやってくれないことが多いんですよね。データを示したり、人体の仕組みを説明したりと、あの手この手を使っていかに相手に納得して動いてもらうかを工夫してきましたので、その重要性を実感しています。

答えのない問いを乗り越えるために

最後に、指導者やスポーツ選手の皆さんに伝えたいことはありますか?

これまでは、誰もが科学や文明の発達を信じていて、何か良いトレーニング方法があるはずだ、何か良い特効薬があるはずだと簡単に答えを求める傾向が強かったと思います。しかし新型コロナウイルス感染症の拡大で、今、誰も答えを持たない状況に陥ってしまいました。選手にとっては、目標にしてきた試合がなくなり、ゴールすらも見失っている状態でしょう。

そうなると新たな力であるネガティブ・ケイパビリティを鍛えることが求められます。ストレスも大きいですが、新たな成長ができるチャンスでもあると捉えてもらうと良いと思います。

答えのない問いと向き合い続けるためには、いかに希望を持つのか、持たせるのかが大事になってきます。ゴールの見えない中では長い期間戦い抜くことができないですからね。小さいことでも良いので目標設定をすると良いと思います。選手も指導者もこの状況を乗り切り、新しい力を身につけていきましょう。

精神科医(医学博士)早稲田大学・准教授、西多昌規氏
取材に応じてくださった、精神科医(医学博士)早稲田大学・准教授、西多昌規先生

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文/種石 光(ドットライフ) 写真/amanaimages