[第1回]活動が制限される環境下のメンタリティと睡眠習慣とは

4月、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のための緊急事態宣言が発令され、日本国民は日々の活動に大幅な制限を受ける生活に入った。経済活動、学校教育など多くの領域で影響を受ける中、スポーツ界も同様に甚大な影響を被っていると語るのは、早稲田大学スポーツ科学学術院准教授の西多昌規氏。西多氏の研究テーマは睡眠と運動、脳の関係性だ。スポーツ選手が苦境を乗り越え「アフターコロナ」を迎えるために、今心がけるべき睡眠習慣やメンタリティについて聞いた。

インタビュイー

インタビュイー
西多 昌規
精神科医(医学博士) 早稲田大学・准教授

1970年生まれ、石川県出身。1996年東京医科歯科大学卒業。東京医科歯科大学助教、自治医科大学講師などを経て、早稲田大学スポーツ科学学術院・准教授に。ハーバード大学医学部、スタンフォード大学医学部にて留学研究歴がある。日本精神神経学会精神科専門医、日本睡眠学会専門医、日本老年精神医学会専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター、日本スポーツ精神医学会理事など。専門は睡眠医科学、身体運動とメンタルヘルス、アスリートのメンタルケアなど。著書に『「テンパらない」技術』(PHP研究所)、『休む技術』『集中力を高める技術』(大和書房)、など多数。

国民全体が深刻な睡眠不足に陥っている

現在、新型コロナウイルス感染症拡大を受けた緊急事態宣言により自宅にこもりきりになる方が多くなっています。その結果、人々にどんな影響が出ているのか教えてください。

通勤・通学時間がなくなった人も多いでしょうし、睡眠時間が増えて楽になったという人もいるでしょう。ただ、私の専門分野から見ると、在宅時間が長くなったことで、国民全体の睡眠の質が下がっている可能性があると見ています。その背景には、日中に浴びる光の量が少なくなっていることで、眠気を引き起こすホルモン「メラトニン」の分泌が夜間に低下していることが想像できます。強い光を浴びた後約14〜15時間後に分泌が始まるメラトニンは、強い照明でも分泌に影響することが分かっていますが、日光を浴びることで分泌する量には到底及びません。

運動不足も深刻な問題です。とくに一日中座りっぱなしで作業をするのは、筋肉量の低下を引き起こすのみならず、生活習慣病やメンタルの低下を引き起こす原因にもなります。

スポーツ選手も通常の活動ができなくなっていると聞きます。どんな影響があるでしょうか?

スポーツ選手は一般の人たち以上に、普段行っている運動ができないことによるリズムの乱れ、睡眠不足に悩まされているのではと思います。新型コロナウイルス感染症の流行以前にも、怪我をして練習できないアスリートは睡眠が浅くなったり、何らかの睡眠障害を引き起こしたりするケースもありました。

生活リズムを整えるため、1日の予定、1週間の予定を大まかに設定

指導者は選手たちの睡眠の質を上げるため、何をどう指導すれば良いでしょうか?

いくつかありますが、まずスポーツ選手であればジョギングなどの「有酸素運動」が有効です。運動量や運動をする時間帯は個々人の能力に合わせて決めてください。無理をせずに継続することが重要です。もちろん、人がいない場所を選ぶなど新型コロナウイルス感染症対策は徹底してもらえればと思います。

また、生活リズムを整えることも非常に重要です。そのために伝えていくべきポイントは大きく2つあります。まず一つ目は日光を浴びること。その点でも外に出て日の光を浴びることができるジョギングは有効だと思います。

ジョギングは2つの側面から有効なのですね。

そうですね。ただ、普段の練習時間は夕方だったのに、いきなり朝ジョギングするようになると逆に生活のリズムが乱れてしまうので、指導の際は気をつけてください。

二つ目は24時間の使い方、1週間の使い方を大まかに決め、これまでと同じような生活スタイルをキープすることです。たとえば、毎日ランダムに練習するのではなく、毎週何曜日は何の練習をするなどトレーニングメニューを決めると良いと思います。

ただし、スケジュールはガッチリ決めすぎると上手くこなせなかったときに自己嫌悪に陥ってしまうので、ある程度ラフで大丈夫です。今のような緊急時はメンタルが落ち着かないので普段通りできるわけがありません。精神衛生の良い状態を保つことを優先してほしいですね。

「希望」を持てる者が最後に乗り越えられる

睡眠の質以外に、スポーツ選手に気を付けてもらうべきことはありますか?

希望を持ってもらうことです。今、多くのスポーツ選手が出場予定だった試合や大会がなくなって、目標を失っている状況です。練習すらままならない。学生の中にも、インターハイなど大事な大会がなくなって何を目指せば良いのか分からなくなっている人もいるでしょう。

アスリートにとって、目標がない状態は精神衛生上大きな問題です。毎日の練習など99%がしんどくても残り1%の試合での勝利や好成績のために頑張れていたのだと思いますので。

そんなメンタルの落ち込みを和らげるため、必要なのが「希望」を持ってもらうことなのです。希望を持つことがストレスを跳ね返す力を高めることが研究結果から分かっています。逆に、希望を失うと体調に悪影響をもたらすことが分かっていて、ベトナム戦争や東日本大震災でも、希望を失ってしまった人は、健康度が下がり体調を崩す例が多くありました。

スポーツ選手が「希望」を持つために、指導者は何ができるでしょう?

新型コロナウイルス感染症との闘いは長期化することが予想されています。しかし、その状況を悲観することなく、もしかしたら次やその次の大会には出られるかもしれないと考えるよう促してみてはどうでしょうか。

また、今後のキャリアについて新しい選択肢を一緒に考えることも希望につながります。スキー選手が陸上競技選手に転向するように、今取り組んでいる競技から別の競技に切り替えること、また、そもそもスポーツから離れ、会社員、経営者としてのキャリアを歩むことも考えてもらう機会として良いかもしれません。選択肢を多く持っていることで余裕が生まれ、希望を失いにくくなります。

プロのスポーツ選手でも特定のスポーツしかやってこなかった人が挫折し、酒やギャンブルに溺れてしまうケースが多くあります。これからの人生を幸せに歩むためにも選択肢を多く持ち、余裕を持ってもらうことは必要だと思います。

今を乗り切るだけでなく、今後の備えにもなるわけですね。

そうですね。さらに、今の期間を有効に活用するため、思い切ってお休み期間と定義するのもありだと思います。パニック障害と闘いながらスポーツを続けているある選手を診ているのですが、練習や試合のない今のタイミングを治療と回復に充てることができています。

在宅でできることには限りがあるので、今の時期を守りの時期と切り替え、さらなるスキルアップを目指すのではなく、パフォーマンスをあまり落とさないための過ごし方を意識することが大事かもしれません。

“悩みの言語化”でネガティブ思考から抜け出すサポートを

自宅にこもりきりになると、ネガティブな思考に陥る人も多くなると思います。西多先生は相談に来るスポーツ選手にどんなアドバイスをしているのでしょうか?

具体的に助言するより、本人の悩みを言葉にするサポートをしています。これは、精神科医が用いる悩みを解決するための手法のひとつでもあります。

言語化が苦手で何を聞いても「大丈夫」と答えるスポーツ選手も多いです。ただ、大丈夫と言っている人に限って、よく眠れなかったり、胃が痛かったりと小さな不調を自分の中で抱えてしまっているケースが多いのです。事態が深刻になる前に、自分自身で言語化することを通して悩みに気づけるように促しています。

中学・高校の部活指導者やコーチが心掛けるべきことは何ですか?

自分の気持ちを打ち明けられる場所を作ってあげると良いと思います。交換日記などを始めるのも良いかもしれませんね。

スポーツ選手の中には自分の正直な気持ちを表せない人が多いです。前向きであらねばならない、元気であらねばならないと無意識のうちに思い込んでいるケースがあるからです。スポーツ選手は “弱音を吐くのはダメ人間”という思い込みに陥りがちです。

私の勤める大学での学生相談の経験からも、学生たちの悩みを聞く中で、過去に弱音を吐いて怒られたという指導経験から、反射的にポジティブな発言をしてしまう人が多くいることが分かりました。自分の本心が言えないまま大学生になり、“実はこの競技は好きじゃなかったんです”と打ち明けるケースもたくさんあります。

そんな不幸を防ぐためにも、中高生、子どもたちが本心を見つめ直す機会を作ることは重要です。子どもたちが思い込みを解消し、自分の本当の気持ちに気づく手助けをすることも指導者の役目なのではと思います。

世界は今、大きな危機に直面していて、誰もその危機を脱する正しい答えを持っていません。そんな時代だからこそ、まずは「希望」を持ち続けられるようなサポートをしていけるといいですね。

文/種石 光(ドットライフ) 写真/amanaimages