スポーツ選手、育成年代の子どもたちに必要な「良質な睡眠」とその取り方とは?〈後編〉

世界的にみても睡眠不足傾向がある日本人。それは、子どもたちにとっても例外ではない。特にスポーツをする子どもたちにとって、睡眠が発育やパフォーマンス、心の健康に及ぼす影響は大きい。指導者や親が持つべき正しい睡眠の知識について、米スタンフォード大学で睡眠研究を行う西野精治教授に聞いた。

インタビュイー

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西野 精治
株式会社ブレインスリープ 代表取締役

スタンフォード大学睡眠センターにて、睡眠生体リズム研究所の所長を務めながら、株式会社ブレインスリープの最高経営責任者(CEO)兼最高医療責任者(CMO)でもある。著書『スタンフォード式 最高の睡眠』はメディアでも大々的に取り上げられ、睡眠不足が指摘される多くの日本人からの反響を呼んだ。

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「最高の睡眠」を得るためのポイントは体温変化

夕食の後、就寝まで何時間くらい間隔をあけるのがベストなのでしょうか。

米スタンフォード大学西野精治教授

一般的には3時間ぐらいと言われています。寝るときには胃や腸も休めるために、消化活動をしない状態を作る必要があります。日本人は多くありませんが、特に欧米では、逆流性食道炎の方が多いんです。横になったときに胃液が逆流してしまうのですが、横になる直前に脂っこくて消化が悪い食事をしていると起こりやすい。

体温と睡眠の関係も理解しておくとよい知識だと思います。徹夜したとき、どんどん眠くなるけれど、太陽が出てきたら眠気が小さくなってくる経験があるのではないでしょうか。朝方には体温が上がるためです。最も眠気が強いのはだいたい夜中の3時頃で、一番体温が低い時間帯です。それぐらい体温は睡眠に影響を与える大事な要素です。

基本的に身体の中の体温は昼間が高くて夜に低くなりますが、手足は逆。昼間が低くて夜が高い。赤ちゃんが眠くなると手足が熱くなりますよね、あれは体温は下がっている現象。手足から熱が放散して体温が下がるタイミングで寝ると寝つきが良く深い睡眠がでます。こういった体温の上下を考えて、就寝90分前の入浴を推奨しています。

入浴がどのような仕組みで良い睡眠につながるのでしょうか?

入浴を利用して体温を一時的に上げ、その後、お風呂に入らない時より下がるタイミングで入眠する方法です。実験データによると、40度のお風呂に20分入浴すると、体温が0.5度ぐらい上がります。そして上がった体温を下げるのに90分もかかる。これには私も驚きました。

体温が元に戻った後、入浴する前より体温が下がります。そのタイミングで入眠すればうまく眠れるのです。

アスリートはどのように睡眠をコントロールするべきか

毎週定期的に試合がある中で、どう睡眠をコントロールすれば良いかということについて教えていただけますか?

遠征もありますから注意することは多いですが、十分な睡眠時間を確保することが難しい現状では、とにかく眠いときには眠った方が良いということです。

眠いときというのは、「睡眠圧」(眠たいという睡眠欲求)が上がっている状態なんです。なので、寝るチャンスと捉えて良いと思います。寝過ぎるとぼーっとするなどの支障は出ますが、眠たい時を逃してしまうと眠れなくなってしまいます。睡眠が足りていない人は、眠いときに眠るという補い方もあるということを頭に入れておくと良いと思います。一回で十分な睡眠が確保できない人は分割して補うという方法もありです。

眠いサインを逃さずに眠ることが大切なのですね。

一番良いのは規則正しい生活によって眠気が同じ時刻にやって来ることです。体温のコントロールも同様です。実はあまり知られていないのですが、「明日は朝早いから早く寝よう」というのは間違い。入眠時間を早くしようとしても、眠ることができないことが多いはずです。

原因は特定できていませんが、 睡眠圧がそれに対抗する覚醒度を上回るタイミングが眠るチャンスなので、いつもの就寝時間の直前は覚醒度も最大になっているので、いつもより早く眠ることは難易度が高いです。そうやって考えると、時差のあるところへの遠征は身体のリズムと生活のリズムが狂うので、競技で最大のパフォーマンスを引きだすための調整が大変で、専門的な知識も必要です。

人間の場合、脳の機能は8〜12歳前後まで発育し大人の脳になります。この脳の発達には発育時のレム睡眠が大きく関わっているのではないかという研究があります。育成年代にとって睡眠は人間として、アスリートとしての将来を左右しかねない、とても大切なものというわけです。

睡眠の質を高めるために今すぐできることは何かありますか。

体温変化に合わせて入眠する以外には、寝る前にスマホやゲームなどで頭を使わないこと。睡眠ホルモンのメラトニンは暗いところにいると生成され、光を浴びると生成が阻害されるのですが、光の影響は、タイミング、光量、時間、そして波長が関係してきます。

波長は、短い青系の波長が特に良くない。太陽光は全ての波長を含んでいるのですが、AV機器は青系の光が多い、LEDは顕著ですね。眠る前にその青系の光が網膜に届くと、夜に分泌されるべきメラトニンの合成を抑制してしまうことになるので、ブルーライト自体も確かに悪いんです。

しかし、ゲームやSNS、ネットサーフィンをすることで脳が活性化してしまうことが一番の原因だと思います。眠る前にはぼーっとして、頭を使わず、単調な作業をするなどして脳のオンオフのメリハリを付けられれば、睡眠のコントロールができると思います。

子どもたちが良質な睡眠をとるためには、指導者や親が睡眠の仕組み、重要性を理解してほしい

育成年代に携わる保護者、指導者は子どもにどんなアプローチが考えられますか。

アスリートが対象ではないのですが、大阪府堺市で「眠育」という取り組みをしています。睡眠リズムが崩れることが、不登校の原因のひとつだと考えられています。夜更かししてしまうから、朝起きられず学校に行けないということです。

PTAも地域もそのことを理解して、みんなでサポートして改善しようという取り組みがあって、成功してきているんです。3年連続で3割ほど不登校が減少しているのですが、この取り組みの効果も大きいのではないかと思います。そこで大事だったのが、子どもだけではなく親が睡眠について理解し、家族全員で取り組んだことで説得力を持てたことですね。

睡眠の環境を整えることも大切です。昔と違って冷暖房も省エネで安くなったので、睡眠時に適切な温度にしてあげると良いと思います。「睡眠に適した温度」と調べると、冬19度、夏26度とか出てきますが、これは光熱費を考慮したものです。年中個人が快適な温度で過ごすべきと睡眠学では言われているので、できるだけ快適な温度で眠れるような環境にしてあげてください。

スポーツの指導者が心掛けるべきことは。

まずはコーチ自身が睡眠について理解する。そして、子どもたちからの質問に答えられる知識を付けることです。それがコーチの役割だと思います。勉強の方法はたくさんありますから。あとは、スポーツ選手でも睡眠障害って多いんですよ。睡眠時無呼吸症候群のリスクなども当然あります。体重や首の太さとも相関があるので、よりリスクが高いスポーツもあります。

個々の睡眠リズムの問題もあるので、睡眠記録を取ってみるのもよいと思います。親やコーチが手助けしながらマネジメントしていくことが重要ですね。

最後に、西野先生ご自身の睡眠で注意されていることは?

高齢になればなるほど疾患リスクも高いので睡眠の重要度はさらに高いです。私は眠いときに眠るようにしています。そうすると、頑張らなきゃいけないときに踏ん張れるようになります。徹夜しなきゃいけない状況や、時差で全然眠れなかったりすることもあるのですが、眠れるときによく眠っているので、なんとかなっています。ぜひ、睡眠に関する知識をつけていただいて現場で活かしていただければと思います。

〈前編〉はこちらから

取材・文/今井 慧 撮影/小野瀬健二